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153/235

153 容疑者


 魔法不適切使用取締局局長シェイマス・グラス。


 二番隊副隊長でもあり、クリス隊長の右腕でもあるその人は、王国における魔法犯罪を次々と解決して昇進を重ねたプロフェッショナルとして知られていた。


 聖金アダマンタイト級魔術師であり、次期聖宝メイガス級昇格が有力視される一人。


(局長が直接話を聞いてくれるなんて……さすがビセンテ隊長のお名前!)


 長い髪を揺らす美人さんなその姿を思い浮かべて、目を細める。


 虎の威を借る狐となった私を、シェイマスさんはあたたかく迎えてくれた。


「話は聞かせてもらった。おい、この子に何か出してやれ」


 部下の方が、お茶を用意してくれる。

 冷たいお茶で喉を潤しつつ、事情を話した。


「ビセンテ・セラ隊長から先ほど事情は聞いた。とても優秀だから協力してあげてほしい、と」

「きょ、恐縮です」

「しかし、我々は今難しい立場に立たされている。王宮魔術師団内に我々の捜査情報を盗み出し、不正に利用している者がいるらしいことがわかってきた」


 シェイマスさんは言う。


「犯人は二人。使われた機材の痕跡から、三番隊の所属だと見られている」

「三番隊の先輩が? 何かの間違いじゃ――」


 信じられない言葉。

 呆然とする私に、シェイマスさんは言った。


「君はそう言うだろうな。協力者だから」


 視界が揺れたのはそのときだった。


 遠ざかる意識。

 頭が重い。


(眠り薬……!)


