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185 本心と動揺


 ルークはいったいどうしてあんなことを言ったのだろう。


 私はその日、ルークが言った言葉を何度も繰り返し反芻することになった。


 ルークは私のことが大切だと言った。


 他に何もいらないと。


 命だって懸けられると。


 自分には何もない。私より大切なものが何一つないと。


 それは私にとっては予想も想像もしていない言葉だった。


 冗談だって言われた方が納得しやすいくらいだ。


 だけど、ルークは本音として、本心としてそれを言っていたような気がした。


 本気の言葉にしかない切迫感のようなものが、そこにはあったような気がした。


 そんなことを言われたのは初めてで。


 その熱を持った言葉は、私の奥にある何かを激しく揺さぶっていた。


 私がいれば他に何もいらないと言ってくれる人がいる。


 その事実が、私を落ち着かない気持ちにさせる。


(いけない。今は七番隊のみんなの安全を確保できるよう、仕事に集中しないと)


 幸い、自分の身を守るための訓練は七番隊が発足してから最優先で行っていた。


 新人さんたちは、王宮魔術師として必要最低限、自分の安全を確保する術を身につけていた。


(とはいえ、戦力として計算するにはまだまだ心許ないけど)


 ルークは取引については誰にも伝えないようにと私に言っていた。


『知る人が少なければ少ないほど情報は外に漏れづらくなる』

『でも、七番隊のみんなには伝えないと』

『作戦開始直前に伝える。でないと、取引に向けて準備していることに敵が気づく可能性が高い』

『だけど、危険な任務なんだから心の準備はさせてあげないと』

『最も危険な部分は僕が引き受ける。そもそも、今回の目的は【竜の教団】の情報を持ち帰り、取引の証拠を押さえることだ。戦闘にはならない』


 みんなの安全を最優先に確保したい私からすると、ルークの言葉には納得できない部分もあったけれど、現実的な判断として折り合いをつける必要があることもわかっていた。


 偏執的なまでに慎重でまったく表に出てこない相手。


 その詳細に関する情報を入手することは誰もできていない。


 リスクを負わずに実現できることではないのは明らか。


 それでも、ミーシャ先輩には伝えるべきだと思ったから、ルークにしつこく言って話す許可をもらった。


「レティシア先輩が残した取引の情報ね。教えてくれてありがと。テンション上がってきたわ」


 ミーシャ先輩は拳を撃ち合わせて言う。


「私も入団してからずっと三番隊にお世話になってたからさ。レティシア先輩とガウェイン隊長が投獄されたことにはいろいろと思うところがあるんだよね。しかも、それを理由に『王宮魔術師団は不正の温床だ』とか『使えないヤツばかりだから削減すべき』とか好き放題言われてるし。不正の温床で救いようが無いのはあんたたちでしょうが」


