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178 ざわめき


 イリスちゃんが少しやわらかくなった。


 その事実が、七番隊の新人さんたちにもたらした影響は大きかった。


 みんな戸惑いを隠しきれない様子で、「体調大丈夫かな?」とか「検査を受けた方がいいんじゃ」みたいなことを話している。


「失礼すぎると思いません!? あたし、これ切れていいやつだと思うんですけど!」


 むっとした様子で言うイリスちゃん。


「今までのあたしだったら間違いなく手が出てましたね。それだけじゃなく脚も出てたかも。頭突きははしたないのでさすがにしないですけど」

「え?」

「え?」

「あ、うん。なんでもないよ。気にしないで」


 大人でクールな先輩感を出しつつ、平静を装う。


(頭突きってキックよりはしたないのか)


 小さい頃、田舎町でいじめっ子たちをぶっ飛ばして回っていた過去を持つ私の中では、命中率が高く破壊力も抜群の有力な打撃技だったのだけど。


 思えば、他の女の子が頭突きをしている姿は見たことが無いかもしれない。


(落ち着いた大人女子への階段を上っている私としては、これからは使用を控えていくことにしよう)


 密かに思う私に、イリスちゃんは言った。


「そういえば、先輩国別対抗戦で頭突きしてましたよね」

「してないよ」

「え? たしかどこかの試合で頭突きでの決着話題になってたような」

「気のせいだよ。別の人だよ」

「あれ? そうでしたかね?」


 首をかしげるイリスちゃん。


(ふう、危ないところだった)


 なんとかごまかすことに成功して、ほっと息を吐く。


 頼れる大人な先輩として、イリスちゃんの信頼を勝ち取り始めている私にとってイメージ戦略は重要。


 憧れのレティシアさんみたいにクールで素敵な人だと思ってもらうためには、こういう地道な努力が大切なのである。


「でも、人間ってめんどくさいですね先輩。折角このあたしが反省して謝ってあげてんのになんか逆に怖がられてて。もうほんとわけわかんないっていうか、なんでこの気持ちが伝わらないのかって」


 イリスちゃんはうんざりした顔で肩をすくめた。


「今までが結構ひどかったからね。信頼を取り戻すのは大変なの」

「正直割に合わないっていうか。いっそ投げ出したいって十秒ごとに思ってるんですけど」

「今ががんばりどきだよ。続けていればいろいろなことが変わってくるからさ」


 私の言葉に、少し考えてから言った。


「そういうものですかね。まあ、やれるだけやってみます。人間と関わってやるのもたまにはいいかって思いますし」

「イリスちゃんは人間じゃないの?」

「天上天下唯我独尊最高にキュートでかわいい天才魔術師です」

「自己肯定感高くて何よりだよ」

「先輩も結構かわいいですよ。あたしの方が上ではありますけど。でも、あたしを除けばこの世界で一番じゃないかなって」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 かなり変わった子ではあるけれど、私のことを慕ってくれている気持ちに嘘はない感じがする。


 周囲とのコミュニケーションに関する問題にも、意外なくらい真面目に取り組んでいて。


 ひとまず彼女のことは大丈夫そうだと少し安心して見ているのだけど。


 一方でもう一人の問題児――マイルズくんについては、まったく改善の気配が見られなかった。


(私にできる精一杯、がんばってはいるんだけど)


