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200 追跡者


 一日の仕事を終え、宿でお風呂に入ってから買ってきた夕食を食べた。


 個人用のお風呂とやわらかいベッド。


 冒険者が使う安価な宿の中で、少しお金をかけて良い部屋を選んだのは、知らない場所でがんばる自分へのご褒美だ。


 王宮魔術師団で稼いだ貯金があるので、多少の贅沢は許されるはず。


 とはいえ、貧乏性の私なので夕食もついつい半額の見切り品を買ってきてしまったのだけど。


(お金を使うとなんか罪悪感があるんだよな。いけないことをしてる感じがするというか)


 家にお金が無くて、その辺の草とか食べながら育ったからかもしれない。


 だからこそ、お腹いっぱいちゃんとしたごはんが食べられるだけで、『なんて幸せなんだ!』と今でも心から思えるのだけど。


 豪華な半額お惣菜パーティーを満喫しつつ、不意に思う。


 あいつは今、どこで何をしているのだろう?


 それは今の私には想像もつかないことだ。


 意味がないことなのはわかっている。


 それでも、願わずにいられなかった。


 ――どうか、苦しい思いをしていませんように。






 ◆  ◆  ◆


「ノエル・スプリングフィールドが宿に入りました。本日の行動は先に報告した通りです」


 宿のひとつ離れた部屋で、男は通信用の迷宮遺物を使って誰かと会話をしている。


 魔光子の波の中に暗号化した情報を圧縮する、特殊で高度な技術を用いた遺物。


 男の手帳にはその日のノエルの行動がこと細かく記述されている。


 どこに行き、何を買ったのか。


 そのすべてが何一つ漏らすこと無く書き記されている。


『本当に対象はここに書いてあるものを買ったのか?』

「そうですが」

『食べ物の項目がどう考えても人間の食事量ではないんだが』

「たしかに買っていました」


 男は冷静に報告をする。


 おかしい、と男の感覚も言っている。


 しかし、事実なのだから自分にはそれを伝えることしかできない。


『まあ、いい。彼を追ってきたのは間違いないだろうが、彼女一人にできることは限られている。我々に近づくのはまず不可能だろう』


 通信機から声が聞こえる。


『引き続き尾行を続けてくれ』


 通信を終え、男は深く息を吐く。


 簡単な仕事だ。


 対象は素人だし、【教団】にとって脅威になり得るとは思えない。


(楽ができるのはいいことだ)


 男は煙草に火を点ける。


 煙が靄のように部屋に浮かぶ。






 盗聴用の魔道具が設置されていないことを確認してから、ノエル・スプリングフィールドは、鞄の中に入れていた器具を取り出す。


 簡易な魔法実験を行える試験管と魔石類の粉末。


 家から持ってきたそれをテーブルに並べてから、懐に隠していた三本の試験管を取り出す。


 中には小川で汲んできた水が入っている。


 掃除をしたことで、水質は当初のそれより綺麗なものになっている。


 慣れた手つきで調合した粉末を試験管の中に入れる。


 その反応を真剣な目で見つめる。


 試験管の色が変わり始める。


 実験の結果は、小川の水が通常より多くの魔素を含んでいることを示していた。


 その要因は、【教団】が所有している特級遺物にある可能性が高い。


 一人の部屋でノエルは拳を握る。


 近づいている。


 たしかな手応えが今ここにある。






 ◇  ◇  ◇


 それからの三日間で、私は『どぶさらい』のクエストを十三件完遂した。


 初日は五時間かかったゴミの処理と掃除も、やればやるほど効率の良いやり方がわかってきて、最終日には六件のクエストをこなすことができた。


「一日であのクエストを終わらせたんですか!?」


 当初そんな風に驚いていた受付のお姉さんも最終日には、


「一日で六件……なにこの子……絶対おかしい……」


 とひどく怯えた顔で言っていた。


「堅気の人じゃないですよね。いったいどうすればこんなことができるんですか」

「いや、普通の人ですよ? ただ固有時間を加速させる魔法で倍速で作業しているだけなので」

「絶対Fランクの依頼を受けていい人じゃない……」


 お姉さんは青ざめた顔をしていた。


「Bランク、最低でもCランクには昇格させてあげたいけど、私にはそんな権限ないし実績的にはFランクのクエストを十五件達成しただけだし……」


 苦悶の表情を浮かべてあわあわするお姉さん。


「すみません、こちらEランクの冒険者カードです。釣り合ってないのはわかっているんですけど、私にはこれだけしか……ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 すごく申し訳なさそうな言葉だった。

