172 二人の執務室
「今年入団する新人のリストだ。隊に欲しい者に印を付けて返してくれ」
一番隊中央統轄局総務課。
人事の責任者であるマリウスさんの言葉に、落ち着かない気持ちで返事をした。
(私が人を選ぶ立場なんて……)
魔道具師ギルドでは一番下っ端だった上、王宮魔術師団でも中途採用からまだ一年も経っていない私だ。
(気持ちの上ではまだまだ新人って感覚なんだけど)
心がついていかない。
しかし、それでもやらないといけない立場にあることを私は知っていた。
(副隊長なんだもんね)
小規模な仮設部隊とはいえ、あのレティシアさんと同じ立場なのだ。
加えて、私には拾ってくれたあいつへの恩返しのためにも、七番隊を最高の部隊にするという決意がある。
「ルーク! マリウスさんから新人さんのリストをもらったんだけど」
七番隊隊長の執務室。
前よりも少し大きな一室で、ルークは箱に詰められた本を棚に並べていた。
部屋の片隅には、私の椅子と机もある。
副隊長としての執務室が準備できるまでは、この部屋を私の執務室として使うようにと中央統轄局の先輩に言われていた。
「ありがとう。見せてもらえる?」
ルークの机に自分の椅子を持っていく。
副隊長の椅子は革張りでなんだか高級感がある。
お高い椅子なんて座った経験がほとんどない私は、心地良い感触に座るたびに幸せをもらっていた。
「何人くらい七番隊に入るの?」
一番隊から六番隊まで総勢千人近い魔法使いが働く王宮魔術師団。
各隊の人数は百三十人から二百人の間と幅があるのだけど、試験的に設置される七番隊の人数はかなり少なくなるという話だった。
私の言葉にルークは資料に視線を落としたまま言う。
「二十人の予定だったけど、おそらく十人くらいになると思う」
「なんで半分に?」
「僕の隊長就任と七番隊新設に反発する声があるみたいだから。王国は財政面に問題を抱えている。免税特権を廃止する前に王宮魔術師団の人員を減らすべきだと言ってる貴族も多い。刺激しないために、当初よりも規模を小さくする方向で話がまとまるんじゃないかな」
「相変わらずいろいろ情報持ってるよね」
ルークは貴族社会に独自の情報網を持っていた。
理由はわからないけれど、逆らえない状態にされた貴族たちが何人もいるのだとか。
いったいどうしてこんな腹黒モンスターになってしまったのか。
長い付き合いである私は、こいつの将来に一抹の不安を感じずにはいられない。
「持ってるだけというわけでもないよ」
静かに口角を上げるルーク。
「持ってるだけじゃない……?」
どういうことだろう、と首をかしげた私は次の瞬間、ひとつの可能性に気づいてはっとした。
「もしかして、規模を小さくする方向で話を動かしてるのって」
「うん、正解」
「どうして不利な状況を自分から」
「ハードルは下げておいた方がやりやすいでしょ。人数も少ない方が都合が良い。管理する手間が省けるしね」
「でも、戦力が少なくなると結果を出すのも難しくなるよ」
「僕と君がいれば何も問題ないでしょ」
当たり前みたいな顔でそんなことを言う。
「相方が自信過剰すぎて私は胃が痛い」
「自分を過小評価するの悪い癖だよ」
「過大評価するのはもっと悪い癖だから」
「僕は正しく評価してるだけ」
ルークは言う。
「とはいえ、優秀な人が入ってくれるに越したことはない。じっくり考えて誰を選ぶか見定めたいところだけど」
「でも、この資料だけで判断するの難しいよね。詳細なプロフィールと試験結果は書いてくれてるけど、話してみないと人柄とかなかなかわからないし」
「人数も多い分、試験の点数とか学歴とか目立つ情報を比較するだけになってしまいがちだしね」
「それだよ。なんで学歴でいろいろ判断されるのか、ちょっとわかった気がする」
基準として判断が楽すぎるのだ。
人柄みたいな形のないものと違って、比較が簡単な上に『その学歴だったなら採用して失敗しても仕方ないよね』という言い訳ができる安心感もある。
