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207 最深部


 翌日、菜園を抜け出した私とニーナは、メルちゃんが教えてくれた隠し扉の中に入った。


 そこは想像していたよりも狭く埃っぽい空間だった。


 金属製の梯子を下りていく。


 橙色の光が狭い通路をほのかに照らしている。


 梯子を下りた先で私たちを待っていたのは、分厚い鋼鉄製の扉だった。


 開けるためには鍵が必要な様子。


「どうするの? これじゃ通れないよ」


 ニーナの言葉に、鍵穴をじっと覗き込みながら私は言う。


「なんとかうまい具合に開けられないかな」

「ピッキングとかやってみる?」


 私とニーナは見よう見まねでピッキングをしてみた。


 鍵はまったく動くこと無く静止していた。


「こんなに複雑な機構の鍵、見たことない。やっぱりちゃんとした鍵じゃ無いと開けられないよ」


 ニーナの意見にうなずく。


 しかし、今から戻ってまた一から鍵を探すのではいくらなんでも遅すぎるように私は感じていた。


 探している間に敵は聖女暗殺のためにまた動きだすかもしれないし、拠点を変えてしまうかもしれない。


 変身薬で身代わりになってくれているエリーさんとライザさんについても、このままバレずに騙し続けられるとは思えなかった。


 あの二人、私たちの姿でめちゃくちゃだらだらしてるし。


 時々「酒……」とか「違法賭博……」とか中身が漏れてるし。


「なんとか正攻法以外の方法で押し通ろう」

「でも、どうやって」


 ニーナがつぶやいたそのときだった。


 扉の先から近づいてくる足音に、私たちは息を呑んだ。


「まずいよ。このままじゃ見つかっちゃう」


 声を上ずらせるニーナの肩に手を置いて落ち着かせる。


「扉の隅に隠れてやり過ごそう。ここは薄暗いし、私たちは隠蔽魔法を使ってる。魔力の気配を消していれば、警戒されない限り見つからない」


 扉の隅でじっと息を潜めた。


 分厚い扉の先で足音が止まる。


 小さな音が響く。


 軽い金属が何度かぶつかるようなその音は、多分鍵を鍵穴に差し入れたときのものだろう。


 扉の内部で歯車が回るような音がする。


 軋むような音を立て、ゆっくりと扉が開く。


 立っていたのは仮面の男だった。


 背が高く、身体も大きい。


 肩幅は広く、黒ずくめの服を着ていてもその身体が鍛え抜かれているのがわかった。


 男は私たちに背を向け、扉を閉める。


 鍵を差し入れた瞬間、私は魔法を放った。


 視界の端でニーナが目を見開いていたのが見えるけど、今はそれどころではない。


 男の身体を分厚い扉と壁に叩きつける。


 首筋への一撃。

 肉体から力が抜けたことを確認してから、念のために眠り薬をかがせる。


「鍵が無いなら、通る人を襲って奪えば良いわけよ」

「発想が完全に山賊とかのそれなんだけど」

「まあ、天才であるということについて否定はしないかな」

「ポジティブなのはすごくいいことだと思う」


 遠い目をして言うニーナ。


「なんだかノエルたくましくなったよね」

「そうかも。相棒が単独行動と無茶ばかりするやつだったからね。付き合ってるうちに、いろいろできるようにもなったし度胸もついた」

「度胸は昔からあったような」

「そう?」

「うん。みんなが恐れてる近所の不良のボス的な男の子に飛び膝蹴りしてたし」

「人違いじゃない? そんな記憶ないけど」

「ノエルはよくいるいじめっ子の一人と勘違いしてた」


 昔の私もなかなかおてんばだったらしい。


 野山を駆けまわっていたあの頃を思いだす。


 自然の中で育った経験も、今の私の力になっているのかもしれない。


「とりあえず、身ぐるみ剥いで使えそうなものを奪おう」

「山賊すぎる……!」


 驚くニーナを余所に、服を剥ぎ取る。


 良い匂いがするのは香水だろうか。


 ポケットを確認する。中には見たことがない小型の迷宮遺物と手帳が入っている。


 手帳の中をざっと確認してから、私はニーナに言った。


「この人の服、着てもらっていい?」

「私がこれを着るの?」

「変装して敵に紛れ込めればできることも増えるから」


 本当の狙いはその方がニーナがより安全だからなのだけど、伝えると私に着せようとするので何も言わないでおく。


(そもそも、私が着たらサイズがあまりにも……いや、なんでもない。私はスタイル抜群でかっこいい大人女子……よし!)


