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177 彼女の『好き』と私の『好き』


(完全にやってしまった……)


 四番隊の所有する救護室で、私は頭を抱えていた。


 鼻っ柱を折らないといけない周囲を傷つける後輩。


 経験を活かして魔力をセーブしつつ相手の隙をうかがい、一瞬だけ全力を出して圧倒する作戦は、私の狙い通り進んでいた。


 慣れるまで十分に時間を取ったから、イリスちゃんの攻撃は見えていたし、全力で魔法式を起動する際に癖があるのも気づいていた。


 怪我させずに綺麗に決着を付けられるはずだったのだ。


(まさか、ギリギリであんなの出してくるなんて)


 それは本当に美しい魔法式だった。


 同じようにたくさんの時間を魔法に注ぎ込んできた私だからわかる。


 人生のすべてを捧げてきた人にしか描けない魔法。


(この子も本当に魔法が好きなんだろうな)


 私は彼女に近いところがあるのを感じていて。


 にもかかわらず、彼女の『好き』は私の『好き』と何かが違うように感じられた。


 何が違うのかはわからないし、どちらが正しいのかはわからないけれど。


 そもそも、『好き』に正しいなんてないような感じもするけれど。


(なんだか危うい感じがするんだよな)


 いつか潰れてしまいそうな。

 壊れてしまいそうな。


 そういうバランスの悪さを私は感じていた。


 ダイヤモンドが割れやすいみたいに、張り詰めた彼女は何かのきっかけで割れてしまいそうに見えた。


(できるならゆるませてあげたい。視野を広げてあげたいんだけど)


 そのとき、聞こえたのは背後からの声だった。


「あの、先輩」


 振り向く。


 そこにいたのはマイルズくんだった。


 手抜きと無愛想な態度で浮いてしまっている新人さん。


「なんで俺を助けたんですか」


 模擬戦で、マイルズくんを執拗に攻撃するイリスちゃんを止めたことについて言っているのだろう。


「七番隊の大事な金の卵くんなんだから当然だよ」

「思ってもないこと言わないでくださいよ」

「思ってるから言ってるんだよ。いつも最低限、してないと問題になる部分だけはちゃんと真面目にやってるでしょ。要領良くて要点をつかむのうまいなって感心してる。その勘の良さは君の武器だよ。君には良い魔法使いになれる素養がある」


 マイルズくんは少しの間押し黙ってから言った。


「俺は先輩が嫌いです」

「え?」

「失礼します」


 遠ざかる背中を見送る。

 私は多分、何か間違えたのだろう。


(なかなか簡単にはいかないな……)


 だけど、彼をこのまま放っておくつもりはなかった。


(七番隊をみんなが前向きに働ける素敵な部隊にするんだ)


 副隊長になったときにやりたいと思ったひとつの目標。


 あきらめの悪い私はまだまだこれからだって思っている。


(あとは、イリスちゃんもみんなの輪に入れるようにしないと)


 考えていたそのときだった。


 視界の端で、イリスちゃんの形の良い目が開いたのが見えた。


「大丈夫? 痛いところはない?」


 声をかける。


 ベッドの上から私を見つめるイリスちゃん。

 少し意外そうな顔で言った。


「付き添っててくれたんですか?」

「うん。あ、サボってるわけじゃないよ。仕事はちゃんと持ってきてるから」

「そんな狭い机でやるの効率悪くありません?」

「そうでもないよ。やってみると意外とどこでも集中することはできるというか。むしろ何もせずぼんやりしてる方が苦手なんだよね。時間があるとつい魔法の本開いちゃうし」

「あ、わかります。ちょっとした移動中に魔法の本読むのいいですよね」

「そうそう。最近はこの本読んでるんだけど」

「あ、それあたしも読みました」

「ほほう。良い趣味をしておりますなぁ」

「なんなんですかその口調」


 しばしの間、魔法談義に花を咲かせる。


 やっぱり魔法が好きなんだな、と感じずにはいられない話しぶりと知識量。


 あるいは、それは『好き』のその先にある感覚なのかもしれない。


 自分の人生の一番大切なこととして一心に突き詰めようとしてる、みたいな。


 その意味で、イリスちゃんの『好き』は私よりもストイックで切実なのかもしれなかった。


 会話が途切れたタイミングで、不意にイリスちゃんが言った。


「先輩は、あたしに何が足りないと思いますか?」


 簡単に答えてはいけない問いだと感覚的にわかった。


 私は言葉を選ぶ。

 慎重に思いを伝える。


「少し視野が狭くなってるとは感じるかな」

「視野が狭くなってる?」

「魔法がこの世界のすべてみたいに思ってるんじゃない? 気持ちはすごくわかるけど、魔法より大切なこともあると思うんだ。たとえば、イリスちゃんが幸せな人生を送ることとか」

