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192 エピローグ2


 三番隊副隊長執務室。


 レティシア・リゼッタストーンは溜まっていた仕事の処理に追われていた。


 ヴィルヘルム伯に対する違法捜査の嫌疑で拘禁された数日間。


 隊長と副隊長が同時に捕縛され取り調べを受けていたことで、三番隊の書類仕事は壊滅的な遅れを記録していた。


 しかし、王宮魔術師団の中で事務処理の速度では、右に出る者がいないと言われていたレティシアである。


 普段から、事務処理が苦手なガウェインの作業を代わりに処理していただけのことはあり、復帰した翌日には急ぎの仕事を完遂。


 一秒も残業をすることなく、既に八割以上の業務で予定通りの進捗を取り返すことに成功している。


(後は隊長の承認をもらうだけね)


 書類の山を抱えて隊長執務室に向かう。


 ノックをして開けた扉の先。


 三番隊隊長ガウェインは、仕事の山に埋もれてボロボロになっていた。


「隊長。承認をお願いします」

「またか……」


 ガウェインは感情の無い目で書類を見つめる。


「なあ、レティシア。効率的に仕事を進めるためには気分転換も重要だと思うんだ。一日中机に向かっていると作業速度は遅くなってしまうだろ。だから、隊の現場作業に参加を――」

「ダメです。現場に出るのは優先して処理すべき仕事を終えてからにしてください。隊長で止まっている仕事がどれだけあるかわかってますよね」

「それはレティシアが次から次に仕事を持ってくるから……」

「それ以上不満を口にしたら、私が肩代わりしてる仕事を全部隊長のところに持ってきますよ」

「ほんとありがとな! めちゃくちゃ感謝してる! 本当に!」


 言いながら仕事に戻るガウェイン。


 書類の山の中で動く赤い髪を見つめる。


 不平は口にしながらも、必要なことはやり遂げるのがガウェインの性格だ。


 要領よく急所を押さえ、大事なところはちゃんと押さえてくる。


 手を抜けるところはとことん抜いてくるから、気心の知れた同僚や総務にはそれはもう迷惑をかけることもあるのだけど。


(思えば、学院時代からずっとそうだったっけ)


 生真面目な性格のレティシアからはとても信じられない行動の数々を思いだす。


 懐かしくて、零れそうになる笑みを手で隠す。


(やっぱりこの人は絶対ない)


 改めて実感していたそのとき、不意に頭をよぎったのはあの日手を握った男の子のことだった。


 夏の路地裏と夕暮れの学習室。


 子供たちの中心だった彼もたしか赤髪だったっけ。


『ガウェインさんにとって貴方は特別な存在ですからね』


 不意に頭をよぎったのは後輩の言葉。


『先輩はもう少し、自分の周囲にも目を向けた方がいいですよ。絶対に叶えたい願いのために、他の一切を犠牲にしてきた同じ穴の狢からのアドバイスです』


(まさか――)


 赤い絨毯が敷かれた廊下でレティシアは立ち尽くす。


 橙色の日差しが窓から射し込んでいる。





 ◇  ◇  ◇


 入院生活を終え、日常に戻る。


 副隊長の私がいなくて、みんな困ってるんじゃ無いかなと心配していたけれど、職場復帰した私を待っていたのは滞りなく順調に仕事をこなしている七番隊のみんなの姿だった。


「そうそう、ムーナちゃん良い感じ」


 声をかけているのはミーシャ先輩。


 安心感あふれる信頼の先輩力。


 そして、その隣には見慣れない人物の姿があった。


「ここはこの資料を参考に翻訳して。重要なのは三つ目の魔法式だからそこを重点的に。難しいところだけどよろしく」


 顔をつきあわせ、マイルズくんに指示を出すルーク。


 今までは表に出せない類いの仕事ばかりしていて、日常業務に参加することはほとんどなかったのに。


 私が数日休んだ間に、なんか当たり前みたいに馴染んでいる。


 なんという要領の良さ。


 ルークが加わってから、仕事の進捗は私がいたときより早く進んでいる様子。


 イリスちゃんとマイルズくんも前より精力的に働いていると聞かされて、私は嫉妬の感情でいっぱいになった。


(なんで……なんで私よりうまくやってるんだこいつ……!)


