20 跳躍
《固有時間加速》で引き延ばされた時間の中を走る。
ええい、走りづらい。
邪魔だ。
ヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾を切って走りやすくする。
外見に気を使っている場合じゃない。
命がかかってるんだ。
ガウェインさんも言っていたけど、この会場にいる人たちの後ろには、その人を大切に思っているたくさんの人がいて。
立ち直れなくなるほど傷ついてしまう人だって絶対いて。
だから、暗殺なんて絶対にさせない。
「ノエル、西側をお願い」
「わかった」
会場に跳び込む。
東側はルークが見てくれる。
私は西側に集中すればいい。
加速した世界の中で人の群れの間をくぐり抜ける。
美しく着飾った参加者さんたちが私を見て目を丸くしていたけど、そんなことを気にしている暇なんてない。
眠らされていた執事さんと同じ外見の犯人を捜す。
執事服は……くそ、数が多い……!
どこだ、どこにいる……?
行き交う人混みの中を、懸命に探していたそのときだった。
「――ノエル、上!」
遠くから響くルークの声に、導かれるように顔を上げる。
フロアの上、最奥にある観覧席。
グラスワインを手渡す老執事の姿が見えた。
階段を上っていては間に合わない。
何か、何か方法は――
思いついたのはひどくバカみたいな方法。
きっと話したらみんなに笑われちゃうくらいひどくて、だけど考えている時間はないから私はそこに自分のすべてを賭ける。
みんなできるわけないって笑うだろう。
失敗して大怪我をするかもしれない。
だけど、それでいい。
役立たずと捨てられて、落ち込んでいた。
そんな私の、最初の大きな仕事。
『手段を選ばず配置しておきたい程度には、今回の舞踏会でノエルの力が必要だと僕は思ってる』
反対を押し切って私を推薦してくれた。
力を貸してほしいと言ってくれた親友。
そして――
『期待してるぜ。ノエル・スプリングフィールド』
新人で何の実績もない私に期待してくれた先輩のためにも――
加速した時間の中で、私は跳ぶ。
渾身の魔法を自身の足元に放った。
《烈風砲》
炸裂する風の大砲。
すかさず、《魔法障壁》で四方を囲み衝撃の行き場を封鎖する。
圧縮された空気の爆発。
行き場のない空気が、私の体を押す。
吹き上げる突風。
ひらりと広がるロングスカート。
瞬間、私は空の中にいる。
周囲の景色は静止したみたいにゆっくりと見えた。
ぽかんと宙を見上げる会場の人たちの上、強烈な風を背に、空を駆ける。
視線の先で、グラスを受け取った女性がワインを口に運ぶのがスローモーションで見える。
くそ、間に合わない――
「ダメですッ!!」
全力で喉の奥から声を放った。
女性の身体がびくりとふるえ、一瞬硬直する。
そして、その一瞬で十分だった。
突進した私は勢いそのままに、ワイングラスを押し飛ばす。
響く破砕音と飛び散る飛沫。
風魔法で体勢を整え、犯人から狙われた女性を庇うように着地する。
呆然と立ち尽くす周囲の人たちに向け、私は言った。
「その人変身薬を使った暗殺者です!」