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190 力を合わせて


 時間が経過するごとに、王宮魔術師たちの力が増していくのを仮面の男は感じていた。


 明らかだったはずの戦力差が縮まり始めている。


 強い気持ちが彼らの魔法の質と威力を向上させている。


 それはほんのわずかな差だ。


 だが、その小さな差が魔法戦闘においては大きいことを彼らは知っていた。


(このまま安全に勝ちに行くのは危険。リスクを取り、確実に一人ずつ仕留める必要がある)


 そして、止めなければならないのが誰なのか、はっきりと彼らは理解していた。


(あの小さな魔法使いを止めないといけない。どんな手を使ってでも)


 上がっている王宮魔術師たちの士気。


 経験の浅いはずの者たちが、闇の中で冷静に的確な攻撃と連携を続けている。


 すべては、彼らを動かしている小さな魔法使いによるもの。


 しかし、そうわかっていても彼女を止めるのは簡単なことでは無かった。


 攻撃を集中すれば、すぐにルーク・ヴァルトシュタインが横やりを入れてくる。


 混戦の中で、彼はずっとノエルから目を離していない。


 何かあれば、すぐに助けに行ける準備をしている。


(この戦いは彼女さえ潰せばその時点で事実上決着する。で、あれば最も確実な方法を使って彼女を止める)


「プランCでいく」


 二つの仮面がうなずきを返す。


 仮面の男は気づいていた。


 ノエルの戦い方にあるわずかな隙。


 小さな王宮魔術師は明らかに無理をして仲間全員を守ろうとしている。


(弱者を切り捨てられない弱さ。で、あれば彼女の負荷がさらに増すように攻撃を分散する)


 ノエルの位置から最も支援が難しい両端にいる二人に一斉に攻撃を放つ。


「ムーナちゃん、右――!」


 ムーナと呼ばれた新人王宮魔術師はその攻撃に反応できていない。


 そして、だからこそ仮面の男は彼女に攻撃を集中する。


 放たれる三人の魔術砲火。


 固有時間を加速させる魔法で懸命にカバーしようとするノエル。


 人間離れした速度と対応力で敵の攻撃を相殺する。


 しかし、防ぎきれない。


 致死的な威力の炎魔法がムーナに迫る。


 展開した魔法障壁は一瞬で破砕した。


(私、死ぬの……?)


