241 想定外の因子
「理由はわかりませんが、殿下は少しでも早く元老院最高議長と接触しようとしているように見えます。僕の予測では、既に何らかの形で接触している可能性もある」
王宮魔術師団三番隊副隊長執務室。
ルークの差し出した資料を読んだレティシアは、痛むみたいに目を閉じてから言った。
「たしかに、ありえない話じゃないわね。むしろ殿下なら既に状況を進めていると考えた方が自然かもしれない」
「同様の動きは過去に何度も見られています。王室周辺で誰かが失われたり、王国を揺るがす大きな悲劇が起きる前に、殿下は普段とは異なる動きを見せているように見える。そこには、丁寧に観察すると殿下らしくない焦りのようなものも見えます」
「殿下は何らかの理由で悲劇が起きることを察知していたということ?」
「可能性はあると思います」
ルークの言葉に、レティシアは唇を引き結ぶ。
「ありえない、と言いたいところだけど殿下なら絶対にない話とは言えないようにも思えるわね」
「純粋な思考能力でそこまでできるとは僕も考えていません。殿下しか知らない何らかの因子があると考えています」
ルークは言う。
「公にされていない王室が所有している遺物というのが、現実的な線でしょうか」
「いずれにせよ外にいる私たちには掴めない何かがある、と」
「ノエルと話せたらもう少し真実に近づける可能性もあるんですけどね。王の盾には守秘義務がありますから」
「魔法契約によって王室内部のことは口外できない。分刻みのスケジュールをこなす殿下に同行し続けていて、話すような時間を作るのも難しいでしょうね」
心配そうなレティシアに、ルークは言った。
「スケジュール的にレティシアさんは厳しいでしょうけど、僕は予定を変更して最高議長の懐に潜り込もうと思っています」
その言葉は、レティシアにとって見過ごすことのできない響きを持っていた。
冷たい瞳がルークを捉える。
感情を抑えた低い声でレティシアは言う。
「危険すぎる。失敗すれば取り返しのつかないことになるわよ」
「安心して下さい。この状況を僕は想定していました」
ルークは落ち着いた口調で続ける。
「むしろ最初から、この状況しか想定していなかったとさえ言っていい」
「どういうこと」
「殿下が僕の上を行く天才なら、上を行かれることを最初から想定して準備を進めていたんですよ」
レティシアは息を呑む。
少しの間、注意深く観察するようにルークを見つめた。
「嘘ではなさそうね」
「もちろん」
「でも、危険なことには変わりないわ。最高議長が【教団】の黒幕だとすれば、教国大聖堂以上に多くの戦力が待ち構えている可能性が高い。隙を突かれたとはいえ、貴方は過去に一度敗北している」
「だからこそ、注意深く行動できる」
レティシアを真っ直ぐに見返してルークは言う。
「僕が適任ですし、僕にしかできないことです」
「どうしてそこまで」
「前に進むあいつに置いて行かれたくないですから。負けていないってことを。いや、まだ僕が上ってことを見せないと」
冗談めかして言うルーク。
執務室に沈黙が降りる。
レティシアは深く息を吐いてから言った。
「止められないみたいね」
「ええ」
「ひとつだけ約束しなさい。絶対に生きて帰ってくるって」
ルークはくすりと笑ってから言った。
「わかってます」
王宮魔術師団隊長には、独自の裁量で自らの行動を決定する権限がある。
七番隊の通常業務をミーシャ・シャルルロワに任せて、単身帝国に出発したルークは、王宮を出てわずか二十分後に自分が重大なミスを犯したことに気づいた。
普段のルークならまずしなかったであろう失敗をしたのは、それだけ警戒する余裕がなかったから。
そして、彼が今までにはないほどに周囲の相手を信用していたからだった。
記憶に欠落があり、疑う余裕がないことも理由のひとつではあっただろう。
しかし何よりも、そこまで警戒をする必要が無いという感覚が心の隙になっていた部分は間違いなくあった。
あるいはノエルと一緒に過ごしてきた中で、彼女の無警戒さが気づかないうちに伝染していた部分があったのかもしれない。
