248 無力感の反動
殿下の目的に、私は賛同することができなかった。
そこには何か歪なものが含まれているような感じがしたし、力を以て屈従なんてさせてしまえば、新たに別の争いの種が生まれるように思えてならなかった。
もちろん、殿下もそのくらいのことはわかっているのだろう。
その上で力を求めるのはなぜなのか。
ずっと感じていた無力感の反動だ、と私は推測した。
どんなに努力しても届かなかった。
失われる人を救うために戦い、負け続けた。
積み重ねた失敗と後悔。
希望は歪みをまとった執着になった。
甘美な正しさの誘惑に、思考ではなく感情が屈服した。
殿下は自分を見失っている。
私は殿下を止めないといけない。
しかし、私の身体は動かない。
「君なら止めようとすると思ったよ。それでいい」
ミカエル殿下は、最高議長が用意した結晶から力を抽出する装置に向けて歩みを進める。
「私は力のすべてを尽くして実現できる最善の世界を作る努力をする。しかし、もし失敗したら。この世界にとって害を為す存在になったとしたら。そのときは、君の仕事だ。私の小さな英雄。君が魔王になった私を殺すんだ」
「勝手なことを言わないで下さい……!」
私は懸命に息を吸い込んで声を絞り出す。
思いをとどけて殿下を止めようとする。
「変に美化して大役を押しつけないで。私はそんな大した人間じゃありません。胸にパッド四枚ずつ入れてる事実に時々死にたくなったり、お尻のあれを人に知られたくなくて悩んでいるようなしょうもない人間なんです」
隠したいことだから。
絶対に言いたくないことだからこそ、言葉にした。
多少自分を犠牲にするのは仕方ない。
そうじゃないと絶対に止められないから。
「でも、だからこそ殿下に伝えたい。アーデンフェルドを守れる力なんて持たなくていい。完璧であろうとしなくていい。殿下は殿下のままでいいんです」
「ダメだ。それじゃダメなんだよ。もう嫌なんだ。何もできずにたくさんの人が失われるのは」
「だとしても、【竜帝】の力を使うのは違います。強すぎる力は歪みを生む。最悪の場合、殿下のせいでたくさんの人が失われるかもしれないんですよ」
「覚悟の上だ」
ミカエル殿下は装置を身体に取りつけ、真っ直ぐに【竜帝】が囚われた結晶を見上げて言った。
その顔を見て知った。
止められないことに気づいてしまった。
言葉を失う私に、殿下は言った。
「いいかい。失敗したら君が私を殺すんだよ」
装置が紫色の光を放つ。
後方で、扉が開く音がした。
「殿下! 大丈夫ですか殿下!」
サヴァレンさんの声だった。
王の盾の仲間たちが後ろから続いて入ってくる。
おそらく、いざというときの保険として用意していたのだろう。
「殿下を止めて下さい!」
叫ぶ私。
駆け寄るサヴァレンさんたち。
「遅いよ。もう間に合わない」
殿下が落ち着いた声で言ったその直後だった。
『我の力を奪えると思ったか。人間』
地の底から響くような声が頭の中で響いた。
◇ ◇ ◇
「何人倒したんですか、これ」
「二百から先は数えてない」
起爆装置が設置された部屋の中で、ルークの言葉にイリスは頬を引きつらせた。
「どんな集中力してるんですか。さっきから一度も魔力操作間違えてないですよね。しかも、かすかな物音から敵の位置を把握し、建物中に仕掛けた結晶片を的確に起爆させながら。マジでおかしいですよ、やってること」
「褒め言葉として受け取っておく」
外の気配に耳を澄ませながら言うルーク。
「嫌になります。なんで才能あるんですかそんなに」
「それだけ人生捧げてきたからだろ」
当然のような口調で言うルークに、イリスは苦々しげな顔をした。
「それくらい私もしてるんですけど」
「だからお前も才能あるだろ」
「嫌味ですか。何もできてないのに」
「本気で言ってるのか、お前」
ルークは低い声で言った。
静かな怒気が込められた言葉だった。
「床に水を撒き足音が聞こえるようにしているのも、光の屈折を利用して外の状況を視覚的に把握できているのもお前の力だ。何より、お前の補助魔法で僕は普段よりずっと楽に魔法を放ててる」
「こんなの誰でもできる魔法じゃないですか」
「できないよ。同じ魔法は使えても、質と精度が全然違う。ここまで質の高い他者をサポートする補助魔法は僕にもノエルにも使えない」
ルークはイリスを一瞥して言った。
「お前、補助魔法うまいよ」
イリスは一瞬息を呑んで。
それから、戸惑った顔で言った。
「言われたことないんですけど、そんなこと」
「事実だ。むしろ、この補助魔法が使えて何も言われないというのが理解できない」
「…………あ」
イリスは何かに気づいたような顔をする。
「本気で人のために補助魔法を使ったことがなかったかもしれません。そういう機会なかったので」
「本気で使うの初めてでこれなのか?」
「魔法を始めた頃はよく練習してましたよ。一番最初に覚えた魔法で、好きで楽しくて仕方なくて。喜んでもらえたらいいなって思ってました。使う前にクラスでいじめられて、そんな機会は永久に来なかったんですけど」
「そういうことか」
納得した様子でルークは続けた。
「最初に覚えた魔法は適性があることが多い。帰ったら重点的に練習しとけ。伸びしろあるぞ、それ」
「私、補助魔法の才能あるんですかね」
戸惑いと喜びが入り交じった顔をするイリスにルークは、小さく笑って言う。
「天才なんじゃなかったか?」
「天才ですよ。天才ですけど、天才界の中では才能無い寄りというか。ノエル先輩やルーク隊長みたいな魔法使えないなって悩んでたので」
「そんなの当たり前だろ。僕だってお前みたいな魔法は使えない。ノエルも同じだ。他の誰にもなれないようにできてる。だからこそ、自分の持っているものを磨いて、自分のやり方で進むしかない」
ルークはイリスに視線を向けて続けた。
「良い補助魔法使いになれるよ、お前」
イリスは息を呑む。
何度かまばたきをする。
それから、手で顔を覆って息を吐いた。
抑えきれない笑みが吐息に混じっていた。
「伸びしろあるんだ、私……」
かすかな声が空気を揺らす。
少しだけ口角を上げてから、聞こえなかったフリをしてルークは言った。
「問題はこれからだ。向こうの戦力はまだまだ残ってる。長期戦に――」
そこまで言って、ルークは硬直した。
時間が止まったかのように動かなくなった。
まばたきもせず、口を少し開けた状態で静止している。
「隊長?」
不思議そうな顔で言うイリス。
瞬間、その膝から一切の力が抜ける。
バランスを崩して床に手をついた。
全身が総毛立つ。
冷たい汗が噴き出し、頭の中が真っ白になる。
「なに、これ……」
それは異常な魔力の気配だった。
離れているにもかかわらず、身体のふるえが抑えられない強烈な魔力圧。
そこまで強い魔力の気配をルークは感じたことがなかった。
まったく想定していない何かが起きている。
その気配が、元老院最高議長の屋敷の方角から伝わってきているのに気づいてルークは歯噛みした。
「ノエル――!」






