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201 手がかりの先で見たもの


 昨夜の段階で、私は魔素を多く含んだ排水が流れ出している可能性がある場所をあとわずかのところまで絞り込んでいた。


 聖都中心部にある聖クラレス大聖堂にほど近い、ゆるやかにカーブしている流域。


 この区間の上流から、排水の魔素濃度はほとんど零に近い数値になっている。


(つまり、この区域のどこかに高濃度の魔素を含んだ排水が出ているところがある)


 聖都の街路を歩く。


 視界の端に、大きな柵とそれを警備する警備員。


 そして、空高くそびえる分厚い魔法結界が空の色を少し濃いものに変えている。


 聖女が暮らす聖クラレス大聖堂。


 五十を超える魔法式が重ねられた魔法結界は西方大陸でも類を見ないもので、一瞬見とれそうになるけれど今は我慢。


 奥まったところを流れる小川を手早く掃除する。


 本当は今日依頼を受けるはずだった場所。


 正式な依頼を受けているわけではないから、実験の精度に影響が出そうなところだけ最低限。


 二十メートルおきに水を採取して、反応を確認する。


(見つけた。ここだ……!)


 魔素濃度が高い排水が流れ出しているその場所は、かがめば人が入れるくらいの大きさだった。


 中は真っ暗な闇に閉ざされている。


 大きな空洞の下の方を少量の液体が流れ出している。


 鞄から、昨日買った小型のランタンを取り出して中へ進んだ。


そこまで不快な臭いではないのは幸いだった。


 穴の中の空気は外より生ぬるく、どことなく湿り気を帯びている。


 少し進むと、人が通れなくする金網が張ってあった。


 ランタンで奥を照らす。


 水路はさらに大きくなっている。


 生暖かい風が頬を撫でる。


 古びた金網をつまんで観察する。


 一見どこにでもありそうな古びた金網だ。


 しかし、しっかり観察しているといくつかの違和感がそこには見受けられる。


 錆の出方と汚れの付き方に不自然な偏りが生じている。


 時間経過魔法で劣化させた場合によく見受けられる現象。


(この金網は多分、あとからつけられたもの)


 風魔法の刃で慎重に金網を切り取ってから中へ進む。


 二手に道が分かれている。


 試験管に水を採取して、調合した魔石の粉末を入れて反応を見る。


(排水に魔素が含まれているのは右の方)


 右の方へ進む。


 振り返ると、遠くに見えていた外の光はもう見えなくなっていた。


 かなり奥まで進んでいる。


 手の先さえ見えないほどの塗りつぶしたような深い闇が広がっている。


 小さなランタンの光はやけに心許なく見える。


(また分かれ道)


 入り組んだ水路が三つに分かれていた。


 水質を確認して、魔素量が多い右の水路に進む。


(なにこの魔力の気配……)


 予感がある。


 尋常ではない量の魔力が込められた何かがそこにある。


 闇の奥をランタンで照らす。


 最初、そこには何も無いように見えた。


 そんなはずはないのだ。


 そこにはたしかに異常な何かがある。


 目をこらす。


 不意に気づく。


 光の色が少し変わっている。


 透明な壁がある。


 魔法式が幾重に織り込まれている。


 息を呑む。


 その美しさに私は時間を忘れている。


(本当に綺麗……)


 顔を近づけ、構造を確認する。


 聖魔法が使われた分厚い魔法障壁。


(これって……)


 ひとつの可能性が頭をよぎる。


 首を振る。


 そんなことあるわけない。


 目を固く閉じてからもう一度確認する。


 しかし、結果は変わらない。


 むしろ予感はさらに強くなっている。


 否定したくて何度も点検する。


 理性はあるわけないと言っていて。


 しかし、現実はたしかにひとつの事実を示している。


「嘘でしょ……」


 私は呆然と立ち尽くした。


 目の前にあるのは、西方大陸屈指の大規模魔法結界。


 聖クラレス大聖堂を覆っている魔法障壁だった。






 魔法障壁を通過した水が少量の魔素を含むのは、よく知られているひとつの事実だ。


 同時に、その量がごくわずかなものに過ぎないということも魔法界では一般的に知られている。


 アーデンフェルド王国ではたしか初等部の高学年で、障壁を通過した水がほんの少しだけ魔素の量を増していることを確認する実験課程が行われている。


(水の中の魔素量が増えるのは、障壁の魔素と水分中の電子が反応するから。そこに障壁の構造や魔力量はほとんど関係しない。検出されているこの濃度は魔法障壁の反応では絶対にあり得ない)


