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173 新人さん入団の日


「私が第三席?」


 王宮魔術師団三番隊に所属する黄金ゴールド級魔術師ミーシャ・シャルルロワは伝えられた言葉に、戸惑いつつ言った。


「冗談でしょ。どうして私が」

「貴方にはその力がある。僕がそう判断しました」


 ルーク・ヴァルトシュタインはサファイアブルーの瞳でミーシャを見据える。


「君は私のことなんて名前さえ知らないと思ってたんだけど」

「とんでもない。以前から優秀な先輩だと思っていました。昨秋の北部遠征では質の高い補助魔法で前線を支えた。たしかに、関わる機会は多くありませんでした。でも、その仕事ぶりを目にするたびにとても良い仕事をしてるなと思っていたんです」


 確信に満ちた声。


 机の上で組まれた形の良い指。


 もし自分が今より十年若かったら、頭が真っ白になってただうなずくことしかできなかっただろうと思う。


 しかし、ミーシャは二十七歳だった。


 自他共に認める男運の悪さゆえ、男性に対する幻想はすっかり消え去り、かけられる言葉に対してもその裏にある意図を読み取る冷静さを身につけていた。


「待って。本音で話しましょう」

「最初からそうしてますけど」

「そう見せかけてるだけだよね」

「誤解です。今日は最初から本音で」

「それ以上嘘をつくなら私はこの話を断るよ。信用できない相手とは組めないから」

「…………」


 ルークはしばらくの間、押し黙ってから言った。


「わかりました」

「私のこと名前も知らなかったでしょ?」

「正直に言えば」

「三番隊の同僚で名前を覚えてる人は何人いる?」

「十人くらいです」

「ほんと君、人に興味ないもんね」

「そうですね」

「その分、ずっとあの子一人のことだけ見てる」


 ルークは何も言わなかった。

 ミーシャは続けた。


「ノエルが私が良いって言ってた?」

「人当たりが良くて優秀な先輩だという話でした」

「それで、名前も知らなかった私をスカウトに来た、と」

「すみません」

「いいよ。私は正直な君の方が話しやすい」


 ミーシャは言う。


「七番隊第三席の話、受けるよ」

「いいんですか?」

「私にとっては願ってもない大チャンスだしね。迷ったら前に出るって決めてるんだ。そう両親に教わったから」

「良い教えですね」

「まあ、その結果ダメな男にひっかかって猫教の信者になったんだけど」

「元気出してください」

「全然元気だから。私はお猫様と幸せな生活を送ってるから」


 ミーシャは感情を込めずに言ってから、続ける。


「話すときは敬語の方がいい?」

「そのままでいいですよ。ノエルもその方が接しやすいと思いますし」


(ほんと、あの子のことばかり考えてる)


 あきれまじりに笑って、ミーシャは言った。 


「了解。よろしく、隊長」





 ◇  ◇  ◇


「ミーシャ先輩が第三席を務めてくださるんですか!」


 聞かされたうれしい知らせ。

 声を弾ませた私に、ミーシャ先輩はいたずらっぽく目を細めた。


「経験豊富な私がばっちり支えてあげるから。大船に乗ったつもりでいたまえよ」

「頼もしいです。頼りにしてますね、先輩」

「任せたまえ」


 三人で新人さんを迎える準備をする。


 免税特権問題によって王室が財政問題を抱えている中で、新たに創設される七番隊に対する風当たりは予想通り強かった。


 七番隊はミーシャ先輩とルークと私。そして、八人の後輩という極めて小規模な形で船出を迎えることに決まったと言う。


「結果を出して大きくしていけばいい」とルークは涼しい顔で言っていたけど、その形も子飼いにしてる貴族を使って、自分で誘導して作ったものなのだろう。


 迎えた新人さんが入団する日。

 王宮魔術師団本部は朝から騒がしかった。


「なあなあ、お兄さん。毎年恒例の賭けやるんだけど参加しないかい? 銀貨一枚から参加できるよ。一攫千金のチャンスだよ」


 あやしい口調で声をかけているのは三番隊の先輩だった。


 ガウェインさんが新人に対して行う地獄の洗礼《血の六十秒》


 六十秒耐え切ることができれば合格でご褒美がもらえる一対一での魔法戦闘。


 私も巻き込まれて大変なことになったあのイベントは、今回もさらに大きな規模で開催されるらしい。


 有志によってガウェインさんがどや顔で決めポーズを取るポスターが至る所に貼られ、レティシアさんが無表情でポスターを剥がして回っていた。


(なにやってんだあの人……)