 ソファーに崩れ落ちる。

 身体から力が抜けていく。

 視界が暗転する。


「じっくり話を聞かせてもらうぞ。ノエル・スプリングフィールド」






 目覚めたとき、私は知らない部屋にいた。

 頭がうまく回らない。

 意識が混濁している。


 私は椅子に手錠をかけられて拘束されていた。

 魔法犯罪で使用される抗魔石製の手錠。


 机の向こうで、シェイマスさんが私を見ている。


「質問に答えろ、ノエル・スプリングフィールド。お前は、我々に協力する形で捜査情報を盗み出そうとしているな」

「……していません」

「外部の協力者と通じているな」

「……違います」

「嘘をついても無駄だ。君には今、嘘を判別する一級遺物《裁きの天秤》の観測下にある」


 シェイマスさんは感情のない声で言う。


「正直に話した方が身のためだぞ。答え方によって君に下される処罰も変わる。あまりに非協力的だと我々も相応の対応をしなければならない」


 淡々とした言葉は刃物のように冷たい響きを持っていた。


「嘘なんてついてません! 本当です!」

「それは、遺物に聞けばわかることだ」


 シェイマスさんは隣にいる女性に言う。

 天秤に魔力を込めて操作する彼女は、おそらく二番隊の魔法技師なのだろう。


「結果はどうだ」


 魔法技師さんは、じっと天秤を見つめて言う。


「この子は嘘をついていないですね」

「…………」

「…………」


 長い沈黙があった。

 文明が滅んで再興した上でさらに余りが残るくらい長い沈黙だった。


 シェイマスさんは唇を引き結んで言った。


「……このタイミングで三番隊から来た助っ人が内通者じゃない可能性ってあるか?」

「ありましたね」

「念のため、もう一度確認してもらえるか?」

「わかりました」


 天秤を調整して再確認。

 しかし、結果は変わらなかったらしい。

 シェイマスさんは頭を抱えて言った。


「すまなかった。完全にこちらのミスだ。なんとお詫びすれば良いか」


 手錠を外してもらう。

 解放された両手を振りながら、私は言った。


「誠意は言葉ではなくお詫びの品で示してください」

「……お詫びの品?」

「今度最高においしいお高いごはんを奢ってください。高級焼き肉食べ放題がいいです」

「わかった。奢らせてもらう」


 心の中で拳を握る。

 先輩の隙はどんな手を使ってでも焼き肉に変えるという強い決意を胸に、私は日々を生きている。


「でも、どうして私が怪しいと思ったんですか?」

「我々の捜査情報を持ち出している容疑者と親しい可能性が高かった」

「その容疑者というのは?」

「レティシア・リゼッタストーンとルーク・ヴァルトシュタインが怪しいと我々は睨んでいる」


 シェイマスさんの言葉に、私は絶句することになった。


「何かの間違いです! レティシアさんがそんなことするわけないですって! レティシアさんは絶対に違います! ルークはやりそうですけど!」

「ヴァルトシュタインはやりそうなのか」

「ルークはやりますね。これ、絶対犯人ですよ。私にはわかります」


 目的のためには、結構手段選ばないからな、あいつ。


「ヴァルトシュタインには何度も追っていた事件を横取りされている。我々にとっては最も警戒すべき天敵だ」

「そういえば、そんな話聞いたことあります」

「歌劇場でも見事にやられてしまったしな。ヴァルトシュタインの相棒バディというだけで、君はどうしても怪しい存在に思えてならなかった」

「すみません。私が、強く言い聞かせておくんで」


 代わりに謝りつつ、私は言う。


「でも、レティシアさんが怪しいというのはどうして?」

「一番隊時代から、彼女は何度か違法な手段で捜査情報を持ち出している疑いがあった。特に、ある大物貴族に関する捜査に関しては、並々ならぬ執着心があるように見えた。同僚である俺も怖いと思えるほどだったよ。絶対零度の《鉄の女》と彼女が呼ばれるようになった所以だ」

「全然そんな怖い感じしないですけど」

「今の彼女は随分変わったからな。あるいは、爪の隠し方がうまくなったのか」


 意外な話だったけれど、シェイマスさんが嘘を言っているようには見えなかった。


「その、ある大物貴族というのは?」

「高等法院を取り仕切っている大物の一人だ。名はヴィルヘルム伯。王国北部に堅固な地盤を持ち、住民達に強く支持されている」

「あ、聞いたことあります。たしか、正義の大貴族みたいな感じだったような」


 学生時代、図書室の新聞でよく名前を見かけたのを思いだす。

 法の下の平等を掲げ、貴族が司法官を務める高等法院で最も影響力を持つ有力者の一人。


 人気で有名な人らしく、支持してるクラスメイトも多かったっけ。


「ヴィルヘルム伯は地元の新聞社を裏で掌握している。自分に都合の良い記事を書かせる中で国王陛下の税制改革を非難して、権力と戦う正義の人というイメージを作り出した」

「本当のところはどうなんですか?」

「救いようのない悪徳貴族だよ。両手じゃ足りない数の不正容疑がかけられているが、手口が巧妙で証拠を掴ませない。様々な財界人や聖職者と深く癒着し、高等法院の力を使って貴族特権を守っている」

「うわあ……」


 闇を見てしまった。

 田舎だと新聞社の情報は正しいってイメージが強いから、みんなうまく誘導されてしまうものなのだろう。


「我々は、今夜王都にあるヴィルヘルム伯の別邸に踏み込んで強制捜査を行う予定だ。君にも、作戦に参加してほしいと思っている」

「何か証拠が見つかったんですか?」

「ああ。第三王子殿下暗殺未遂事件に深く関与している可能性が浮上してる」

「それは急いで踏み込まないといけませんね」

「おそらく、これが最初で最後のチャンスだろう」


 なんとしてでも、ヴィルヘルム伯の悪事を暴き、第三王子殿下を苦しめている魔法式を特定する情報を入手しなければならない。


「少し時間をいただいていいですか?」

「何をする気だ」

「情報は少しでも多い方がいいと思うんです。ルークはまだ帰ってきてないので無理ですけど、レティシアさんは近くにいる」


 シェイマスさんを見上げて、私は言った。


「念のため、レティシアさんに話を聞いてみます。もし二番隊の情報を使って独自に捜査を進めてるなら、何か知ってることがあるかもしれないので」




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