「ダメだ……学歴で判断しちゃうなりたくない大人への階段を上り始めている自分がいるのを感じる……」
「それはそれでひとつの価値観だし、別にいいんじゃないかと思うけど」
「いや、『大切なものは目に見えない』って本気で言える大人に私はなりたい。みんなは気づいてないけど才能のある子を見抜いて、『私が育てた』って腕組み師匠顔したい」
「わかりやすく優秀な子は他の隊に取られちゃうだろうから、僕らが狙うべきはたしかにそっちの方向性かな」
二人で意見をかわしつつ、一緒に働きたいと感じた新人さんに印をつける。
「ノエルって意外とちゃんとしてる人好きだよね」
「あれ、そうかな?」
「うん。しっかりしてて筆記試験の点数が良い人に印つけてる感じがするから」
「たしかに、言われてみれば」
自分が印をつけた人のプロフィールを見返して私は言う。
「私が抜けてるところあるからしっかりしてる人を高く評価しちゃう部分あるのかも。筆記より実技の方が得意だったし」
「自分にはないものの方が綺麗に見えたりはするのかもね」
「ルークはちょっと変わってる人を選んでる感じがする」
「言われてみればそうかもしれない。変な人好きだし」
「それはそれで素敵な見方じゃないかなって。でも、気をつけた方が良いよ。変な女にひっかからないように」
「変な女か」
私を見てくすりと笑うルーク。
「うん? どうかした?」
「なんでもないよ」
にっこりと目を細めたその表情が、やけに瞼の裏に残った。
◇ ◇ ◇
七番隊隊長として、ルークがしなければならないことはたくさんあった。
事務的な手続き。必要な機材の手配。人事面での打ち合わせ。
しかし、ルークはその手の作業が得意だったし、前もって隊長になったときのための準備をしていたから、滞りなく隊長として最初の仕事を進めることができた。
その手際の良さは、長年王宮魔術師団で人事部の長として様々な隊長と関わってきたマリウスが驚くほどだった。
ちなみに、一番手際が悪かった隊長はガウェインだったと言う。
『あれは……ひどかった』
重い息とともに放たれた言葉に、でしょうねと思ったことを覚えている。
ルークは創設される七番隊について多くの部分で決定権を持っていたが、そのほとんどすべてに対して堅実な選択を一貫して続けていた。
最年少での隊長。
王宮内での批判を最小限に抑えるためにも、目立つ行動は避けるべきだという判断。
しかし、ひとつだけ彼が自分の意志を主張した事柄がある。
『ノエルさんの執務室をどうしますか?』
副隊長であれば、原則として個人用の執務室が与えられる。
だが、今回は仮設の小規模な部隊ということで少し事情が違っていた。
「個人の執務室が無い方がノエルへの風当たりはマシになるだろうから。僕の部屋を共同で使うよう手配しておいて」
伝えた言葉は本心ではあったが、本当の理由は別にあった。
二人きりで過ごす時間が少しでも多く欲しかったから。
そんなわがままで身勝手な自分の本音にルークは気づいている。
(本当は部下なんていらないんだ。君がいれば他に何もいらない)
しかし、王宮魔術師団で隊長を務めるとなるとそういうわけにもいかない。
第三席の立場を務めてくれる同僚の選定も進めていた。
(貴族社会からの風当たりが強いと想定される仮設部隊。希望者も少ないだろう。高望みはできない。能力よりも人柄と相性を優先して、働きやすい相手を選ぶのが間違いないか)
手続きを進めつつも合流はできる限り遅らせる。
同じ執務室で顔をつきあわせて、二人きりで新部隊の準備をするこの時間が少しでも長く続いてほしい。
「この人も期待できそうかも。あ、でも筆記試験の点数が良すぎて『私が育てた』ポイントには欠けるかなぁ」
真剣な顔で資料に視線を落とすノエル。
二人きりの部屋。
新しい何かが始まろうとしている高揚感。
時間が止まってくれればいいのに。
そんな本音を喉の奥に隠した。






