16 ずっと大切なたったひとつ
『緋薔薇の舞踏会』は王室主催で行われるため、賓客に万が一のことがないよう最大級の警戒態勢で臨む必要があるイベントだ。
その一方で外部や他国からの出席者も多い分、警戒はより難しい。
舞踏会の雰囲気を壊さないよう、物々しい警備の騎士はできる限り少なくしたいところもある。
こうした問題を解決するべく、『緋薔薇の舞踏会』では王立騎士団と王宮魔術師の中から選りすぐりの精鋭を密かに参加者に紛れ込ませて何かあったときのために備えているらしい。
「女性が魔法を使って働くのが普通のことになってきてるとは言え、聖金級近くまで上り詰めた人はまだ少ないからね。会議で女性役の王宮魔術師がもっとほしいってなったから僕が君を推薦したわけ」
「でも、私まだ白磁級……」
「僕が参加するんだから相棒の君が出てもおかしくないでしょ。壁を壊した上、あの『血の60秒』で合格。王宮魔術師団で君はもうすっかり有名人だし」
「ま、マジですか……」
たしかに、歩いていてもやたら視線やら何やら感じるなとは思っていたけど。
「でも、私ただの田舎町出身の平民だよ。貴族の中でも極一部の人しか出られないような舞踏会に出ていいの?」
「そこは正直反対意見も多かったかな。まあ、通せるよういろいろ手は打っておいたから」
「……何したの?」
「知りたい?」
にっこり笑うルーク。
単純な私と違って、こういう策略とか考えるのほんとうまいんだよね、ルークって。
「やめとく。聞いちゃうと私、うっかり口すべらすかもだし」
「その方がいいと思うよ。聞いちゃうともう元の生活には戻れないから」
「う、うん……」
怖い。
貴族の暗躍怖い。
「ただ、手段を選ばず配置しておきたい程度には、今回の舞踏会でノエルの力が必要だと僕は思ってる。先日他国の記念式典で王太子殿下の暗殺未遂事件があったのは知ってるよね」
「うん。なんとか一命は取り留めたって記事を見てほんとよかったなって」
「内側で勢力争いが続いている国も多いし、いつ何が起きるかわからないからね。準備は万全にしておくに越したことはない。何より、それはある意味僕にとってチャンスでもある」
「チャンス?」
「舞踏会における襲撃事件を未然に防ぎ、犯人を捕縛すれば最年少聖宝級に大きく近づけるでしょ?」
「やれやれ、ほんとこの人は」
私はため息をつく。
「そんなに地位と名誉ほしい? あんまり心の健康によくないと思うよ、そういうの」
「地位と名誉にはそこまで興味ないけどね。ただ、絶対に手に入れたい大切なものがひとつある」
「絶対に手に入れたい大切なもの?」
「うん。そして、それは王国一の魔法使いにならないとまず手に入らない。家柄や周囲の思惑を押し切って無理を通すにはそれくらいの力が必要なんだ」
「な、なんかすごそうだね」
そんなすごいものがあるらしい。
いったい何なんだろう?
王国で一番にならないともらえない伝説の魔導書的なやつがあるんだろうか。
「でも、意外。ルークって器用だし要領良いから、何でも簡単に手に入りそうに見えるけど」
「大体のものは手に入れられるかな。でも、人生ってよくできててさ。本当に大切なたったひとつがあって。そのひとつさえあれば他に何もいらないし、そのためにすべてを失ってもいいと思えるくらい大切で。なのにそのひとつに限ってなかなか僕のものにはならない。そういうものなんだ」
他のすべてと比べてもずっと大切なたったひとつ。
素敵な話だな、と素直に思った。
私にとっての魔法みたいな、絶対にあきらめたくない大切なもの。
腹黒で計算高い割に根っこのところは意外と純粋なんだよね、ルークって。
でも、そんなに大切なたったひとつっていったい何なんだろう?
「待ってね。当てるから」
ずっと一緒にいたから、ルークのことはかなり知っている方のはず。
ばっちり当てちゃいますよ、と自信満々で臨んだのだけど、困ったことにまったくそれらしい答えが見つからない。
「もしかして、卒業してから出会ったもの?」
「いや、学院時代から。もう六年くらいになるかな」
六年か。だったらちょうど私と仲良くなってから辺りだよね。
それなら、なんとか当てたいところなんだけど……うーん、なんだ? そこまでルークにとって大切なもの?
「一部の人しか知らない伝説最強の魔導書とか」
「やっぱり君はそういう人だよね」
ため息をつくルーク。
「降参! 教えて」
と言ったら、ルークはサファイアブルーの瞳を細め、くすりと笑って言った。
「君には教えてあげない」