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203 仕事の価値を決めるのは


 司祭さんが働かない方がいいと言ったのは、二つの理由からだった。


 一つは、配属先が大聖堂の流刑地と陰で呼ばれている菜園であること。


 大聖堂の隅にあるこの菜園は、異国の希少な薬草を栽培するために作られたが、立地と日当たりが悪く栽培は失敗続き。


 今では皆に諦められて、他の部署で大きな失敗をした人の幽閉場所みたいなことになっているらしい。


「そしてもうひとつは、住み込みの形が条件と言うことです。枢機卿は菜園の倉庫にある物置に住み込んで働けるなら、許可を与えてもいいと話していました。しかし、あそこは到底人が暮らせるような場所ではない。こちらを折れさせようとしているようにしか思えないのです。今までこんなことはなかったのですが」


 司祭さんは深く息を吐いてから言った。


「ご足労いただいた上に、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。貴方たちはここで働かない方がいい。もっと能力を正しく評価してもらえる場所が他にあります」


 私たちのことを心配して言ってくれているように見える。


 しかし、私にはどんな手を使ってでも大聖堂に入り込まないといけない理由がある。


「わかりました。その条件で構いません。働かせてください」


 私の言葉に、司祭さんは目を見開いた。


「本当にいいのですか?」

「はい。ここで働きたいです」


 しっかりと目を見返して言ってからニーナを見る。


「ニーナはどうする?」

「私も働かせてください。お願いします」

「いいの?」

「ノエルがやるなら私もやる。大聖堂の物置で暮らすというのもなんだか面白そうだしね」


 心強い言葉に頬をゆるめる。


「しかし……いくらなんでもあそこに住み込みで働かせるのは……」


 ためらうように視線を彷徨わせる司祭さん。


「ついてきてください。もしかしたら、もう少し良い条件で働く許可がもらえるかもしれません」


 司祭さんに続いて、大聖堂の中を歩く。


 中庭の先にあったそこは聖女候補者が暮らす建物であるみたいだった。


 修道服を着た女性たちの姿が部屋の窓から見える。


 司祭さんが足を止めたのは、赤い野花の鉢植えが置かれている部屋の前だった。


「マザー・ルイーゼ。少しよろしいでしょうか」


 部屋の中から足音が近づいてくる。


 扉が開く。


「構いません。なんでしょうか」


 しわがれた声で言ったのは、刃物のような目をした老修道女だった。


 救貧院での作業中も一度、司祭さんと何か話に来ているのを見た記憶がある。


「実は、少し相談したいことがございまして」


 司祭さんは事の次第をマザー・ルイーゼに話す。


 老修道女は、じっと観察するように私たちを見た。


「たしかに昼間はよく働いていましたね。あんなに働く子は珍しい」


 マザー・ルイーゼは言う。


「ですが、今私たちは聖女様が狙われているという危機的状況にあります。内側で波風を立てるのが判断として良いとは思えません。私は枢機卿の提案を拒絶するべきではないと考えています」

