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175 気がかり


 七番隊に八人の新人さんが入ってきて一週間が過ぎた。


 一緒に過ごす中で、なんとなく個性や人柄も見えてきた。


 真面目なアランくん。

 自信家なイリスちゃん。

 抜けてるところがあるカルロスくん。

 頑張り屋なセルティさん。

「腹を切って詫びます」が口癖のソルベリアくん。

 潔癖症でいつも掃除してるヒューゴくん。

 世界を恨んでるみたいな目をしてるマイルズくん。

 お酒大好きで痛風疑惑のあるムーナさん。


 難しい入団試験を合格しているだけあって、みんな優秀な子揃い。


 その上、初めて経験する社会人生活で不安も大きかった反動もあってか、私のことを好いてくれ、慕ってくれる子も多くいた。


(平民出身の上に転職組。その上、最年少での副隊長とか頼りない部分も多いはずなのに)


 変な目で見られるんじゃないかとかちょっとだけ不安もあったから、素直に話を聞いてくれるのが本当にありがたい。


(良い子たちだなぁ)


 頬をゆるめつつ過ごす新しい日々。


 しかし、私には気がかりなことが二つあった。


 一つ目は、隊長であるルークのこと。


 冷たく感情を込めずに高い水準の仕事を後輩に要求するルークは、後輩たちから恐怖の対象として見られていた。


 あえて厳しく接して、副隊長の私にフォローを任せてくれているのはわかっているのだけど、本当はやさしいやつであることを知っている私としては、誤解されているのが少しもどかしい。


(私たちが残業せずに済むよう、ちゃんと配慮してくれてるくせに)


 何より気がかりなのは、あいつ自身が隠れて時間外労働をしまくっているように見えることだった。


 他の人には悟られないように仕事を持ち帰って、何か大きな案件について作業を進めているのがなんとなく見える。


 そして、ルークが私たちに指示している仕事も、その何かに関連があることに私は気づき始めていた。


(大図書館のアーカイブ整理と古代魔導書の翻訳作業は、第三王子殿下暗殺未遂事件で、失われた旧文明の魔法技術が使われていたから。特定の本について、過去三十年で借りた人物の記録を資料にまとめさせているのは、王宮内で魔法技術を悪用しようとしている者の痕跡を探すため。二十七件の裁判と不正事件記録の整理は、ヴィルヘルム伯のような有力貴族についての情報を収集し、何かを探っているように見える)


 発足したばかりの七番隊。


 免税特権による財政上の問題もある中で、七番隊に吹いている逆風をはね除け、歴代最年少での聖宝メイガス級魔術師になるために大きな成果を上げられる計画を進めようとしているのだろう。


(本当に、野心家なあいつらしい)


 頼もしいとは思うけど、同時に少し寂しくもあった。


 親友であり、副隊長なのに何も聞かせてはもらえない。


 誰よりも私の力に期待してくれているルークだから、今の私には伝えない方がうまくいくだろうという読みでの行動なのだろうけど。


 そうわかっていても、やっぱり寂しく感じてしまう私がいた。


聖宝メイガス級になりたい理由も教えてくれないし)


 他のすべてを犠牲にしてもいいと思えるような大きな願い。


 名誉欲や出世欲は無いと言っていた。


 実際、あいつにはそういう一切をふらっと捨ててしまいそうな危ういところが感じられる。


 私にとっての魔法みたいな譲れない何かが、そこにはあるんじゃないかと薄々感じてはいるのだけど。


 しかし、大抵のものならなんでも手に入りそうなくらい、いろいろと恵まれているあいつがそこまでして手にしたいものって何なのだろう?


(気にはなるけど、それもこの仕事を進める先で多分見えてくるはず。私が今考えるべきなのはもう一つの気がかり)


 私は思う。


(八人の中でみんなから浮きがちになってる二人の新人さん)


 八人入ってくれた新人さんの中で、その二人は少しだけ浮いてしまっているように見えた。


 どうしたものか、と考えつつ入団試験時のプロフィールを確認する。



 名前――マイルズ・ノックス

 年齢――二十一歳(学年は私より一つ下だ)。

 性別――男。

 経歴――ラムズデール魔術学院卒業。スレイン魔道具師ギルドに就職。退職後、入団試験を合格して王宮魔術師団に転職。

 筆記試験結果――857人中39位(高等魔術学院卒業者の中では14位)

 実技試験結果――857人中27位(高等魔術学院卒業者の中では11位)

