26 封書の束(魔道具師ギルド4)
「どういうことだお前……! どうしてこれだけしかできていない!」
副ギルド長は声を荒げ、机を叩く。
「水晶玉なんて見てみろ! 壊滅的だぞ壊滅的! 誰の仕事だ! 担当してるやつを連れてこい!」
現場主任に呼ばれ、一人の魔道具師がやってくる。
「申し訳ありません……」
「謝って済む問題ではない! 君はいったい何をしていたんだ! 水晶玉作りもろくにできないとは! 君のような無能を雇うこちらの身になってほしいよ! まさか、あの嘘つき女以上の無能がいたとは!」
顔を真っ赤にし、目を剥いて激昂する副ギルド長。
「失礼ながら、その者に責任はないと思いますが」
口を挟んだのは現場主任だった。
「なんだと……?」
怒りに声をふるわせ、副ギルド長は言う。
「じゃあ、君は誰の責任だと言うんだ」
「現場の責任者である私。そして、工房の人員管理を行っているお二方です」
「よく言えたな、貴様……! そうだよ、君がしっかり管理していないからこんなことになっているんだろう! どう責任を取ってくれる!」
「私に責任の一端があるのは認めます。しかし、貴方にも同様に責任はあるのではないかと申し上げております」
「自分の無能を棚に上げ、私が悪いというのか君は! まったく、信じられない愚か者だ! できないというだけなら子供でもできる! 工夫し、知恵を絞り、できるようにするのが君の仕事だろう! そんな当たり前のことも理解できないのか!」
響く怒鳴り声。
しかし、次の瞬間響いたのはさらに大きな怒りの声だった。
「貴方が何もわかっていないからもう手の施しようがない状況になってると言っているんでしょうがッ!!」
それは、副ギルド長が初めて経験する部下からの気迫に満ちた叱責だった。
副ギルド長は、あわてて言う。
「き、君! 上司になんてことを言うんだね!」
「言わないとわからないから申し上げているんです。ろくに現場経験が無い貴方達のせいでこの工房は無茶苦茶だ!」
「く、クビだ! クビにするからな!」
「いいですよ。どうぞお好きに。元々そのつもりですので」
「え?」
現場主任が懐から出したのは、退職届だった。
それも一枚や二枚ではない。
封書の束は、ギルドで働く魔道具師全員分あった。
「な、なんだこれは」
「辞めさせてもらうと言ってるんです。本当はもっと早くこうするつもりだったんだ。でも、あの子があまりにもがんばっているから」
「あの子?」
「貴方が役立たずとクビにした小さな魔道具師ですよ。遅れている仕事を率先して引き受け、納期に間に合うよう補助魔法や回復魔法まで。我々はあんたたちが怖いから従ってたんじゃない。あの子のがんばりにほだされてここに残ってたんだ」
現場主任の言葉が、副ギルド長には理解できない。
あの役立たずの嘘つき女がそこまでの仕事をしていた……?
バカな……そんなはずは……。
しかし、考えている時間は無い。
積み上がった膨大な量の仕事。
その納入期限はこうしている今も着実に迫っている。
(侯爵様とオズワルド商会に納入する水晶玉にいたってはほとんど用意できていない……絶対にここで辞められるわけには……!)
追い詰められた副ギルド長は、初めて部下に頭を下げた。
「す、すまなかった。我々にも責任の一端があったことは認める。だから、頼む。せめて今残っている仕事だけでも……」
「なに、大丈夫ですよ。我々のことを無能だといつもおっしゃっていたではありませんか。優秀なみなさんなら、私たちの手なんて借りなくても問題なんてあるわけない。そうですよね」
現場主任と魔道具師はにっこり微笑んで言った。
「今までお世話になりました。それでは」