「しかし……」


 声を漏らす司祭さんに、マザー・ルイーゼは首を振ってから私たちに向き直った。


「何もできなくて申し訳ありません」


 言葉には誠意がこもっているように感じられた。


 地位や立場は関係なく、一人の人間として向き合ってくれているのを感じる。


 私は言った。


「考えて下さってありがとうございます。でも、謝らないでください。菜園でのお仕事、私は最初からやる気ですから」

「ご存じないのですか? 菜園の仕事はきっと貴方が期待しているようなものでは」

「聞きました。でも、本当の意味で仕事の価値を決めるのは働いている人自身ですから」


 私はマザー・ルイーゼを真っ直ぐに見返して言った。


「私にとっては価値のある仕事なんです」


 私はひとつ嘘をついている。


 菜園での仕事自体にそこまで関心があるわけではない。


 噂で聞く限り魅力的な仕事には思えないし、実際のところあまり良いものではないのだろう。


 しかし、私の目的を考えると話は別だ。


 私が絶対にしないといけないこと。


 ルークを助け出し、連れ戻す。


 そのために必要なことを考えると、この仕事は多分――悪くない。


 どこかからネジを巻くような鳥の声が聞こえた。






 ◆  ◆  ◆


「ノエル・スプリングフィールドのギルドカードを停止した、と」

「はい。中央統轄局内に入り込んでいる者が滞りなく進めてくれました」


 大聖堂の地下にある地図上では存在しない区画。


 その一室で二人の男が話している。


 全身黒の出で立ち。顔は仮面で覆われ、彼らから一切の個性を奪い去っている。


 仮面には旧文明の言葉で数字が刻まれている。


「今の彼女に何かできるとは思えませんが、念には念を入れるのが【教団】のやり方です」


『ⅩⅦ』と刻まれた仮面の男が言う。


「これで彼女は冒険者ギルドで働くこともできない。加えて、腕の立つ者が四人常に動向を監視しています。我々の所にたどり着くのはまず不可能かと」

「それでいい」


 静かにうなずく『Ⅳ』の男。


 そのとき、響いたのはノックの音だった。


 入って来たのは異なる紋様が刻まれた仮面の男だった。


 仮面には『Ⅸ』の数字が刻まれている。


「報告があります」

「なんだ」

「ノエル・スプリングフィールドを尾行していた四人が消息を絶ちました」


 重たい沈黙が部屋を包んだ。


 少し間を置いてから、『Ⅸ』の男は続けた。


「現在、捜索を行っています。最後に報告を聞いた者の話では、我々の拠点が大聖堂にあることを突き止められた可能性がある、と」

「いったいどうやってそこまで」


『ⅩⅦ』の男が息を呑む。


 慌てて、取り繕うように言葉を続ける。


「ですが、問題ありません。大聖堂は大陸屈指の警備態勢を誇る現代の禁足地です。そう簡単に入り込める場所ではない」

「加えて、ノエル・スプリングフィールドを大聖堂内で見たという目撃証言があります。枢機卿がうまくやってくれたようですが、一歩間違えれば大聖堂の中心部まで入り込まれていた可能性もあった、と」

「…………」


 沈黙が流れた。

 海の底のような静けさが部屋を浸した。


「見事な手際だ」


『Ⅳ』の男は感心した声色で言った。


「しかし、中枢への侵入は防ぐことができました。菜園なら、我々の拠点に近づくことはできない。監視をつけて行動を完全に封じ込みます」


『Ⅸ』の男の言葉に、『ⅩⅦ』の男はうなずいた。


「最優先で対処します。ノエル・スプリングフィールドにはもう身動きひとつ取らせません」






 ◇  ◇  ◇


 聖都に取っていた宿に戻って荷物をまとめる。


 拘束して転がしていた男はいなくなっていた。


 連絡がつかないことに気づいて、回収に来たのだろう。


 部屋に残していた荷物に細工されていないか慎重に確認する。


 発信器が三つ、盗聴器が二つ見つかる。


 入れられている荷物は、そのまま宿に置いておくことにする。


 宿には追加で一週間分の料金を払った。


 何かあったときの迷惑料と、私が戻ってくるかもしれないと敵に思わせるための偽装として。


 必要なものを買い込んでから、私は大聖堂に戻った。


 その日は、案内された菜園の倉庫に泊まった。


 明らかに人が寝泊まりするための部屋では無かったし、隠蔽魔法で姿を消した監視の人が二人少し離れた建物から私たちを見張っていた。


「これからどうするの?」


 ニーナの言葉に、私は鞄からふかふかのクッションを取りだして言う。


「まずは住環境の整備だね」

「住環境の整備?」

「良いアイデアは快適な生活から。この物置を住みやすい素敵空間に変えるよ」


 私たちは物置にあったものを利用しながら、二人で素敵な部屋作りに励んだ。


 幸い、私の好みの部屋というのは割合簡単に実現ができる。


 魔法の本と実験の機材。ごろごろできるベッドとクッション。あとはパンとかお菓子がたくさんあればそれだけで私は十分幸せに暮らせるのだ。


「なんだか昔作った秘密基地みたいだね」


 ニーナに言われて、思いだす。


 二人で駆け回った空が高い夏のこと。


「あー、作ったね。懐かしい」

「初代秘密基地は蚊がいっぱいいて大変だったっけ」

「それで、次は蚊がいないところに虫除けの薬草を撒きまくって第二号の秘密基地を作ったんだよね」

「そうそう。本とかお菓子とかいっぱい持ち込んで。でも、ある日行ったら野犬にめちゃくちゃにされてた」

「あれは許せなかったよ。本当に悲しい事件だった」

「追いかけるノエルと、必死で逃げる野犬の図は笑ったなぁ。通りがかったおじさんもびっくりしてたよ」


 蘇る懐かしい記憶。


 あの頃の夏は、いろいろなことが今より鮮やかだった気がする。


「遠くの町まで何時間もかけて行ったりもしたよね」

「あれは大冒険だったな。帰り道で夕立に降られちゃって」

「全身ぐっしょり濡れながら二人で帰ったっけ」

「でも、不思議なくらい楽しかった。雨に濡れるのがあの頃は今より嫌じゃなかった気がする」


 干からびた砂地に水が染みこむように、記憶が呼び起こされてくる。


「またノエルと冒険できるのが私、すごくうれしい」


 ニーナはしみじみと言う。


「作戦を教えてよ、師匠」

「作戦?」

「あるんでしょ。見張っている人を出し抜くとっておきのやつ」


 ニーナの言葉に、私は口角を上げて言った。


「もちろん」




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