 評価してくれてるのが伝わってきて、思わず頬が緩む。


「いえ、ありがたいです。報酬も想像していたよりたくさんいただけましたし。よくしていただけて本当に助かっているというか」

「人格もできている……!?」


 お姉さんは驚いた様子で後ずさってから続ける。


「みんなが受けたがらないクエストを引き受けてくださって、ありがとうございます。依頼者の方々も『こんなに綺麗にしてもらえるなんて』と驚いてました。こちらとしても本当に何とお礼を言っていいか」

「いえいえ、そんな大したことでは」

「大したことなんですよ。最近の若い子なんて、すぐクエスト投げ出すし、ちょっとゴミ拾ったくらいで終わりましたとか言ってくるんですから。依頼者は怒るし、当人は来なくなるし本当に大変で……」


 そう話すお姉さんは少し疲れているみたいだった。


(なんだか、魔道具師時代の私や同僚を見てるみたい)


 放っておけなくて声をかける。


「無理はしないでくださいね。仕事よりも自分の身体の方が大切ですから」

「やっぱり優しい……天使……」


 お姉さんは涙ぐんでいた。


 大分疲れているみたいだった。


 働くって大変だよな、と改めて思う。


「今日はこちらのクエストを受けたいんですけど」

「最後の『どぶさらい』のクエストですね。ありがとうございます。早速手続きを――」


 受付のお姉さんはそこで言葉を止めた。


 見開かれた目が、私の後ろにいる誰かに注がれていた。


 振り向いて、思っていたよりもずっと傍に一人の男が立っていることに驚く。


(いつの間に……)


 気配を感じなかった。


 息を呑む私を、男は見ていなかった。


「中央統轄局監査室だ。ある人物のギルドカードを利用できないようにしてほしい」


 男は受付のお姉さんに近づき、身分証を渡す。


 お姉さんは身分証を確認してから言った。


「わかりました。停止するのは誰のギルドカードですか?」

「この人物だ」


 男は一枚の紙片をお姉さんに渡す。


 横目で盗み見て、心の中で舌打ちをする。


(そうきたか)


 紙片には私の名前が書かれている。






 もう冒険者ギルドで活動することはできない。


 状況の変化に対して、私の動きは早かった。


 ギルドの建物を出て、早足で泊まっている宿に戻る。


 敵は私の動きを警戒している。


 利用停止にする表向きの理由はわからないが、適当にこじつけてでっちあげたものだろう。


 抗議しても揚げ足を取られる要素を相手に与えるだけ。


 優先順位を間違えてはいけない。


 重要なのは、捕らわれているルークに近づく術を見つけること。


 幸い、既に三日間で二十九ヶ所の水質を検査して、魔素濃度の高い排水がどこから出ているのかある程度のあたりはつけられている。


 敵が想像しているよりも私は連中の喉元に迫っている。


 だからこそ、この機会を逃してはいけない。


 宿の自分の部屋に戻って扉を閉める。


 ドアの取っ手に手をかけたまま、動きを止め息を殺す。


 耳を澄ます。


 時間の進みがやけに遅く感じられた。


 汗が首筋を伝ってシャツの中を流れていく。


 足音が近づいてくる。


 大きくも小さくもない足音。


 いかにも普通の人という感じのその音は、私にそう思わせようと意図しているように感じられる。


 足音に合わせて扉を開けて廊下に飛び出す。


 驚いた男の顔を私は知っていた。


 男の襟首をつかんで奥の壁に叩きつける。


 口元に、麻酔薬を染みこませたハンカチを押し当てる。


 抵抗する両手でしっかりと掴んで押さえつける。


「貴方が私をつけていることに気づいたのは二日目だった。腕のある人なのはよくわかったよ。だけど、一人でずっと尾行するというのは無理があった」


 男は意識を失う。


 私は男の身体を部屋に運び入れて、手足を縛ってから口元に布を巻き付けて話せないようにする。


 かわいそうだとは思うけど、私も手段を選べる状況ではないのだ。


 実験用の機材を小さな鞄に詰める。


 ベッドの下に隠しておいた紙を取り出してポケットに入れる。


 それは聖都の周辺地域を記した地図だった。


 水を採取した場所とその結果が記されている。


 ルークが捕らわれている場所に繋がる水の流れ。


 私は早足で印をつけてある場所に向かう。





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