 性格適性――冷静で周りを見て判断できる。理想を追求するよりも現実的な選択に重きを置くタイプ。

 面接担当者の所感――寡黙で性格に少し癖はあるが、要点や急所をつかむのがうまく将来性を感じる。今後に期待したいと考えて採用を推奨。



 七番隊に入ってきた新人の中では一番に入団試験成績の悪い子だった。


 前職で魔道具師ギルドに勤めていた共通点があることから、私が指導するのが適任だと考えて獲得を希望したのだけど。


(やる気も協調性もびっくりするくらいない……)


 良い子ばかりの新人さんの中で、彼はまったくの例外だった。


 挨拶をされても無視し、誰とも話そうとしない。


 この世のすべてを憎んでいるような目でずっとむすっとしている。


 仕事に対するやる気もまったくなく、『これくらいやればいいでしょ』という感じ。それでいて合格点にまったく届かない仕事をしてくるから、怒りよりも困惑の方が強かった。


(どうしてこの子があの難しい試験を合格して王宮魔術師団に入れたんだろう?)


 不正や裏口入団みたいな可能性も疑ってしまいたくなるくらい。


「挨拶されて無視するのはよくないよ。最低限、会釈くらいは返していこう? 無視したら、相手に嫌な思いをさせるからさ」


 そんな風に注意しても、「……わかりました」と面倒そうに言うだけ。


 改善されることは無く、新人さんたちの中でも腫れ物を扱うような接し方をされるようになっていた。


「いいんじゃない、別に。彼自身が損するだけなんだから」


 ルークは早々とあきらめて、優先度の低い仕事を彼に振り始めている。


「なんとかしたいんですけど……どう思いますか、ミーシャ先輩」

「私も正直かなり驚いてる。あんなにやる気がない子が王宮魔術師団に入れるわけないんだけど」

「面接を担当した中央統轄局の先輩は好感が持てる子だと感じたと言ってました」

「要領は良さそうだから、面接はうまく嘘をついて猫被ってたのかもね」

「その先輩も同じ事を言ってました。言われてみれば、答え方にそういう兆候があったって」

「人を見極めるのは難しいからね。そのしわ寄せが来るこっちとしては、勘弁してほしいんだけど」


 ミーシャ先輩は深く息を吐いてから言う。


「とにかく、あのままにしてるわけにはいかない。他の子たちにも示しがつかないから」

「なんとかして勤務態度を改善してもらいましょう」


 私とミーシャ先輩は、彼の勤務態度を良くするために彼に声かけしたり、注意したりした。


 しかし、状況を改善させることはできなかった。


 彼の仕事からは、いかに手を抜き楽をするかを何より優先して考えているのが伝わってきて、魔法好きの私とは正反対。


(とはいえ、前職の魔道具師ギルドにはそういう人も多かったからある程度耐性はあるんだけど)


 働き方は人それぞれ。

 正解はないし、自分の価値観を人に強要するのは違う。


 私が私のスタンスで仕事をする自由があるように、彼にも彼のスタンスで仕事をする自由がある。


(ただ、さすがにお金がもらえる仕事として最低限のことはやってほしいんだけど)


 王宮魔術師の給料は王国魔法界でもトップクラス。

 さらに、難しい入団試験を合格できるのも選ばれた一握りなのだ。


 合格できずに夢を諦めた人もたくさんいるのだから、その人たちの分も真剣に取り組んでほしいというのが正直な気持ち。


 一方で対照的に、一握りの才能に自信を持ちすぎているがゆえに、周囲と衝突しているのがうまく馴染めていないもう一人の新人さんだった。



 名前――イリス・リード

 年齢――十九歳。

 性別――女。

 経歴――リザテック魔術学院首席卒業。

 筆記試験結果――857人中1位(高等魔術学院卒業者の中では1位)

 実技試験結果――857人中1位(高等魔術学院卒業者の中では1位)