 熱を帯びた口調で続けた。


「御三家の裏切りと敵組織の正体を暴いて、王宮魔術師団が優秀だってことを連中にわからせてやろう。こっちは日々必死に戦ってんだ。なめんなって」


 取引に潜入するための準備は、秘密裏に行われた。


 ルークは七番隊が発足した頃からこういうことがあるのを想定して準備していたみたいだった。


 王都から少し離れた《薄霧の森》への遠征任務が承認され、馬車が手配された。


 新人さんの初実戦を兼ねての簡単な魔物退治と、ゴブリンエンペラー討伐後の魔物たちの調査。


 この任務を隠れ蓑にして、新人さんたちへの個人練習の時間を増やし、必要な準備を整えることができた。


 迎えた取引当日。


 私たちは、あらかじめ提出したスケジュール通り王都を出発し、霧が立ちこめた森の中に入った。何人か監視がついていて、私たちが森に入るのを遠くから見ていた。


 怪しい動きがあれば、即座に取引を中止するつもりだったのだろう。


 深い霧の立ちこめる森の中に、ルークは別の馬車を隠していた。


 月に一度、《薄霧の森》近くを通って、王都に商いに来る商家の馬車だ。


 ルークは手を回し、今月の取引を中止して馬車を貸してもらえるように交渉していた。


 馬車の中にはいくつかの魔法武器と変身薬が用意されていた。


 ルークが用意した八人の使用人さんが変身薬を使って私たちのふりをしてくれる。


 必要な準備を整えながら、私は新人さんたちに今日行う本当の仕事について話した。


「そんな重大な任務なんて……」


 新人さんたちの動揺は大きかった。


 無理もない。


 安全な後方支援だからと伝えても、恐怖が拭えない様子だった。


「やれやれ、使えない人ばかりですね。任せてください。優秀なあたしが他の人の分も力になるんで」


 最初は自信満々で言っていたイリスちゃんも、時が経つにつれて怖さが増してきた様子。


「ちょ、ちょっとだけ風に当たってきます」


 と遠くの方で太い木に背中を預けて、何度も繰り返し深呼吸していた。


「先輩は無茶を言ってることを理解してますか。こんな重要な任務、入ったばかりの新人には荷が重すぎる。取り返しのつかないことになるかもしれない。いや、ならない方がおかしいです」


 マイルズくんは私の近くに来て、小声で言った。


「わかってる。でも、他に選択肢がないの。みんなのことは私が絶対に守るから。信じて。力を貸して」


 マイルズくんはじっと私を見つめた。


 真意を測るように、心の中を見通そうとするように。


 それから言った。


「わかりました。やるだけのことはやります」


 変身薬を飲んで商人さんに姿を変えた私たちは、監視の目を欺いて王都に入った。


 最初に向かったのはアルバーン家の邸宅だった。


 ルークはあらかじめ、何点かの備品を納入する取引を用意していた。


「運び込みますので少々お時間をいただけますか」


 商人に化けた状態で言うマイルズくん。


 丁寧な口調を新鮮な目で見つめる。


 魔道具師ギルドでも最初は真面目に働いていたというのは本当だったんだと実感した。


「さすが元優等生」

「演技やめますよ」

「私はそっちの君の方が好きだよ」

「俺は嫌いです」


 苦虫を噛んだような顔で言うマイルズくん。


 しかし、丁寧な口調の演技をやめるつもりはないらしい。


(ここは任せて大丈夫だね)


 私は、荷台に隠れていた七番隊のみんなと共にアルバーン家に潜入する。


「まずは取引の証拠となる資料を盗みだす」


 ルークの言葉にうなずきを返す。


「了解。みんなやるよ」


 私たちは変身薬で今はここにいないアルバーン家の人に姿を変えていた。


 隠蔽魔法を活用しつつ、警備の目を欺いて屋敷の中へ。


「なんだかわくわくするね、これ」


 小声で言うミーシャ先輩。


 レティシアさんの残した調査情報を元に、証拠となる資料を回収していく。


「先輩、先輩」


 つんつんと私の肩をつつくイリスちゃん。


「ん? なに?」

「この資料とかどうですか?」

「おお、探してたやつ! よく見つけたね」

「当然です。私は先輩を超える魔法使いになる女なので」

「うん、期待してるよ。一生懸命探してくれてありがと」

「し、仕事なので別に普通ですし」


 ぷいっとそっぽを向いて証拠探しに戻るイリスちゃん。


「先輩らしくなってるじゃん」


 ルークの言葉に、目を細めつつ返す。


「でしょでしょ。もっと私を称えたまえ」

「助かってるよ、頼れる副隊長さん」


 軽口をかわしつつ、十分な量の証拠資料を回収。


「さて、ここからは僕の仕事だね」

「どうするの?」

「取引と交渉」


 商人に化けたルークは一通の手紙を使用人さんに渡す。


「これをご当主様にお渡ししてもらえますか」

「わかりました。お渡しいたします」


 賢い猫のように一礼する使用人さん。


 待つこと十分ほど。


 息を切らし、ひどく慌てた様子で使用人さんが戻ってきた。


「旦那様が今すぐお話ししたいと仰っておりまして」


 使用人さんの言葉に、小さく笑みを浮かべてルークは言う。


「少しお話ししてくるよ。待ってて」




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