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147 第三王子と四番隊の窮状


 ラファエル・アーデンフェルド第三王子。

 年齢は八歳。生まれつき病弱で、ほとんど公の場に姿を見せないその人は、天使のように愛らしい外見と、触れただけで壊れてしまいそうな儚さで知られていた。


 生まれてすぐ、王室付きの名医は国王陛下に言った。


「この子はあまり長くは生きられないでしょう。すべてがうまくいって五年。運が悪ければ、一年も持たないかもしれません」


 しかし、彼は幼いながらも驚くほど聡明であり、穏やかで周囲に愛される性格をしていた。


 乳母たちはかいがいしく彼を世話し、大切に育てた。

 子育てには原則として関わらない国王陛下と王妃殿下も、彼には特別な愛情を注いでいたと言われている。


 特別製の医療用魔道具を導入し、親として与えられる最高の環境を彼に提供した。


 効果は少しずつだが着実に表れた。


 第三王子殿下は限界として伝えられた五歳の誕生日を迎え、さらに年齢を重ね続けた。

 懸命に生きる小さな王子の姿は、国王陛下と王妃殿下にとって何よりも大きな喜びだった。


 それだけに、今回の事件がもたらしたショックは大きく、この一週間二人は食事もろくに喉を通らない状態だと言う。


「王室が抱えていた問題は、内部に免税特権廃止に反対する敵対勢力が深く食い込んでいるということだった。内通者と裏切り者を見つけだす極秘任務。選ばれた王宮魔術師の一人であるノエルに、俺は今日任務について伝えることになっていた」


 呼び出されたガウェインさんの執務室。

 語られた言葉に、息を呑みつつ私は言う。


「でも、状況が変わった」

「連中は考えられる中で最悪の手段を選択した」


 ガウェインさんは言う。


「免税特権を廃止しようとしていた国王陛下に対する警告だろう。効果はてきめんだった。国王陛下は、免税特権廃止を見送ってもいいんじゃないかと漏らし始めているらしい」

「じゃあ、犯人は免税特権を持つ貴族の方ということですか?」

「王都の外で強い影響力を持つ高等法院の貴族層。あるいは、同じく免税特権を持つ聖王教会という線もある」


 一般教養の勉強が得意でない私でも知っているくらいに、免税特権廃止はアーデンフェルド王国における重要な問題だった。


 貴族と教会が今ほど力を持っていなかった頃、西側諸国を襲った魔物の暴走スタンピードから人々を守るために制定された免税特権。


 しかし、魔物の暴走スタンピードの後処理が終わった後も、貴族たちと教会はその特権を決して手放そうとしなかった。


 多くの富を持つ彼らから徴税できないという歪みにより、王国の財政状況は少しずつ悪化。


 既に状況は早急に手を打たなければならない段階に達していると言われている。


「問題は、王国の財政状況を人々が過大評価していることだ。内情を彼らは知らない。貴族たちが演じる権力に怯える被害者としての振るまいを信じている者も多くいる」

「それなら、財政状況の資料を公開するのはどうですか?」

「大臣たちもその線で検討しているらしい。だがお前、この資料を見てどう思う?」


 差し出された資料を確認する。


「え? 王室ってこんなにお金使ってるんですか?」

「俺も同感だ。貴族連中からすると少なすぎて驚く額らしいが。しかし、庶民からするとどうしたって高く見えてしまう。逆効果だって伝えておいた。こんなの公開すれば暴動が起きる」

「貴族の人はこの額で少なすぎて驚くんですか……」

「それだけ貯め込んでるってことなんだろう」


 しばしの間、資料を点検してから私は顔を上げる。


「たしかに、免税特権廃止は進めた方が良い施策のように見えますね」

「だが、高等法院の貴族連中は強行に反対している。聖王教会の大司教も同様だ」

「そして、第三王子殿下が狙われた、と」

「そういうことになる」


 ガウェインさんはこめかみをおさえて深く息を吐いた。


「ずっと考えてるよ。これは俺の責任だ」

「でも、王室の警護は王の盾(キングズガード)の担当ですし」

「王宮で起きたことには変わりない。絶対に許されない失態だ」


 責任を感じているのはガウェインさんだけではなかった。

 賑やかな三番隊の先輩達からもいつもの明るさがなくなり、重たい空気が漂っていたのを思いだす。


 被害に遭ったのが、何の罪もない子供だというのも大きいのだろう。


 自らの富を守るために、難病を抱えた幼い第三王子殿下に対して毒を盛るなんて。


(絶対に許せない)