 性格適性――意志が強く周囲との衝突を恐れず自己主張する。魔法への熱意は強い。一方で、意識が低い人間には冷たい一面がある。

 面接担当者の所感――自らの能力に強い自信と自負を持っている。人格面には少し未熟な部分もあるが、補って余りある才能を評価。採用を推奨。



 七番隊に入ってきた新人さんの中では一番成績が良い子だった。


 目を惹く外見で垢抜けた印象の彼女は、魔導国リースベニアとアーデンフェルドのハーフで、高等魔術学院を卒業するまでは魔導国で暮らしていたと言う。


『魔導国の魔法を学んで育ったので、あえてアーデンフェルドの王宮魔術師団に挑戦してみたかったんです。だって自分の国の魔法体系の試験だと簡単すぎて退屈で』


 自信満々で自分がこの世で一番だと思っているタイプ。


 幼い頃から神童と呼ばれ、学院の最年少記録を次々に更新。


 立ち塞がるすべてに勝利してここまできたらしい。


『あたし、七番隊に本当に入りたくて。中央統轄局の方と直談判してこの部隊に入れてもらったんです。だってノエル先輩とルーク隊長がこの国で一番優秀な若手魔法使いだという話だから。同じ部隊であたしの方が優秀だって証明するのがわかりやすくて簡単だなって』


 初めて二人で話したときも、にっこり笑ってそんなことを言っていた。


『簡単に抜けちゃうとつまらないので、負けないようにがんばってくださいね。先輩には期待してますので』


(とんでもない自信と自己肯定感……)


 敗北を知らない生粋の天才。


 彼女は、周囲の自分よりできない人に対して、別人のように冷たい人間になった。


『どうしてこんなこともできないんですか』

『そんなにセンスないのによく魔法を使い続けられますね』

『辞めて別の仕事探した方が良いですよ。貴方、才能ないので』


 言葉があまりに鋭すぎて、空気が凍る瞬間が何度もあった。


「ちょいちょいちょーい! うちの金の卵ちゃんたちに否定的なこと言うの禁止! みんな才能あるからね! 入団できてる時点ですごいんだから!」


 そのたびに、私とミーシャ先輩で仲裁して、今のところ大きなトラブルにはなっていないのだけど、いつ大きな衝突が起きてもおかしくない感じ。


 何より印象的だったのは、『魔法も大事だけど良い人間になることの方がもっと大事だから』と話した後に彼女が言った言葉だった。


『あの、私思うんですけど』


 イリスちゃんは首を少しだけ傾けて言った。


『魔法の才能がない人って生きてる意味ないと思いませんか?』


 彼女は本気でそう言ったのだ。


 明確な事実を話しているみたいに。


 自分はまったく間違っていないという確信に満ちた目で。






 事件が起きたのは数日後、七番隊として初めて個人魔法戦闘の訓練をした日のことだった。


 王宮魔術師として働くということは、危険と隣り合わせだ。


 命を失ってもおかしくない凶暴な魔物や敵と対峙することもあるからこそ、個人戦闘の訓練は大切。


 何よりも、みんなが自分の身を守れるように。


 ミーシャ先輩と一緒に、三番隊で学んだやり方でみんなに指導をしていたときのことだった。


「そこで使う魔法式はもうちょっと簡略化した方がいいと思う。その組み立てだと威力が無くても起動速度が速い方が効果的だから。あと、補助魔法を起動させるときにちょっとだけ無駄な動きがあるから――」


 頑張り屋なセルティちゃんに魔法を教える私の背後で響いたのは、ミーシャ先輩の声だった。


「やめなさい! ちょっと! なにやってるの!」


 慌てて振り向く。


 ミーシャ先輩が監督する中行われていた、一対一の模擬魔法戦闘。


 くずおれたマイルズくんを執拗に攻撃するイリスちゃん。


 決着がついているにもかかわらずやめようとしない。


 ミーシャ先輩の制止を無視して攻撃を続けている。


 それは練習では無く、明らかに相手を痛めつけるための行動だった。


「なにやってるの」


 間に割って入って、イリスちゃんの腕をつかむ。


「相手にならなかったので。自分の弱さをわからせてあげた方がこの人のためかなって」


 イリスちゃんは肩をすくめて言った。


「ノエル先輩が相手してくださいよ。じゃないとあたし、練習にならなくて」


 悪いことをしたと気づいてさえいないように見える。


 心が冷えていくのを感じた。


 新人だからと見逃していたけれどもう許容することはできない。


「わかった。やってあげる」

「本気でかかってきてくださいね。そうだ、賭けをしましょう。負けた方が相手の言うことをひとつ聞くっていうのでどうです?」

「いいよ」

「じゃあ、ノエル先輩に勝ったらあたしを副隊長に推薦してください。強い方が副隊長を務める方が魔法界にとっては良いことだと思うので」

「わかった。その代わり、私が勝ったら私の言うことを聞いて」

「ええ。先輩は何を望みますか?」

「二度とそんな風に魔法を使わないで」


 この子は誰かに負けないといけない。

 何の言い訳もできないところまで徹底的に。




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