 自分を洗脳して不都合な現実を彼方へ放り投げてから、ニーナの変装を手伝う。


 黒ずくめの服はニーナにも大きかったけれど、ベルトを上の方で固定すれば、一応見えなくもない感じにはなった。


 仮面の口元を二億回くらいこすってから、仮面をつけたニーナは、じっと身ぐるみを剥がされた男を見つめた。


「この人、筋肉の付き方がすごいね」

「たしかに。尋常じゃない筋肉量してる」

「解剖学的に見ておかしいよ。どんな鍛え方をしても、こんな風に筋肉がつくのはありえない」

「そう言えば、ルークの調査結果と資料に書いてあった気がする。身体能力と魔力量を異常に向上させる魔法薬と特級遺物」


 かすかな記憶を思いだしながら私は言った。


「それだけじゃない。多分脳の機能に対しても何らかの操作が行われてる」

「脳に操作?」

「うん。多分、記憶を操作したり洗脳する類いの遺物も使われてるんじゃないかな」

「記憶操作と洗脳……」

「そうやって屈強で忠実な兵士を作ってるんだと思う」


 ニーナの見立てには少なくない説得力があるように思えた。


 七番隊のみんなと一緒に戦った仮面の男たちの動きと所作には、たしかに人間的な個性や癖が感じられなかったから。


(絶対にぶっ潰さないと)


 重たい扉をニーナと一緒に開ける。


 身ぐるみを剥いだ男の身体を積まれた資財の中に隠してから、私たちは敵の拠点の中に足を踏み入れた。


 そこは武装組織の隠れ家であると同時に、何らかの研究を行っている施設でもあるように見えた。


 空間の至る所から異様な量の魔素の気配を感じる。


 誰もいない部屋に忍び込んで中を探索した。


 巨大な水槽が並べられた部屋だった。


 紫色の養液の中に、黒いボディスーツとマスクをつけられた人たちが沈んでいる。


 ここでは肉体に対する操作と実験が行われていたようだった。


 筋肉が水槽を覆い尽くすところまで異常発達させられた人や、身体中がドロドロに溶けている人。


 動物の身体と接合された人が浮かんでいる。


 様々な試行錯誤と人体実験が行われていたのだろう。


 見ていてあまり気持ちの良いものではない。


 何点かの資料を回収してから、次の部屋へ。


「私は右の部屋を探索するね」

「わかった。じゃあ、私は左を」


 ニーナと手分けしつつ次の部屋を探索する。


 そこは記憶と精神に対する操作と実験が行われていた部屋だった。


 八つの水槽。溶液の中に人が沈められている。


 棚に並んだ研究結果のレポートを開く。


 記憶の消し方や心を破壊する方法。


 脳を効果的に改変する方法の数々が記述されている。


 そこにあるのは人間の知的好奇心が作り出した地獄だ。


 やってみたらいったいどうなるのか。


 幼い子供が虫を殺すみたいに、無邪気で純粋な衝動。


 あってはならないし、決して許されることではない。


 でも同時に、私は自分の中にも少しだけ興味を持ってしまう気持ちがあることを感じている。


 私が人に『魔法が好きすぎておかしい』と言われる類いの人間だからだろうか。


 あるいは、人の心にはそういったよくないことへの好奇心や狂気が少しだけあるものなのかもしれない。


(だからこそ、絶対に許してはいけない)