 しかし、結果として状況はより悪くなっている感じがする。


 人の心ってすごく複雑だから。


 不真面目な後輩をやる気にさせるのは、魔法よりずっと難しいのかもしれない。


「あいつムカつきますよね。ぶっ飛ばしたくなったらいつでも呼んでください。あたし、お供するんで」

「思い切り魔法をぶっ放してストレス解消したいだけでしょ」

「先輩はあたしのことをよく知ってますね」


 肩をすくめてから、私はルークにマイルズくんのことを相談することにした。


 積まれた資料の山。

 おそらく、聖宝メイガス級昇格を実現できる何かを追っているのだろう。


 慌ただしく時間に追われているあいつは、資料に視線を落としたまま言った。


「難しそうなら、あきらめていいよ」

「でも、それじゃずっとあのままだよ。隊全体の雰囲気にもよくない影響が出る」

「人を変えるのは難しい。不可能なことも多くある。結局、本人が気づいて変わらなければいけないから」

「じゃあ、私たちで気づかせてあげれば」

「それが難しいって言ってるの」


 ルークは顔を上げて言う。


「人は自分が見たいものを見る生き物だ。よくないところを自覚して改善するより、誰かのせいにしてる方が楽だから。変わりたくない人は変えられない。それが僕の経験則」

「たしかにその通りかもしれないけど……」

「もちろん基準に達してないときはその都度注意していいけどね。働き方は人それぞれ。多様性として認めてあげるのも大切なことでしょ」


 ルークは言う。


「僕らに与えられている時間には限りがある。咲く気のない花に水をあげるより、もっとやらないといけないことがたくさんあるからさ」


 現実的で大人な意見だと思った。


 王宮魔術師団での初めての後輩を大事にしたい私と違って、ルークは既にいろいろなことを経験していて。


 その結論として、今の考え方に行き着いたのだろう。


 だけど、私はマイルズくんをまだあきらめたくなかった。


 彼の仕事を見ていると、なんとなく違和感があるのだ。


 手の抜き方に慣れてない感じがあるというか。身体にしみつききってないものを感じることがある。


「いやいや、気のせいだって。あんな態度悪い子みたことないもん」


 相談した私に、ミーシャ先輩はあきれ顔で言った。


「ノエルはまだわからないかもしれないけど、あきらめるしかない相手も世の中にはいるものだよ」

「それはわかります。私も魔道具師ギルドでいろんな人と働いてたので」


 私は言う。


「でも、この魔法式の第二補助式を見てください。この丁寧な描き方って手抜きする人はまず習得できないと思うんです」

「いや、これくらいは別に誰でも……」


 ミーシャ先輩は首をかしげつつ魔法式を見つめる。


 しばしの間、真剣に視線を落としてから言った。


「よく気づいたね、これ」

「彼の仕事になんか違和感があって、なんでかなって注意して見てたので」

「この描き方する人がどうしてあんな風になっちゃったんだろ」

「私、ちょっと彼について調べてみます」


 私はラムズデール魔術学院とスレイン魔道具師ギルドについて調べた。


 王宮魔術師団五番隊にマイルズくんと学院時代同級生だった先輩がいて、当時の彼について話を聞くことができた。


「やっぱり彼だったんですね。もしかしたらとは思ってたんですけど」


 先輩は言う。


「マイルズくんのことはよく覚えてます。彼はうちの学年だと有名だったので」

「どういう人だったんですか?」

「みんなに慕われてる優等生でした。誰よりもやる気があって、リーダーシップがあって。この国で一番の魔道具師になるんだって燃えてました」

「それ、本当にマイルズくん?」


 しかし、私の言葉は廊下の話し声に遮られて彼女にはうまく聞こえなかったみたいだった。


「私なんかよりずっとやる気があって勉強熱心でした。キラキラしてて眩しかったな。今もやっぱりがんばってます?」

「……そうですね。すごく頼りになってます」

「よかった。少し心配だったんです。彼についてはちょっと変な噂もあったから」

「変な噂?」

「別人みたいに荒れてたって。酒場でもめ事を起こして出入り禁止、みたいな」

「そんな噂が」

「でも、よかったです。変わらずがんばってるみたいで」


 微笑んだ彼女に少し胸が痛んだ。


 嘘をつくべきではなかったのかもしれない。


 だけど、彼の現状を伝えるのも先輩としては違う感じがして。


 人間関係って難しい。


(とにかく、学生時代のことはわかった。今の彼からは、正直まったく想像もつかない感じだけど)


 しかし、彼女が嘘をついているようには見えなかった。


 だとすれば、魔道具師時代に何かがあったと考えるのが自然だろう。


(魔道具師ギルドか……)


 心の奥で、私の中の何かがざわめいていた。




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