 先輩力では私の方が上だと思ってたのに。


 あいつはこういうの苦手だから、得意な私がやってあげないとって思っていたのに。


『これくらい余裕でできるけど? ただ、ノエルの仕事を奪うのは申し訳ないからやってなかっただけ』


 見下しどや顔のあいつを想像して、怒りにふるえる。


「もしそんな風に言われたら私、自分を抑える自信がありません。気づいたときにはルークを助走付きでぶん殴ってると思うんです。なので、後で証拠の隠滅と口裏合わせ手伝ってください」

「羽交い締めにして止めてとかではないんだ」

「殴ってすっきりはしておきたいので」


 真剣に言った私に、ミーシャ先輩はくすりと口元をおさえて笑う。


「やっぱあんたたち面白いわ。言っておくけど、仕事の進捗が良くなってるのはみんなが慣れてきたから。何より、イリスちゃんとマイルズくんが真面目にやってるのが大きいかな」

「でも、それって私よりルークの方が先輩力高いからじゃないですか?」

「たしかに、彼の立ち振る舞いもさすがのものがあるけどね。でも、あの二人に関しては完全にあんたの影響だよ。あんたが避けずにちゃんと向き合った結果」


 ミーシャ先輩は言う。


「自信持ちな。あんた、結構良い先輩なんだから」


 あたたかい言葉を大切に反芻する。


(二人が頑張ってるのは私の影響か……えへへ)


 にやにやしながら、二人の仕事ぶりを見ていたら、


「なんですかその顔」

「キモいんでやめてください先輩」


 と言われてしまった。


(やっぱり全然慕われてないのでは!?)


 愕然とする私は、背後から聞き慣れた零し笑いの気配に、むっとしつつ振り返る。


 ルークは、私の視線に気づいて目を細めた。


「先輩力高いからっていい気にならないでよね」

「なってないけど」

「いいや、なってるね」

「じゃあ、なってるってことでいいよ」

「なんか余裕ある感じ……ムカつく」


 むむっとした顔で言う私に、ルークはくすりと笑って言う。


 よく知っているやわらかい笑み。


「少し話がしたいんだけどいいかな」


 歩きだしたルークの後に続く。


 ルークは私と二人きりで話したいみたいだった。


 季節の花が咲き誇る大王宮の庭園。


 緋薔薇の舞踏会のあと、二人で踊ったことを思いだす。


「さっきアーネストさんと話してきたんだ。今回の一件での僕らの働きをとても高く評価してくれてる。七番隊を正式な部隊にするって。君については聖金アダマンタイト級へ昇格が決まったって言ってた」

「わ、私が聖金アダマンタイト級……?」


 想像もしてない言葉にびっくりする。


 たしかに、一応副隊長を務めているわけで、聖金アダマンタイト級であってもおかしくない立場ではあるのだけど。


「でも、これってルークの最速記録も大きく更新する速さなんじゃ……」

「そうだよ。最年少記録は変わらず僕だけどね。最速記録は大幅に更新することになる」

「そ、そうなんだ」


 伝えられた言葉がうまく信じられない。


 どうしても現実感がないように感じてしまう。


 だけど、つねった頬の痛みはたしかにこれが夢じゃないことを私に伝えていた。


(夢じゃないんだ……)


 半信半疑ながらも、あふれ出る喜びを胸に私は言った。


「遂に私がルークに完全勝利する日が……!」

「同時に僕の昇格も決まったんだけどね」

「へ? ルークも昇格?」

「うん。王国史上初となる八人目の聖宝メイガス級魔術師。歴代最年少、最速での昇格」

「…………」


 言葉を失う。


 最速記録を更新しての聖金アダマンタイト級昇格はすごいことだけど、格で言えば聖宝メイガス級魔術師になる方がさらにすごい。


 ルークはやっぱり意地悪で。


 いつもいつもいつも私の先を行ってて。


 殴り飛ばしてやりたいってそう思わずにはいられないけれど。


 でも、今は怒りよりももっと大事なことがあった。


「よかったね。本当によかったね……」


 こぼれ落ちた言葉。


 なんだか少し泣きそうになってしまう。


 誰よりもがんばってたくさん無理してたのを知っているから。


 報われないことだって多くある厳しい世界だから。


 必死で追いかけていたそれをつかむことができた親友に、胸がいっぱいになる。


 目元を拭う私を見て、ルークは目を細めて。


 それから、言った。


「今日の夜って何か予定あるかな?」


 ルークは言った。


「君に伝えたいことがあるんだ」





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