 背後で扉が開いたのはそのときだった。


「動くな」


 黒ずくめの仮面の集団が部屋の入り口を封鎖して私を取り囲む。


「ここまで入り込んできているとは」


『Ⅳ』と刻まれた仮面の男が言う。


「ノエル・スプリングフィールド。貴方の状況を打開する能力には驚かされる。組織の後ろ盾が無い中、一人で我々の拠点を探り当て西方大陸屈指の魔法障壁に守られた大聖堂の中に潜り込んだ。その上、誰にも気づかれることが無かったこの地下拠点まで入り込んでいるとは」

「どうして私たちがここにいるってわかったの」


『Ⅳ』の黒仮面は後ろにいる仮面の男に首で指示を出す。


 仮面の男が二人の修道女を引っ張ってくる。


 拘束されてうなだれるエリーさんとライザさんの姿がそこにはあった。


「あの、お酒を一杯もらうことってできるっすか……?」

「違法賭博休憩についても検討していただけると」

「…………」


 仮面の男たちは何も答えなかった。


 ブレないなぁ、あの二人……。


「既に勝負は決している。君の状況判断能力なら理解できているだろう。この状況で我々に勝つことはできないと」


『Ⅳ』の男が言う。


「一ヶ月前。君は我々の同胞三人を、ルーク・ヴァルトシュタインと隊の部下の力を借りてかろうじて撃退することに成功した。経験の少ない者をまとめ上げ、絶望的な状況を覆したその能力の高さは賞賛しよう。しかし、残念ながら今ここには十三人の同胞がいる。君は一人だ」


 淡々とした声色で続ける。


「君にこの状況を切り抜けることはできない。その上で、私は君にある提案を持ちかけたいと思っている」


「提案?」


「私は君を高く評価している。特に今回の一件、我々の部下を見事に出し抜きここまで単独でたどり着いた。さすがは凄腕と噂される王宮魔術師というところか。君には薬と遺物では作り出せない特別な力と才能がある。報酬は王宮魔術師団の三倍の額を約束しよう」


『Ⅳ』の男は私に手を差し出して言った。


「我々の仲間になれ、ノエル・スプリングフィールド」


 私はじっと『Ⅳ』と刻まれた仮面を見つめる。


 表情はうかがえない。


 しかし、彼の言葉にはたしかに誠意が込められているように感じられた。


 本当に心から思っている言葉にしかない強さのようなものがそこにはあった。


 私は深く息を吐く。


「わかった。貴方たちの仲間になるよ」


 右手を差し出して言った。


『Ⅳ』の男は小さく笑った。


「君は嘘がうまくないな」

「そう?」

「味方になるというのは我々を油断させて隙を突くための罠だろう」

「変な仮面つけてる割には見る目があるね。感心した」


 私は言う。


「なるわけないでしょ、バカ仮面。私は待ち合わせに来なかったあいつを連れ戻して、しっかりと報いを受けさせないといけないの。わかったら、あいつの場所を教えなさい。あと、聖女の暗殺もダメだから。あきらめて、何もせずここからいなくなるなら今回は特別に半殺しで許してあげるよ」


「君は死地にいる。自分の立場がわかっていないのか」


「わかってないのは貴方の方じゃない? 前に戦った三人と同じ力を持つ部下だって思わせたいみたいだけど、実はそうじゃないでしょ。魔力の気配が前の三人より弱い。多分、あの三人はあの日の交渉に向けて特別な薬か何かを投与されてたんじゃないかな。今、ここにいる人たちはあの日の三人より弱い人が半数以上を占めている」


「だが、今の君には仲間がいない」


「一人でがんばるの、私得意なんだよね。仕事の修羅場って一度経験すると二度目は少し楽になるでしょ。今回の私は、貴方たちとの戦いを既に経験している。薬と遺物で作られた人の筋肉は可動域が狭いことも、使う魔法式には傾向があることもわかってる」


 私は不敵に『Ⅳ』の男を見据えて言った。


「二度目の私を甘く見ない方が良いよ」





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