149 疑い
「レティシア。お前、何か俺に隠してるだろ」
王宮魔術師団本部。
ガウェインの執務室。
投げられた問いにレティシアは怪訝な顔で答えた。
「何の話ですか?」
「答えろ。上官に伝えるべき重要なことを言わずにいる。わかっている」
レティシアはじっとガウェインを見つめて言った。
「すべてわかっていると嘘をつくことで、相手を動揺させ隠してることを聞き出す。隊長の常套手段ですね」
「ごまかすな。あきらめてすべて話せ」
「ごまかしてませんよ。そもそも、隠しごとなんてしてませんから。プライベートは別ですが、職務上で必要なことはすべて共有しています」
ガウェインは何も言わなかった。
探るようにレティシアを見つめていた。
沈黙。
それから、言った。
「……なんでお前は俺の手の内完全に知ってんだよ」
「長い付き合いですからね。同期入団の上、隊長副隊長という間柄になってから三年。相棒として任務に就くことも多かったですし」
淡々と言うレティシア。
「さすが狙った獲物は逃がさない絶対零度の《鉄の女》か」
「そんな風に言われていたこともありましたね」
「今は違う、と?」
「誰かさんがまるで考えてない三番隊の実務を取り仕切るのが今の仕事なので」
「……悪いと思ってるよ。いつも感謝してる」
ガウェインは頭をかいて言う。
「本当のことを言うと、俺はお前を心配してる。一番隊時代、王国貴族の不正を次々と暴く中で、相当危ない山にも突っ込んでただろ」
「それが私の仕事だったので」
「上官は止めてたって聞いてる。特に致死性の毒薬を食事に盛られて以降は」
「それでも、そうすべきだと思っていましたから」
「意義のある仕事だ。立派だと思う。だが、同僚としてはもっと自分のことを大事にしてほしかった」
「あの頃は若かったですからね」
レティシアはくすりと微笑んで言う。
「胸の内を正直に話すことで、相手の本心を聞き出す。そのやり方もよく使ってますね」
「……やりづれえ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
髪をかきあげるいつもの仕草。
「安心してください。本当に何も隠してませんから」
動揺は感じ取れなかった。
落ち着き払った普段通りの姿。
部屋を後にするレティシアを見送ってから、ガウェインは考える。
(レティシアが嘘をついているようには見えない。となると、高等法院を探っていたのはルークか?)
高等法院に強い影響力を持つ大物貴族の不正を暴いたとなると、聖宝級昇格にも手が届く可能性がある大手柄であることは間違いない。
免税特権の問題で国王陛下と対立していることも考えるとなおさらだ。
しかし、ガウェインはそこにも腑に落ちないものを感じていた。
(あいつは目標を定めるとあきれるほど一途なところがある。国別対抗戦と平行して、こんな大きな山に手を出すというのはどうも違和感があるが)
それでも、冷静に考えて現状で一番可能性が高いのはルークだと言わざるを得ない。
(一応探りだけ入れるか)
そのとき、部屋に駆け込んで来たのは部下であるハリベルだった。
「隊長! ルークさんが五十九度目の脱走を図りましたが指示通り阻止したとのことです!」
「ちょうどいい。少し頼みたいことがある」
指示を伝えてから、一人の執務室でガウェインは椅子に深く腰掛ける。
(あるいは、他の誰かという線もある。ノエルは……ないとは思うが、ありえないとも言い切れないか)
疑いの目で見ればすべてが怪しく思えてくる。
(誰だ……危険な山に単独で突っ込んでる莫迦は)