ゆえに犯してしまった、普段なら絶対に犯さない重大なミス。
「なにしてんの、お前」
王宮魔術師団が所有している荷馬車に積まれた物資の中に隠れていたのは、一人の女性魔術師だった。
「ルーク隊長は間違いなく私を置いていくと思ったので」
不服そうな顔でイリス・リードは言う。
「少し前に学んだんですよ。隊長やノエル先輩みたいなタイプの人には、何もしないでいると置いて行かれる。迷惑でも、無理矢理にでもついていくしかないって」
「僕とあいつは違う」
「似てますよ。最後は自分がなんとかすればいいって思ってる。一番危険なところは自分で引き受ければいいって」
イリスは言う。
「そういうのすごく嫌なんですよ。勝手に見限って置いていかないで下さい」
「見限ってない。お前には将来がある。年齢と経験を考慮しても、今回の仕事は危険すぎる」
「それを見限ってるって言うんですよ。私はできます。力になれます」
「お前は何もわかってない」
ルークは深く息を吐いてから言った。
「今回、僕に誰かを気遣えるような余裕は無い。一切の支援はできないし、必要だと判断すれば僕は躊躇いなくお前を切り捨てるだろう。正直に言って、お前がどうなろうと僕はどうでもいい」
「じゃあ、どうして止めるんですか」
「最後の良心だ。それくらいの慈悲は僕にもある。でも、ここを超えてくると言うのなら――」
ルークは言う。
「お前、死ぬよ」
サファイアブルーの瞳が冷たくイリスを射貫く。
イリスは視線をそらさなかった。
「自分が未熟であることはわかってます。自分の安全を第一に行動しますし、絶対に負担にはなりません。必ず力になることを約束します」
「死にたいのか」
「置いて行かれたくないんです。負けてばかりの自分を変えたい。変わりたい」
イリスは真っ直ぐにルークを見つめて言った。
「お願いします。私を連れて行ってください」
拒絶するのは簡単なことだった。
他人にどう思われようとどうでもいいことだし、必要なら無感覚で人を傷つけられる冷たい部分が自分にはある。
単独行動が得意な自分の特性と、安全を保証できない状況を考えると、間違いなく同行させないのが冷静な判断だろう。
しかし、イリスの言葉にある何かは少なからずルークの心にあるやわらかい部分に響いていた。
自分も負けず嫌いな性格で、似たようなことを考えていたことがあったからかもしれない。
ここで拒絶しても、単独行動で強引に関わろうとしてくる可能性もある。
計算できない因子がひとつ増えるよりは、手元に置いておく方が良いと判断した。
「僕は一切の支援をしないからな。自分の力で全部なんとかしろ」
「もちろんです」
「絶対に死ぬな」
その言葉に、イリスは意外そうに目を丸くした。
少しの間押し黙ってから微笑む。
「隊長って意外と甘いですよね」
「誰かの口癖がうつっただけだ」
苦々しげにこめかみをおさえる。
出発前にレティシアに言われた言葉が頭の中で響く。
知らないうちに、どこかで影響されているところがあるのかもしれない。
気にかけてくれる、身内に甘い先輩たちに。
らしくない、と思う。
昔の自分からは間違いなく出なかった言葉。
でも、悪くない。
そんな風に思っている自分がいた。
見つけてくれて、最新話まで読んでくれて本当にありがとうございます。
のんびり残った仕事を片付けるぞ、と迎えた年末年始で体調を崩し、無事帰省をキャンセルした葉月です。
皆様は元気に過ごされてるといいな、と願いつつ。
今日は皆様にひとつ、個人的なご報告を。
4日後、1月7日に新作の小説『声が出せないので無詠唱魔法でもいいですか!!!』の1巻が発売します。
自分が今までに書いてきたもののひとつの集大成として、一年以上かけて制作した小説になります。
余裕のある方はよかったらぜひ、「ブラまど」と一緒に楽しんでいただけるとうれしいです。
忙しい日々の中で、やらないといけないこともたくさんあると思います。
自分のことも大切にしながら無理しすぎないように過ごして下さいね。
以上、葉月でした。






