170 プロローグ
季節はあっという間に過ぎていく。
一ヶ月後、私は新しく創設される七番隊の立ち上げにまつわる作業に追われていた。
多様化する世界情勢と魔法犯罪に対応するために試験的に新設された部隊。
魔法に対する関心が強いアーデンフェルド王国の中で、この部隊についてのニュースは連日紙面を賑わせている。
近隣諸国でも大きく報道されているようで、新しい部隊がどのような役割を担っていくのか動向を見守っている様子。
しかし強く関心を持たれている一方で、その立ち上げ作業は決して順調なものとは言いづらかった。
「なにせ、アーネストさんが独断で急遽決定したからさ。前もって準備できてなかった分、いろいろなことが追いついてないというのが実情で」
一番隊中央統轄局総務課の先輩は、困ったように息を吐いて言った。
一番隊隊長を務めるアーネストさんは、王宮魔術師団において事実上の最高責任者を務めている。
総長であるクロノスさんが時間遡行魔法の研究で十年以上にわたって長期不在のためだ。
その権限と影響力は大きく、今回の七番隊新設もアーネストさんが認めたことで大きく動きだしたとのこと。
「本当はノエルさんにもちゃんとした執務室も用意してあげたかったんだけど」
「からかわないでくださいよ。私は執務室なんてもらえるような立場じゃないですって」
「もらえる立場なんだよ、君は。この部隊の副隊長なんだから」
「そ、そうでした……」
まったく現実感が湧かない事実。
恐ろしいことに。
本当に恐れ多いことに、私はルークの指名で七番隊の副隊長を務めることになっているのだ。
注目度の高い新設部隊の副隊長。
名誉なことではあるけれど、心が全然ついていかない。
「入団から一年経ってないのに副隊長ってそんなことあるんですか?」
「前例はあるよ。二百年以上前、王宮魔術師団が創設されたばかりでいろいろと混乱していた頃のことだから、今回とはまったく事情が違うけど。今のような組織になってからに限れば無いよね、うん。ありえない」
「そうですよね。副隊長なんてライアン先輩もまだなれてないのに」
「あの人の場合は一番隊だから、第三席でもなかなかすごいことなんだけどね。隊によっても難易度は変わってくるから、新しく創設された七番隊の副隊長というのは比較的難易度が低いとも言える。それでも、クリスさんが二番隊副隊長に昇格した入団四年一ヶ月という最速記録を三年以上縮めてしまってるから、異例中の異例のことには違いないんだけど」
「わ、私がそんな恐れ多いことを……」
未だに信じられない現実にくらくらする。
「とはいえ、入団四年目で隊長になったルークさんの方が衝撃自体は大きいんだけどね。そこについては王宮の貴族たちからもいろいろ反発の声が出てるみたいだし。だから、そんなに気にしなくても――ってどうかした?」
私はどうやら複雑な表情をしていたらしい。
少し考えてから正直な思いを言葉にする。
「いや、ルークに負けてるというのはそれはそれで腹立つな、と」
「腹立つんだ」
「見ててください。今度という今度は絶対ぎゃふんと言わせてやるんで」
「張り切りの方向が斜め上すぎる……」
困惑した顔で言う先輩。
しかし、その一方で期待と希望もあった。
ルークが隊長で私が副隊長。
二人で一から新しい部隊を作るのだ。
(いったいどんな部隊になるのかな)
活躍する未来を思い浮かべて頬をゆるめる。
三番隊みたいに和気藹々とした雰囲気が良い部隊にできたらいいな。
「七番隊の隊員は春から入ってくる新人さんになるって話だったよね」
「そうなんです! 後輩が入ってくるんだと思うとうれしくてうれしくて。私も遂に先輩かぁ、かっこいい先輩って熱烈に慕われちゃったらどうしようみたいな。もう想像しただけで胸がいっぱいになっちゃう感じなんですよ」
「ノエルさんは後輩に好かれそうだね」
「こう見えて学院生時代、バレンタインに後輩からチョコレートをもらったことがあります。『かっこよくてかわいくて変態で面白い先輩へ』って。やっぱり後輩から見ると隠しきれないかっこよさがあるんでしょうね」
「いろいろと変なものがついてるような気がするけど……」
先輩はじっと私を見てから言う。
「バレンタインと言えば、ルークくんもたくさんチョコレートもらってそうかも」
「めちゃくちゃもらってましたね。あいつ、外面だけはいいんで。くそ、なんであいつなんかに……みんな騙されてる」
「騙されてるのかな。魅力的な人だと思うけど」
「騙されまくりでしたよ。チョコもらっても全然うれしそうにしないんですよ。なのに、むしろそれがいいって変な風潮までできてて……信じられない。私だったら、めちゃくちゃ喜んでおいしくいただいてあげるのに」
「もらいたい人がいたんじゃない? その人にはもらえなかったから、他の人にもらってもしょうがない、みたいな」
「もらいたい人……」
不意に頭をよぎるのは国別対抗戦の後、二人きりの病室での出来事。
抱きすくめられた夜のこと。
(ルークが私のことを恋愛的な意味で好きだったと仮定して)
浮かぶひとつの可能性。
(もしかしてその頃からずっと私のことが好きだったとか……)
うっかりそんなことを想像してしまう。
(いやいや、ないない! 自意識過剰すぎ!)