 つまり、水に含まれた異常な魔素の量は障壁の奥にある何かが原因で起きている。


 七番隊のみんなと一緒に戦った経験から、使用した者の魔力と肉体と強化する特級遺物を持っている可能性が高いと私は推測している。


 だからこそ、この水の流れの先に敵の拠点があると私は予想していたのだけど。


(教国の最重要施設がどうして……)


 予想外の事態に呆然とする。


 冷静になれ、と自分に言い聞かせる。


 考えられる可能性は二つ。


 ひとつは、この水質汚染が教国の管理する大聖堂内の何かが原因で起きているという可能性。


 そしてもうひとつは――私が追っている【教団】が教国大聖堂内に入り込んで活動しているという可能性。


 できれば考えたくない想定だった。


 教国の聖クラレス大聖堂はクラレス教の聖地であり、その厳重な警戒態勢には西方大陸屈指のものがあることで知られている。


 中に入って敵を追うなんて、どうすればいいのかまるでわからないくらい大変だ。


 その上、聖女暗殺未遂事件の首謀者が大聖堂内に入り込んでいるというのは、よそ者の私でも背筋が凍るような話である。


 ありえない、と考えてしまった方がずっと楽で。


 だけど、私の直感はこの水の流れの先に敵がいるとたしかに伝えている。


(もしかすると、大聖堂自体が【教団】と繋がっている可能性もある)


 もしそうなら、聖女暗殺未遂自体大聖堂が仕組んだことなのかもしれない。


(悪いけど、聖女様のことまで気にしている余裕はない。ルークを助けだすために、私は大聖堂の中に入らないといけない)


 なんとか突破できないだろうか、と目の前の魔法障壁をじっと見つめる。


 ダメだ。


 私一人ではどうやっても、小さな穴一つ開けられない。


(何か他の方法を考えないと……でも、いったいどうすれば)


 思考の海に沈んでいた私は気づかなかった。


 私の後を追い、隙をうかがっていた追跡者の姿に――


 すぐ傍で何かが動く気配。


 刃が闇の中できらめく。


 風の動きで敵の位置を把握した私は、ギリギリで身をかわす。


 切られた髪が舞う。


 ランタンが音を立てて水の中を転がる。


 目の前の敵に意識を集中していた私は、真横からの気配に息を呑んだ。


(もう一人いる……!?)


 咄嗟に身体をひねる。


 敵は魔法を使わせないよう、至近距離からの肉弾戦で決着をつけようとしている。


 武器も持っているし、体格と体術のスキルでも私よりずっと上なのだろう。


 しかし、暗いところでの戦いは風から周囲の気配を感じ取れる私の得意分野。


 小柄な女だと油断していれば、その隙をついて五分までは持って行ける。


 刃が肌を裂く。


 痛みに顔をしかめつつ、『マジカル魔法パンチ(物理)』で二人を気絶させた私は気づかなかった。


 闇の奥に潜む三人目の姿に。


《拘束する麻痺雷(パラライズライトニング)


 電撃魔法が私の全身を麻痺させる。


 バランスを崩す。


 立っていることができない。


 倒れ込んだ私の、顎から頬のあたりを排水が流れていく。


 ぼやける視界。


 その魔法は、あいつのそれに少し似ていて。


 だけど、決定的に何かが違う別の誰かの魔法だった。


 水を打つ足音が近づいてくる。


 闇の中で魔法式が発光する。


「お前にはここで消えてもらう」


 致死的な威力を持つその魔法が放たれる刹那――響いたのは鈍い音だった。


 立っていた男の身体が崩れ落ちる。


 その後ろから誰かが近づいてくる。


「夢だったんだよね。こういう風に誰かを助けたいってずっと思ってた」


 上品でやさしい声。


 その声を私は知っている。


「ヒーロー登場。助けに来たよ、ノエル」


 魔術学院入学前に一緒に野山を駆けまわっていた友達――ニーナ・ロレンスは誇らしげに微笑んでそう言った。





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