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28 昇格


 朝、予定通りの時間に起きた私は、手早く着替えをして出勤の準備をする。


 小さい頃から憧れていた王宮魔術師団の制服。

 胸元で揺れる白磁の懐中時計。


 鏡に映った自分に目を細めてから、母を起こさないよう気をつけつつ玄関へ。

 いつも使ってるブーツに履き替えて外へ出る。


 朝の透き通った日差し。

 煉瓦造りの街路。

 花壇に並ぶ色とりどりの花々。


 途中にあるパン屋さんに立ち寄るのも最近の日課だ。

 香ばしい匂いに頬をゆるめつつ、朝ご飯を選んでいると店主さんが言った。


「ノエルちゃん、今日も早いね」

「いえいえ、前の職場に比べれば全然なので」


 そもそも、家に帰ることができなかったからな。

 それに比べれば、これくらいの時間は早い内に入らない。


「お願いします」


 パンを載せたトレイを店主さんに差しだす。

 店主さんはにっこり微笑んで個数と代金の計算をしてくれた。


「クリームパン三個、ジャムパン二個、メロンパン四個にクロワッサン七個と――」


 焼きたてのパンを頬張りつつ、王宮へ。

 守衛の騎士さんに挨拶してから、美しい庭園を抜けて王宮魔術師団本部の建物に入る。


 今日も一番乗りかな、と思いつつ扉を開けた私は、そこにいた人物に「げっ」と固まることになった。


 手元の本から顔を上げたその人はサファイアブルーの目を細めて言う。


「おはよう、ノエル」

「あ、いや、これはたまたま出勤時間を間違えたと言いますか」

「そっか、たまたまなんだ。このところ毎日だけどたまたま」

「わ、私ほら、興味ないこと覚えるのちょっと苦手だからさ、うん」

「ふーん。じゃあ、昨日僕が勤務時間外に勝手に働かないようにってあんなに注意したのももう覚えてないわけだね」

「…………」


 怖い。

 詰め方が怖いです、ルーク先輩。


「ごめんなさい。いつも通り『クビにならないために雑用して同情を買う作戦』しようと思ってました」

「うん。正直でよろしい」


 ルークはテーブルの紅茶を一口飲んでから言う。


「やる気があるのは良いことだけど、上官の指示に従えないのはダメだよね」

「いや、でもがんばろうとしてる結果なのでそこは見逃してもらえるとありがたいなぁ、なんて」

「却下。この時間から働きたいならその分早めに帰ってもらうから。今日もそうなるからそのつもりで」


 くそ、職場がホワイト過ぎて悩まされることがあるなんて……!

 早く片付けなきゃ、とあわてていつもやってる雑用の仕事をこなしていく。


「別に、そんなことしなくてもいいのに」


 ルークはそう言ってくれるけど、その見方は甘すぎると言わざるを得ない。


 地方の魔道具師ギルドで役立たず扱いされていた、仕事が全然できない私なのだから。

 王宮魔術師として雇い続けてもらうには、そんな自分でも許してもらえるくらいの貢献をして、職場の人たちに必要だと言ってもらえるようにならないといけない。


 隣国の皇妃様を助けたことでひとつ実績はできたとは言え、まだまだ油断することはできないのだ。


 そう話すとルークは、「また鈍感してる……」とため息をついていたけど。


 ともあれ、朝の時間に新人が担当する雑用のお仕事をこなす。


「ノエルちゃん、今日もやっておいてくれたの? 私たちでやるからいいって言ったのに」


 始業前に今日の分を終わらせた私に、先輩は目を丸くして言った。


「私にはこれくらいしかできないので」

「ほんと仕事早いよね、ノエルちゃん。すごいなぁ」

「いやいや、そんなそんな」


 褒めてくれる先輩に思わずにへら、となってしまう。

 本当に褒めるのが上手なんだよね、三番隊の先輩たちって。


『もう終わったの!?』なんてびっくりしたリアクションまでしてくれて。


 私が雑用をがんばっているのも、そんな先輩たちの反応が見たくてやっているところもある。


「本当はがんばりすぎるのもよくないよって注意しないといけないのかもしれないけど、ここまで完璧な仕事をされると感嘆が先に来るというか」


 先輩は微笑んで言う。


「すごく助かってる。ありがとね」


 感謝の言葉をくれたり、お礼にお昼ご飯を奢ってくれたり。

 その分先輩からもいろいろなものをもらっていて。


 どんなにがんばっても全然評価してもらえなかった前の職場を知っているから、ついついもっとがんばりたくなっちゃうんだ。


 この人たちと同じ職場でずっと働きたいなって。


 私には欲張りすぎるお願いかもしれないけど。


 でも、可能性はきっとある。

 そう信じて、がんばらなくちゃ!


 張り切る私に、先輩は言った。


「でも、少し残念。こんな風にノエルちゃんが私たちの仕事を手伝ってくれるのも多分今日が最後だから」

「え……今日が最後……?」


 恐ろしすぎる言葉に、私の背筋は凍りつく。


「もしかして、クビですか?」


 何かやってしまっただろうか。

 まさか、勝手に時間外に働いたことが問題に……?


 どうしようと怯える私に、


「そんなわけないでしょ。その逆」


 先輩はにっこり笑って言った。


「昇格だよ、ノエルちゃん。隊長が部屋まで来てって」



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― 新着の感想 ―
朝から食事量がすごいwよくあんなブラックな職場の給料で食費持ってたなw
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