162 二つの光
「こいつだけじゃない。先ほど強制捜査と称してここに侵入した二十一人の王宮魔術師を私は拘束している」
ヴィルヘルム伯は小さな立方体状の魔道具を私たちに見せて言った。
「そこは偶然にも、ベルトール火薬二千キログラムが保管されている建物でね。私がこの起爆装置のスイッチを押せば二十一人の命が失われる。行動には細心の注意を払うことだ」
「そんなことをしたら、聖宝級魔術師が黙ってはいませんよ。貴方は地位も名誉もすべて失うことになる」
「忌々しいヴァルトシュタイン家の跡取りか……」
ルークの言葉に、ヴィルヘルム伯は唇をゆがめて言った。
「残念だが、真実は報道によって作られるものだ。私は王都の新聞社にも多額の援助を行っていてね。もちろん、彼らも嘘を書いてはくれない。だが、真実らしく見えるものを提供すれば話は別だ」
嗜虐的な笑みを浮かべて続けた。
「王宮魔術師たちは違法捜査をもみ消そうとした際に誤って、私が商会で扱うために保管していたベルトール火薬二千キログラムを引火させてしまった。実に愚かしく嘆かわしい事件だ」
「さすがですね。王国北部を牛耳る影のフィクサーは言うことが違う。豚のように肥え太り、随分と驕っていらっしゃるようだ」
「黙れヴァルトシュタインの跡取り。死期が早くなるぞ」
緊迫した空気。
「や、やめろよ親父。冷静に話し合おう。二十一人はさすがにやばいって」
ふるえる声で言ったのは横暴息子だった。
「何かもっと穏やかにこの場を納める方法があるはずだ。そういうの得意だろ、親父は」
「…………」
ヴィルヘルム伯はじっと息子の姿を見ていた。
漆黒の瞳に、かすかに光が揺れる。
(そうだ。ヴィルヘルム伯は息子を溺愛しているという話だから)
突破口があるとすれば、この息子。
気を引き締めつつ、私は言葉を選ぶ。
「彼の言うとおりです。私たちの利害はたしかに対立しているかもしれない。しかし、幕引きの仕方には細心の注意を払うべきです。思慮深く冷静な判断を。多くの人の命がかかってる。大切な人を失うかもしれない。貴方も、私も」
ヴィルヘルム伯は少しの間押し黙って私を見ていた。
「大切な人、か」
視線が息子に移る。
「私はお前を深く愛していた。臆病で不出来なところはあったが、そういうところも愛しいと思えた。家族だと思っているのはお前だけだし、大切に思っている唯一の存在だった」
「親父……」
瞳を潤ませる横暴息子。
「だが、もういらない」
響いたのは銃声だった。
銃口が私を見ていた。
揺れる煙。
何が起きたのかわからない。
「え…………」
横暴息子も同じだったのだろう。
次の瞬間、脇腹を焼け付くような痛みが襲った。
立っていられない。
崩れ落ちる。
撃たれたんだと気づく。
脇腹から赤いものが服を染める。
「ノエル……!」
蒼白な顔で言うルーク。
倒れ込む横暴息子。
すべてがスローモーションに見えた。
視界の端でレティシアさんが自身を拘束していた兵士を振り払って、奥にいる兵士に向け走っているのが見える。
狙いは特級遺物だと瞬間的にわかった。
魔法が使えればこの状況を打開できる。
渾身の体当たり。
大きな音と共に地面に落ちる迷宮遺物。
全体重をかけて踏みつけたそのときだった。
響く銃声。
崩れ落ちるレティシアさん。
太ももから流れる赤いもの。
(レティシアさん……ッ!)
目を見開く。
幸い、即座に命の危機というわけではなさそうだった。
これ以上の戦闘続行は不可能だろうけど、治療を行えば十分助けることはできるように見える。
同時に自分の中に魔力が戻ってきたのを感じていた。
いつもに比べるとずっと弱いけど。
でも、これなら魔法を使うことができる。
「ノエル……! ノエル、しっかりして……!」
私に回復魔法をかけるルーク。
らしくない慌てふためいた姿。
血が止まるまでに少し時間がかかった。
魔法を阻害する装置がまだ機能しているのだろう。
「よかった……」
ルークは血が止まったのを確認してほっと息を吐く。
救われたような表情だった。
救われたのは私の方のはずなのに。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
少し気恥ずかしい気持ちで言ってから、横暴息子に回復魔法をかける。
「《魔光阻害盤》の状態はどうだ」
「損傷しましたが、機能しています。無効化まではできなくなりましたが、魔術師は十分の一程度の力しか発揮できない状況かと」
「十分の一か。それはいい」
満足げに笑うヴィルヘルム伯。
「無力な魔術師どもが蹂躙される様を見物することにしよう」
「お前は許されないことをした」
ルークは別人みたいに怖い顔をしていて。
力を制限されているはずなのに、魔力圧で頬がじりじりと痛むくらいで。
「落ち着いて。怒りに身を任せず冷静に」
私はルークの肩に手を添えて言う。
「ノエルは休んでて」
「大丈夫、私も戦う。相棒でしょ。ルークが私のことを大切に思ってくれてるように私もルークのことを大切に思ってる。家族くらい大事な一番の親友だから」
「……うん」
ルークは一瞬、ほんの少し寂しそうな顔をして、
だけど多分見間違いだったと思う。
私がまばたきをしたその後には、いつもの憎いくらい自信に満ちた不敵な顔になっていたから。
「思い切り飛ばすよ。ついてこれる?」
「当然。そっちこそ置いていかれないように注意してよね」
笑みをかわす。
(悪徳貴族をぶっ飛ばして、レティシアさんと先輩たちを助けだす)
瞬間、金糸雀色と翡翠の魔法式が眩しく部屋を染め上げた。