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187 理由


 予定されていた時刻。


 最初に現れたのは、二人組の男だった。


 全身黒ずくめで厚手の外套に身を包んでいる。


 二人の姿は夜の闇の中から浮き上がるようにして出てきたように見えた。


 夜に溶けていた何かが形になったみたいに。


 しかし、それは錯覚なのだろう。


 二人は黒い仮面で顔を覆っていた。


(なにこのでたらめな魔力圧……)


 私が息を呑んだのは、彼らの纏う魔力圧に異常な何かを感じたからだった。


 魔力量自体も突出して多い。しかし、そこには尋常な世界の理に反した何かが混じっているように感じられた。


(多分違法薬物と特級遺物。危険な方法で人間としての機能を犠牲にして、化け物じみた能力を獲得してる)


 王国屈指の優秀な魔術師が集まっている王宮魔術師団だけど、この二人に勝てる魔法使いは多分ほとんどいない。


(交戦すれば新人さんたちは……)


 正面から戦えば、まず間違いなく少なくない被害が出る。


 命を落とすことになってしまってもおかしくない。


 改めて、戦ってはいけない相手だと痛感する。


(とにかく、無事に騙しきることだけを考えないと)


 二人の男は、アルバーン家とエニアグラム家の関係者を観察していた。


 感情は読み取れない。


 仮面が彼らから個性と人間らしい機微を奪い取っている。


 沈黙が廃墟を包んだ。


 二人は何かを警戒してるのかもしれない、と思う。


 よくない何かが混じっている。


 王宮魔術師が入り込み、この取引は彼らにとって不都合なものに変わっている、と気づきつつあるのかもしれない。


(落ち着け。考えすぎるな)


 そこにあるのは沈黙だけだった。


 動揺しているのは私の心。


 欺こうとしてることを見破られてはいけない。


 みんなを守り抜くためにも、絶対に騙しきらないといけない。


 強い思いが、私の身体を固くしている。


 悟られないように長く息を吐く。


 呼吸を整え、身体の力を抜く。


 いつ何が起きても対処できるように準備をする。


 二人の男は、廃墟の外に向けてハンドサインをした。


 闇の中から一人の男が現れる。


 その男は黒いフードを被っていた。


 仮面には複雑な刺繍があしらわれている。


(多分この人が一番強い……)


 黒いフードの男は、歩み出て言った。


「王国の要である皆様とこのような機会を得ることができ、我々は非常にうれしく思っています。紡がれた絆は何よりも固い。早速ですが、取引を始めましょう」


 アルバーン家とエニアグラム家の執事が金貨が詰め込まれた鞄を渡す。


 かなり重たいようだ。


 各家から三つずつ。合計六つの鞄が手渡される。


 受け取った仮面の男はきびきびとした所作で頭を下げてから、鞄を開けて中身を確認する。


「数に間違いはありませんか?」

「ありません。ご依頼いただいた量を正確にご用意しております」

「たしかにそのようですね。素晴らしい」


 黒いフードの男は言う。


「貴方は信頼できる方のようだ。私にはそれがわかります」

「ありがとうございます」

「しかし、他の方はどうでしょう。この中に貴方と違い、邪な心を持った方がいる可能性はありませんか」

「と言いますと?」

「我々を狙う何者かが入り込んでいるのではないかと私は案じています。たとえば、そう――」


 黒いフードの男は意味ありげな間を開けてから言った。


「王宮魔術師とか」


 表情を変えないように意識する。


 動揺が漏れてはいけない。


 疑念を確信に変えてはいけない。


 アルバーン家とエニアグラム家に対する潜入と交渉は、細心の注意を払って行っていた。


 見張りがいたとしても、気づかれてはいないはず。


 となると、これはハッタリの可能性が高い。


 私たちの動揺を誘っている。


「ありえません。彼らがこの取引を知っているはずがない」


 執事さんは少し困った顔で言った。


 そこに嘘はない。


 彼は自分の仕える主人が、数時間前に考えを変えていることを知らずにいる。


「しかし、貴方の家には先日二匹の鼠が入り込んでいました。非常に優秀で腕の立つ鼠でした。彼らは隠蔽魔法を使っていた」


 黒いフードの男は言う。


「たとえば、そこに控えている彼が王宮魔術師という可能性はありませんか?」


 男が指し示したのはアルバーン家で働く使用人の男だった。


 しかし、その正体が別の人物であることを私は知っている。


(ルーク……!)


 視線がルークに集中する。


 対して、ルークは戸惑った顔をした。


 声は発しない。


 相手に検討する材料を与えない判断。


「ありえないですよ。この者のことはうちで働き始めた頃からよく知っています」

「何らかの魔法で姿を変えているという可能性は?」

「たしかに、その可能性は絶対にないとは言い切れませんが……」

「少し質問してみましょう」


 黒いフードの男は言う。


「貴方は王宮魔術師ですか?」

「まさか。違います」

「返答が早いですね。早く答えることで信頼を得ようとしている」

「とんでもない。これは職務上の癖でして」


 話す姿に私は息を呑む。


(うまい)