心の中でぶんぶんと首を振る。
とにかく、目の前のことに集中しよう。
みんなに期待してもらえてるんだから、それに応えることに意識を集中しないと。
国別対抗戦後みたいに、スランプ気味でふわふわした毎日を過ごしている場合じゃない。
(もっと魔法がうまくなりたい。何よりもそれを、私の魂が求めてる)
成長していくために、今は先輩として、副隊長として与えられた仕事をしっかりとこなさないと。
「あれ? 王の盾の人だ。珍しい」
先輩の言葉に顔を上げる。
階段を降りていくその人がどこに行っていたのか、なんとなく私には心当たりがあった。
(多分ルークのところ)
他の人たちは気づいていないけれど、ここ最近ルークはミカエル殿下の私室を何度か訪ねている。
どういう理由なのかはわからないけれど、おそらくそこには私のことも含まれているのだろう。
『私は、王宮魔術師団三番隊に所属するノエル・スプリングフィールドを王の盾の筆頭魔術師として迎えようと思っている。できるだけ早く。できれば、来月からにでも』
あの日、告げられた言葉の衝撃は、私の中に今でも残っていた。
ルークと何度か会談した後、その話はひとまず保留ということになっているとガウェインさんがこっそり教えてくれた。
「入団当初から第一王子殿下はお前のことを高く買ってる。何が起きるかわからない。心の準備はしておけ」
盗聴を防止する魔法結界が張られた執務室でガウェインさんは言った。
「とはいえ、今回の一件。殿下の目的はお前を王の盾に加えることではなかったと俺は見ている」
「他に何か目的があるんですか?」
「あの言葉でルークはお前を七番隊副隊長に指名する以外の選択肢を失った。元々は第三席の予定だったんだよ。副隊長というのは早すぎる、というのが事前の会議での結論だった。ルークもそれで納得してた。でも、第三席ではお前を引き留められない」
「だから私を副隊長に」
「その結果、ルークに対する貴族社会の目は厳しいものになり始めている。ただでさえ最年少の隊長だった上に、副隊長が入団一年にも満たない同級生だ。ノエルの活躍は話題になっているとは言え、見え方としてははっきり言ってよくない」
「贔屓してるみたいに思われてるわけですね」
「新設される七番隊に対する風当たりも厳しいものになる可能性が高い。とはいえ、それも全部わかった上であいつはお前を選んだんだろうがな」
「どうしてそこまで私を」
「信じてるんだよ。お前と二人なら乗り越えられるって」
ガウェインさんは深く息を吐く。
それから、真剣な顔で言った。
「これはルークのキャリアの中でも間違いなく一番の大勝負だ。失敗すればすべてを失う可能性もある。だが、あいつはそれに懸けた。お前と一緒なら勝てると本気で信じてる。力を貸してやってくれ。頼む」
それは、私のやる気を最大値まで上げる言葉だった。
拾ってくれた親友の一世一代の大勝負。
一番頼りになる相手として、私のことを選んでくれた。
その事実がどれだけ私に元気をくれるか。
(大勝負、絶対に成功させる。七番隊を先輩達に負けない部隊にする)
密かに私はそう決意している。