242 求めていたもの
元老院最高議長との会合が行われる日までの数日は、瞬く間に過ぎていった。
ミカエル殿下はなんとか日時を前倒しにできないか交渉を続けていたが、結局うまくいかないまま会合の二日前に私たちはアーデンフェルドを出発した。
帝国西部最大の都市ファルグレアまでは付与魔法がかけられた最新の馬車で一日近くかかる。
安全を確保するために、通るのは西方大陸でもよく使われている主要な街道だ。
八台の馬車で周囲を警戒しながら進む。
使用人さんや料理人さん、整備運搬係、書記係の人たちも同行している。
私を含む王の盾の最精鋭が十五人が常に殿下の周囲を警戒している。
他にも三十人を超える王の盾の騎士さんが、騎馬で周辺で異常がないか警戒をしていた。
殿下が動員できる最大戦力。
朝早く出発して、翌日の夕方頃にファルグレアに到着した。
王国から持ってきた食材で調理された食事を食べ、翌日の会合に備える。
驚いたことに、宿泊するファルグレアの迎賓館には王の盾の魔術師と騎士全員に、一人用の部屋が用意されていた。
殿下が事前に交渉して用意してもらったのだと言う。
少しでも体調が良い状態で明日を迎えられるように配慮してくれたのだろう。
殿下は打てる手をすべて打っている。
私もベストを尽くして力にならないといけない。
いつもみたいにお腹いっぱい食べることはせず、腹八分目を意識。
おかわりは三回までに留める。
お風呂に入ってしっかり身体を温めてから、私が持っている中で一番面白くない難しい本を読んで眠気が訪れるのを待つ。
帝国迎賓館に備え付けられた、ふかふかのベッドでぐっすり眠る。
大事な日の前にしっかり眠るために考えたルーティーンはうまくいって、いつもよりたくさん寝て万全の状態で私は朝を迎えた。
両開きのカーテンを開けると、新鮮な光が射し込んでくる。
窓の外には雲一つ無い青空が広がっていた。
心地良い陽気と吹き抜ける風。
悲しいことなんて何一つ起きそうにない天気。
だけど、こんなに美しく爽やかな空気にも一切関係なく、無慈悲で理不尽な現実はやってくるものなのだろう。
未来が変えられなければ、今日ミカエル殿下は死んでしまう。
(気を張りすぎてもいけない。今は、太陽に顔を向けてエネルギーを補給しよう)
目を閉じて太陽を見つめる。
メンタルを良い状態に保つために効果的だって魔法医学の本で読んでから、私は時折こんな風に太陽を見上げる。
まぶたの裏を日射しが赤く染める。
ひまわりになった気分だった。
しばしの間太陽パワーを充電してから、顔を洗って寝癖を整える。
身支度を調えて殿下の前に立った。
「おはようございます、殿下」
「うん。おはよう」
ミカエル殿下は微笑む。
「良い朝だね」
「そうですね」
「最後かもしれないと思うと、いろいろなものが綺麗に見えるものだね。今まで気づかなかったな。これくらい綺麗な朝を数え切れないくらい迎えてきたはずなのに」
清々しさの中に少しだけ切なげな響きが含まれていた。
「最後じゃないですよ」
私は言った。
「殿下はこれから飽きるくらいこういう朝を迎えるんです」
「ありがとう」
目を細めてから、ふと思いだしたみたいに殿下は言った。
「少し前まではね。すべてのことが色あせて見えてたんだ。目に映るすべてが無価値であるように感じていたし、何をしても無駄だと思ってた。人は死ぬし、悲劇は繰り返される。私には何もできないって。生きたいとも思っていなかった。ただ、漫然と息をしているだけみたいな」
「全然そんな風には見えなかったですけど」
「君に会う前のことだからね。でも、すべてをあきらめていたわけでもなかったんだと思う。自分でも気づけない深いところで何かを求めていた。たとえば、生きていてよかったと心から思えるような瞬間とか」
殿下は言う。
「今はあの頃が嘘みたいに晴れやかな気分だ。できるかもしれないって希望があるからかな。あるいは、自分以外の誰かのために生きているからかもしれない」
「誰のために生きてるんですか?」
「未来を変えられたら教えるよ」
「じゃあ、絶対に聞けるんで今は聞かないでおきます」
私の言葉に、殿下はくすりと笑った。
「未来を変えよう。一緒に」