 引き延ばされる時間。


 すべてがスローモーションに見える。


 恐怖に身体が凍り付いたその刹那、飛び込んできたのは小柄な先輩だった。


 ムーナの前に割り込み、風魔法で攻撃を相殺する。


 だが、間に合わない。


 炎魔法がノエルを直撃する。


「ノエル先輩――!」


 声にならない声がすぐそばで聞こえた。





 ◇  ◇  ◇


 背中がなくなったと思った。


 痛みで頭が真っ白になる。


 爆ぜる火球。

 肌が焼ける臭い。


 身体に力が入らない。


 立っていることができずに膝を突く。


固有時間加速スペルブースト》が解ける。


 霞む視界。


 急激に魔力を失ったことによる魔力切れの症状。


 私は既に限界を超えていて――


 だけど、同時に気づいている。


 これだけムーナちゃんと私に攻撃を集中したのだ。


 必然的に他のみんなに対する警戒は甘くなる。


 そして、あいつはそんなチャンスを絶対に逃さない。


 超高電圧の電撃魔法が仮面の男を直撃する。


 不意を突いて、一瞬で一人を無力化して二人目に。


 ルークの横顔には普段と違う切迫したものが感じられる。


 おそらく、ここで絶対に仕留めないといけないと考えたのだろう。


 仲間を守るために。


 大切なものを守るために。


 一人で三人を仕留めようとした。


 しかし、叶わない。


 他二人を統率する仮面の男はルークの攻撃をかわし、私に向けて魔法式を起動する。


 放たれる氷槍の雨。


 無数の鋭利な切っ先が私に迫る。


 そのとき、私の目の前に展開したのは九枚の魔法障壁だった。


 ミーシャ先輩と新人さんたちが懸命に魔法式を起動している。


「させない――!」


 しかし、それでも仮面の男の攻撃を止めることは叶わない。


 起動する魔法式。


 氷槍の嵐が魔法障壁を一瞬で破壊する。


 吹き飛ばされる新人さんたち。


 防御する術を失った私たちに向け、仮面の男が魔法式を起動しようとする。


 致死的な威力の魔法が放たれるその刹那、飛び込んだのは三つの影だった。


「だからさせないって言ってるでしょうが!」


 全力の魔術砲火を放つミーシャ先輩。


 イリスちゃんとマイルズくんが懸命にそれを支援している。


 三人が力を合わせて放った魔法は、ほんのわずかな時間を稼ぐことしかできなくて――


 しかし、それでもこの状況では十分だった。


 立ち上がった六人の魔術砲火が仮面の男に殺到する。


 多分、私がみんなの魔法を組み合わせて最適化していたのを見ていたからだろう。


 九人で思いを込めて放つ魔法には、今までのそれにはない何かがあった。


「ぐ――――!」


 魔術砲火が仮面の男を直撃する。


 地面を転がり、力なく横たわって動かなくなる。


 ルークの電撃が二人目の意識を刈り取り、無力化したのはそのときだった。


 静かになった穴の底で、安堵の息を吐く。


「大丈夫ですか、ノエル先輩!?」


 駆け寄ってきたイリスちゃんに思わず笑みがこぼれた。


「大丈夫。もう魔力はほとんど残ってないからこれ以上戦うのは無理だったけど」

「私もです。ほんと、ギリギリでした」


 みんな、すべてを出し尽くして戦ってくれたのだろう。


 魔力も体力もほとんど残っていない。


 戦いがこれ以上続いていたら、どうなっていたか考えたくもない。


「ごめんなさい、ノエル先輩。私のせいで」


 心配そうな顔のムーナちゃんに笑みを返す。


「大丈夫。むしろ、私の方こそみんなに助けてもらったから」


 みんなが私を助けようと必死でがんばってくれた。

 その心強さとあたたかさは、今も私の胸の中に残っている。


「助けてくれてありがとう」

「助けてもらったお返しです」


 ぶっきらぼうな声で言うマイルズくん。


 同意するみたいにうなずく新人さんたち。


 みんなを守り抜くことができてよかった、とほっと息を吐いたそのときだった。


 感じたのはわずかな魔力の気配。


 空気がしんと冷えて感じられる。


 張り詰めたその中には死の気配が混じっている。


 次の瞬間、目の前の光景に私は絶句した。


 仮面の男が四人、私たちを包囲するように立っている。


 今まで戦っていた三人とは違う。


 別の四人が増援に来たのだ。


「うそ、でしょ……」

「そんな……」


 息を飲む新人さんたち。


 心が折れる音が聞こえた気がした。


 当然だ。


 今の私たちに彼らと戦う力は残っていない。


 私の状況把握能力が伝えている。


 この状況を、切り抜けるのは今の私たちには――できない。


 仮面の男たちが魔法式を起動する。


「まずはノエル・スプリングフィールドを仕留めろ」


 魔術砲火が殺到する。


 衝撃と熱風。


 一瞬で人体を粉微塵にする破壊的な威力を持つその攻撃は、しかし私には届いていなかった。


「ルーク……!」


 ルークが私をかばうように立っている。


 しかし、その身体は明らかに限界を超えていた。


 残っていた魔力を振り絞って起動した五枚の魔法障壁は一瞬ではじけ飛び、貫通した魔術砲火はルークの服と身体をずたずたに引き裂いている。


「なんで……」

「絶対に通さない」


 明らかに魔力切れを起こしているにもかかわらず、懸命に意識をつなぎ止めて魔法障壁を起動する。


 地面に膝を突きながら、それでも私の前を絶対に譲ろうとしない。


 傍らでは七番隊のみんながくずおれている。


 残っていた力も、今の攻撃を防ぐために使い果たしたのだろう。


 もう魔法障壁を張ることはできない。


(先輩なのに……私がみんなを守らないといけないのに……)


 こんな私を慕ってくれて、好きになってくれた。


 必死で守ろうとしてくれた。


 ルークだってそうだ。


 いつも私のことを考えてくれて。


 見ててくれて。


 拾ってくれて。


 守ってくれて。


 なのに、身体が動いてくれない。


 魔力は完全に底を突いている。


(ごめん、みんな……)


 四人の仮面の男が魔法式を起動する。


 致死的な威力の魔術砲火が私たちに降り注ぐ。


 迫る痛みと恐怖に目を閉じたその瞬間――それは起きた。




氷の世界セロ・アブソレイト




 感じたのは強烈な魔力の気配。


 何が起きたのかわからない。


 目に映るすべてが凍り付いている。


 時間が止まったかのように感じられた。


 すべてが青く染まっている。


 空気が液状化する極低温の世界が目の前に展開している。


「気をつけてくださいね」


 凜とした声が響く。


「同期を罠にはめたことに対して。そして後輩を傷つけたことに対して、私は貴方たちに個人的な怒りを抱いています」


 音もなく穴の底に降り立ったその人は、薄明かりの中で悠然と私たちを見下ろしていた。


「全力で障壁を展開しなさい。うっかり殺してしまうかもしれないので」


 王宮魔術師団二番隊隊長クリス・シャーロック。


 そして、私たちの前に立っているのは背筋の良い白髪の男性――剣聖エリック・ラッシュフォード。


 さらに、その両側にたくさんの王宮魔術師さんと騎士たちが布陣していた。


(二番隊魔法不適切使用取締局と王立騎士団――!)


「スプリングフィールド、大丈夫か?」


 声をかけてくれたのは、取締局で局長を務めるシェイマスさんだった。


 ヴィルヘルム伯の強制捜査をする際に、一緒に戦った二番隊の副隊長。


「動いているのが自分たちだけだと思ったら大間違いだ。今回は追いつかせてもらったぞ、ヴァルトシュタイン」


 にやりと口角を上げて言う。


「よく時間を稼いだ。褒めてやる」


 仮面の男たちが魔術砲火を放つ。


 しかし、そこには到底覆せない数と戦力の差があった。


 一人、また一人と戦闘不能になり、無力化されていく。


 信じられない光景。


 都合が良すぎるって怖くなるくらいで。


 だけど、身体の痛みはたしかにそれが現実であることを教えてくれていた。


(よかった。ほんとによかった)


 みんなを守り切ることができた。


 副隊長としての務めを全うすることができた。


 安心したら、気が抜けてしまったのかもしれない。


「おい、スプリングフィールド!? スプリングフィールドしっかり――!?」


 シェイマスさんの声が聞こえる中、私は意識を失っていた。





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