 正体を知っている私でも、本当に何も知らない使用人さんなんじゃないかと錯覚してしまいそうなくらいだった。


『僕の場合は幼い頃からずっと演じてるところあったから』


 ヴィルヘルム伯の屋敷に潜入した際、そんなことを言っていたのを思いだす。


 さすが元腹黒仮面優等生。


 培われた演技力は、普通の人とは一線を画す真実の質感を伴っている。


「なるほど。良しとすることにしましょう」


 黒いフードの男は小さくうなずいてから続けた。


「できるなら、貴方たち全員に対して審問を行いたいところですが、我々には時間がありません。職務遂行上必要な妥協として、この取引が当初の予定通り正当かつ公正なものとして行われていると信じることにしましょう」


 二人の男が、金貨の詰められた鞄を回収する。


 ひとつ運ぶだけでも大変な鞄を、二人は三つ簡単に抱えてしまった。


 常軌を逸した力の強さ。


 おそらく、これも裏社会で流通している違法薬物によって作られたものなのだろう。


「ありがとうございました。取引に携わってくださった皆様に心からの感謝をお伝えしたい」


 丁寧な所作で深々と頭を下げる黒いフードの男。


「しかし、我々は慎重であることを何よりも重要な美徳として活動しています。あらゆるリスクを排し、自らの身を守るために最善を尽くす。もし貴方たちの中に裏切り者が混じっていたら。あるいは、ここにいる誰かが今後裏切ったとしたら。可能性があるのであれば最善を尽くすのが我々のやり方です。どうすれば裏切りを回避することができるのか。現実的な方策として我々はこの廃墟の地下にあるものを仕掛けました」


 黒いフードの男は言った。


「ある方の邸宅に残っていたベルトール火薬千キログラム。そして、それを発火させる起爆装置です」


 その声はやけにはっきりと廃墟の中に響いた。


「それでは、機会があれば次の世界でお会いしましょう」


 瞬間、三千度を超える熱風がすべてを一瞬で蒸発させた。





 ベルトール火薬が起爆したその瞬間、私はありったけの声で叫んでいた。


「魔法障壁展開!」


 言葉にしたのは、支援が必要だったから。


 私にできるすべての魔力を込めても、一人じゃとても防ぎきれない。


 それでも、優秀な仲間と一緒なら――


 力を合わせることができれば可能性は残る。


 展開する魔法障壁。


 最初に合わせてくれたのはルークだった。


 私の起動した障壁の構造を一瞬で把握し、脆い部分を補強する魔法障壁を展開し、全体の出力を上げる。


 障壁を重ねて強化するお手本を示して、後に続く人を誘導する。


 ミーシャ先輩が続いて、次に続いたのはマイルズくん。


 臨機応変な対応が求められる職場で働いていた経験から来る瞬発力。


 それから新人さんたちが魔法障壁を展開する。


「イリスちゃん! 水属性付与して!」


 はっとするイリスちゃん。


 足下が一瞬で蒸発する。


 すべてを消し飛ばす爆轟。


 炎に強い抵抗力を持つ水属性を付与して、それでも抑えきれない。


 熱風が肌を焼く。


 風魔法の障壁で致死的な爆風をなんとか外へ逃がす。


 太陽よりも明るく白い光がすべてを染め上げる。


 咄嗟に目を閉じる。瞼の裏が白い光に包まれる。


 自分の身体がどういう状態なのか。まだ残っているのかさえわからない。


 足場を失った私たちは地下深くに落下する。


 風の流れで、地面が近づいているのに気づいた私は咄嗟に風魔法を起動した。


烈風砲ウィンドブラスト


 風の大砲が落下する私たちのクッションになる。


 バランスを崩したまま、顔面から着地した私だけど、その痛みは普通に転んだときくらいのものだった。


 生きてる。


 身体がある。


 その事実にほっと息を吐く。


「みんな、大丈夫!?」


 周囲を見回す。


 深い闇の中、たくさんの人が倒れている。無事を確認するのは簡単なことじゃない。


 声かけをして、一人ずつ確認する。


 七番隊全員の無事を確認して、私は心から安堵した。


(他の関係者さんたちもダメージは深刻じゃない)


 周囲の状況を把握しながら、私はその理由に気づいていた。


 こういうとき、自分より別の誰かを優先するバカがいて。


 しかもそいつは、私たちの中でもとびっきり優秀なのだ。


「あんた、自分より周りを優先して障壁を強化したでしょ」

「少しだけね」

「なんであんたはそういつもいつも」

「僕の心がそうしたいって言ってるから」


 こともなげに言うその言葉に、少し余計なことを考えてしまう。


 こいつは本来他人に興味が無い人で。


 そこまでするのは、他の人とは違う守りたい誰かがいるから。


 その誰かがどこにいるのかわからないから、自分以外の全員を守るために無茶をした。


 鈍感な私でもわかってる。



 多分、それは私なのだ。



 身体の奥で心臓が鳴る。


 いけない、と首を振る。


 そういうことを考えるのは後にしよう。


 今はこの場からみんなを無事に帰らせること。


「どうやら私の懸念は当たっていたようです」


 爆発によって空いた大穴の上から、黒いフードの男の声がかすかに聞こえる。


「とはいえ、腕が立つのは二人。あとは私たちの敵ではなさそうですね」


 感情のない冷ややかな声で続けた。


「処理をすることにしましょう。まずは王宮魔術師から。一人も取り逃さないように」




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