29 翠玉級
昇格。
その言葉の意味が私にはよくわからなかった。
いったい何が昇格するんだろう?
まさか、王宮魔術師としての階級じゃあるまいし。
「お前、今日から翠玉級な」
そう思っていた私は、ガウェイン隊長の言葉に絶句することになった。
「え……えっと……」
「ほれ、新しい懐中時計」
翠玉――エメラルドがあしらわれた懐中時計を渡される。
「なにキョロキョロしてんだよ」
「いえ、こうドッキリ大成功みたいな感じで誰か出てくる感じかな、と」
「んなわけねえだろ。誰がするか、そんなつまらねえこと」
「でも、翠玉って二つ上がってますし」
「二つ上がったんだよ。それだけの仕事をしたってことだ」
「ま、マジですか……」
上に上がれば上がるほど難易度が上がり、人数も少なくなっていく王宮魔術師の階級。
合計で千人近くいる王宮魔術師だけど、その半数以上が白磁級と黒曜級だ。
翠玉級ということは、人数だけで言うと上位半分に入ってしまう階級になる。
王宮魔術師の階級ってそんな簡単に上がるものじゃないはずなのに。
二階級特進って相当すごいやつでは……。
まったく現実感がなくて呆然とする私に、ガウェイン隊長は言う。
「ノインツェラの皇妃殿下も相当お前のことを褒めてたらしいぞ。魔法使いの誉れだとまで言ってたそうだ」
「きょ、恐縮です」
そんな立派なものではないんだけどな。
粗相をしてはいけないとびびりまくった結果、お礼の品を断って、
『いいえ。アーデンフェルドの王宮魔術師として当然のことをしただけですから』
みたいなことを言ったのが、逆に好印象だったのかもしれない。
ただの平凡な一庶民の私なのに、なんだかとんでもないことになってしまっているような……。
「隊の連中もお前のこと気に入ってるみたいだしな。素行的にも問題なし。下っ端生活脱出だな、おめでとう」
「あ、でも雑用のお仕事も好きなのでそこは全然そのままでも」
「勤務時間内なら好きにしていいぞ。勤務時間内なら、な」
「う……」
「言っとくけど全部バレてるからな。うちの副隊長はそういうの見落とさないんだよ」
さすがレティシアさん。
バレずにできてると思ってたんだけどな。
「やる気があるのはいいが無理はしないようにな。時間外手当ては出しといてやるから」
「いやいや、私が勝手にやったことなので」
「がんばっているやつには相応の対価を払うのがうちの隊の方針だ。やらせちまった管理側の責任もある」
ガウェイン隊長は言う。
「あとこれは俺から個人的にお前にやる。もらっとけ」
机に置かれたのは白い封筒。
ガウェインさんが私に何かくれる……?
そう言えば今日のガウェインさん、やけに優しい気がするし。
まさか――
「あの、私今は魔法を使える仕事でごはんが食べられるようがんばりたいので、ラブレターとかそういうのはちょっと」
「違うわっ!」
違ったらしい。
じゃあ、いったいなんだろう?
受け取る。
重たい感触。
中に入っていたのは、五枚の大銀貨だった。
「これは……?」
「俺からの個人的な褒賞だ。良い仕事をしたやつにはいつも渡してんだよ」
ガウェインさんはにっと目を細めて言った。
「次も期待してるぜ、ノエル・スプリングフィールド」