 拳を握りしめてから、私は言う。


「それで、私は何をすれば良いですか?」

「まずは第三王子殿下の容態を安定させることが最優先だ。担当してる四番隊隊長《救世の魔術師》ビセンテ・セラのサポートに加わって欲しい」

「め、聖宝メイガス級の方のサポートですか……?」


 予想外の言葉に驚く。

 ビセンテ・セラさんと言えば、王国で最も優れた回復魔法の使い手。


 魔法医学界で最も権威ある魔法医学研究賞を五回受賞。

 南方諸国で発生した紛争で一万人以上の人を救って《救世の魔術師》と呼ばれるようになったとんでもない人。


(そのサポートを私がすることになるなんて……)


 しかも、救わないといけない相手は国王陛下が深く愛する第三王子殿下。

 間違いなく王国の未来を左右する重大なお仕事。


 そんな中で、頭をよぎるのは一抹の不安。


「……あの、私魔法医学はそんなに詳しくないんですけど」


 魔道具師時代によく使ってたこともあって回復魔法はそれなりに得意な方だと思うけど、魔法医学の知識には欠けている部分も多い。


「私、大学に行ってないですし、魔法医師試験とか普通に落ちるレベルの知識しか……」

「非常事態だ。各隊から使えそうなやつは全員投入されてる。いいから行ってこい」

「りょ、了解しました」


 あわてて荷物をまとめて、第三王子殿下の私室に向かう。


 限られた一部の方しか入ることを許されない王宮の特別区画。

 大きな扉は厳重に閉じられ、王の盾(キングズガード)の騎士たちが周囲に目を光らせている。


「貴公の名は?」

「ノエル・スプリングフィールドです。王宮魔術師団三番隊所属。ガウェイン隊長の指示で来ました」


 張り詰めた空気に、緊張しつつ金時計を見せる。


「話は伺っています。どうぞ中へ」


 案内されたのは、王室の方々が非公式の謁見に使っているという部屋だった。

 瀟洒な椅子が並べられ、各隊から精鋭王宮魔術師さんたちが助っ人として集められていた。


(と、とりあえず目立たないように隅っこの方へ)


 落ち着かない気持ちで現場の指揮を執る方が来るのを待つ。

 現れたのは、銀縁眼鏡の生真面目そうな男性だった。

 制服には皺ひとつなく、磨き抜かれたブーツは美しい光沢を放っている。


「四番隊副隊長を務めるクローゼ・アンデルレヒトです。ビセンテ隊長は王子殿下のお傍を離れることができない。代わりに、相棒バディである私が皆さんの指揮を執ります」


 漂う緊張感。

 前列の椅子に座る一番隊の先輩が手を上げたのはそのときだった。


「お傍を離れることができないというのは、第三王子殿下の容態がそれだけ厳しい状態だということでしょうか」

「そうですね。助っ人として来てくださった皆さんには正確な情報をお伝えしておきましょう。これは特級秘匿事項です。許可無く人に話せば、それだけで罪に問われるものなので心して聞いて下さい」


 クローゼさんは言う。


「現在、四番隊第一上級救護班が王子殿下の救護を務めています。が、状況は当初の想定以上に芳しくない。五番隊の最精鋭と《人理の魔術師》モーリス・ヘイデンスタム隊長の解析によると、使用されている神経毒に回復魔法を阻害する未知の魔法式が織り込まれているようなのです」

「しかし、神経毒というのは極めて小さなものですよね。そこに高度な魔法式を織り込むなんてことができるのですか?」

「《人理の魔術師》が言うのですから、現実としてそこにあるのは確実なのでしょう。現代魔法の技術をはるかに超える何かが使われているのは間違いありません。未知の特級遺物か、失われた古代文明の魔法技術か」


 クローゼさんはしばしの間押し黙ってから言う。


「ビセンテ隊長のお力でも、なんとか容態をこれ以上深刻化させないのが精一杯。率直に言いまして、我々は非常に苦しい状況にあります。皆さんにお願いしたいのは、神経毒に織り込まれた未知の魔法式の解析。そして無効化、あるいは無害化する方法を見つけ出すことです」


 握りしめた拳はかすかにふるえていた。


「お願いします。我々に力を貸して下さい」





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