 私のレティシアさんに迷惑をかけないでほしい。


 まったく、ギャンブルなんてこれだから幼稚な男たちは。


「おお、スプリングフィールド。お前も買っていかないか?」

「いえ、私そういうの興味ないので」

「そうか? お前はこういう賭け事にも隠れた才能を持っているんじゃないかと俺は思っていたんだが」

「……隠れた才能?」


 見上げた私に、先輩はうなずいて言う。


「ギャンブルに必要なのは状況判断だ。冷静にあらゆる可能性を想定して、みんなが見落としている最も勝算の高いところにベットする。周りを見るのが得意なスプリングフィールドには絶対向いてると思ったんだが」

「………………たしかに」

「でも、興味がないなら仕方ないな。堅実なのはいいことだ。それじゃ、俺は別のやつに声をかけるから――」

「この三番目にオッズが高いのを十枚ください。あと、この七倍のやつとこっちの十六倍のやつとこの三倍のやつもお願いしたいです。意外と熱いのはこの《十五秒ノックアウト決着でガウェインさん勝利》ですね。みんなガウェインさん相手に新人が十五秒耐えられるわけがないって思いがちなんですけど、ガウェインさんは最初結構遊ぶので、経験者の私的にはこのオッズはかなり熱くて――」


 持っていたお金は全部使ってしまったけど、天才ギャンブラーである私だから、大もうけ間違い無しだし問題ないだろう。


(返ってきたお金で新人さんたちにお高いお肉を奢ってあげよう。太っ腹でかっこいい先輩としてみんなに慕われるのだ)


 待っている明るい未来を想像して頬をゆるめつつ、新人さんを迎える七番隊執務室の最終点検をする。


(待って。初めての環境でみんな緊張してるはず。最近の子たちは打たれ弱いところがあるって聞くし、もっと歓迎ムードを全面に出して安心感を演出した方がいいかも)


 悲しき意識高いモンスターであるルークにそういう心配りができるはずがなく、部屋はシンプルで余計なものを排した効率最優先の状態だった。


(ルークとミーシャ先輩は新人さんたちを迎えに行っている。ここから一人で歓迎ムードと安心感を演出するのはさすがに厳しいか……)


 現実的なことを考えてあきらめかけた私だけど、それでもなんとかして歓迎していることを伝えたいという気持ちが強くあった。


(完璧に仕上げることはできないかもしれないけど、自分一人でできるところまでやってみよう)


 一番得意な魔法――《固有時間加速スペルブースト》を起動する。


 仕事の速さが私の武器。


(待ってて新人ちゃんたち。私が不安な気持ちを吹き飛ばす歓迎ムード満点の部屋を準備するから)





 ◇  ◇  ◇


 二十分後。


 王宮魔術師団七番隊への配属が決まった八人の新人魔術師は、通された部屋の中で言葉を失うことになった。


『祝! 御入隊おめでとうございます。一緒に働けてうれしいです!』と書かれた大きな手書きの垂れ幕。カラフルな色紙の輪飾り。


 まるでお誕生日会のような装いの部屋の中心で、子どものように小柄な先輩は全身を頭の悪そうなパーティーグッズで着飾っていた。


「待って、まだ準備が――」


 慌てた声で言う先輩は、散らかった色紙を踏んでバランスを崩す。


「おわっ」


 転倒する先輩。


 すべてがスローモーションに見えた。


 舞い散るパーティーグッズの山。


 鳴り響くクラッカーの音。


 カラフルな輪飾りの破片が雪のように舞う。


 ゆっくりと落ちていく先輩は、木箱に積まれた色紙の山に頭から突っ込んで動かなくなった。


「…………」


 軽い音を立てて転がるパーティー帽。


 時間が止まったかのような沈黙が流れる。


 息づかいさえ聞き取れそうな静寂。


 新人たちは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


(なに、これ……)


 息を呑む。

 いったい何が起きているのか。


(よくわからないけど、私はとんでもない部隊に入ってしまったのかもしれない……)


 困惑する新人たちの背後で、ただルーク・ヴァルトシュタインだけが、くすくすと口元を隠して笑っていた。




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