「先輩は間違ってます。そんな甘いこと言ってたら世界一の魔法使いになんてなれません」

「自分の幸せを犠牲にすればうまくいくって考えてる? それこそ甘えじゃない?」


 私は言う。


「がんばるのは素敵なことだけど、いつか限界が来るよ。無理は長続きしないものだから。それよりがんばってるなんて気持ちを忘れちゃうくらい、思い切り愛してあげる方が魔法も応えてくれるんじゃないかって思うんだ。何より、私はイリスちゃんに幸せな人生を歩んでほしい。誰よりも頑張り屋なイリスちゃんは幸せになるべき人だと思うから」

「…………そんなこと」

「あるよ。大ありだよ」


 イリスちゃんは瞳を揺らした。

 私はにっこり目を細めて続けた。


「とはいえ、こんなこと言ってる私も魔法しか見えない視野めっちゃ狭い人なんだけどね。だからイリスちゃんの気持ちもわかるというか。ここだけの話、私はイリスちゃんのことを結構気に入ってるの。だからこそ、人の弱さに寄り添える優しい人になってほしいなって思ってる」


 私の言葉がどれくらいイリスちゃんに届いたのかはわからなかった。


 口うるさくてうっとうしい先輩って思われたかもしれない。


 それでもいい。


 たとえ嫌われても、伝えるべきことだと思ったから。


 イリスちゃんが良い人生を送るためにきっと必要なことだから。


(いや、でももうちょっと伝え方考えた方がよかったかな)


 思い返して後悔と反省をする。


 先輩になるってなかなか大変だ。






 翌朝、王宮に出勤した私はマイルズくんとすれ違う。


「おはよう」

「…………」


 マイルズくんの返事は無い。


 これが今時の若者なのだろうか。


 一歳年下の彼の姿にこの国の未来を憂う私だけど、あきらめが悪く負けず嫌いなところのある私である。


(見てろ……マイルズくんが挨拶したくなる先輩になってやるからな……!)


 現れた難敵に、闘志を燃やしつつ歩いていた私のところに駆けてきたのは、お酒大好きで痛風疑惑のあるムーナちゃんだった。


「先輩大変です! セルティちゃんが!」

「セルティちゃんがどうかしたの?」

「朝一でイリスさんに呼びだされたんです。『二人きりで話したい』ってすごく怖い顔で」

「すごく怖い顔で……」

「いつも以上に不機嫌そうでした。私、セルティちゃんがボコボコにされちゃうんじゃないかって思って恐る恐る後をつけたんですけど」


 ムーナちゃんは言う。


「イリスさんはセルティちゃんと何か話してました。めちゃくちゃ悪口言われたのかなって思って、話し終えて一人になったセルティちゃんに声をかけたんですよ。そしたら、セルティちゃん怯えきってて。すごく怖いものを見たような顔をして言ったんです」

「何て言ったの……?」


 内心の動揺を抑えつつ平静を装う。


 続きを聞くのが少し怖かった。


 私のせいでイリスちゃんをよくない方向に行かせてしまったとしたら――


(いや、だからこそ逃げちゃダメだ)


 覚悟を決める。

 ムーナちゃんは、怯えきった声で続ける。


「イリスさんに謝られたって。『全部あたしが悪かった。反省してる』って言われたって。なんだか別人にしか思えないくらいしおらしかったみたいで。私たち、めちゃくちゃ怖くなっちゃったんです。ノエル先輩の昨日のあれで頭を強くぶつけたんじゃないかとか、精密検査を受けた方が良いって心配してる人もいて――ってなんでそんな変な顔してるんですか先輩?」


 いぶかしげな顔で言うムーナちゃん。


「そ、そうかな? 気のせいじゃないかな」


 頬がゆるみそうになるのを堪えつつ返事をする。 


「いや、絶対何かあるような……もしかして裏で先輩が締めたとかですか? 先輩が裏ボス……?」

「違うって。締めてない締めてない」

「わ、私これからはもっと言葉遣い気をつけます」

「だから裏ボスじゃないって」


 戸惑った顔のムーナちゃんに言いながら、私は胸の奥にあたたかいものを感じていた。


 不器用だけど素直で一生懸命な後輩。


 これは――思っていた以上にかわいいかもしれない。




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