146 予言
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
王国最強の時間系魔法使い――クロノス・カサブランカスが『時の相対性』の冒頭で書いているように、私たちはそれぞれ別の時間の中を生きている。
「連れ出してくれてありがと。すごく楽しかったわ。普通の女の子ってこんなに素敵な時間を過ごしてるのね」
満足げな顔で言うエヴァンジェリンさん。
「私からすると、女王様の方が素敵な日々を過ごしてそうですけど」
「外からは綺麗に見えるかもしれないけど、実際はそうでもないのよ。責任は重いし、一挙手一投足を監視されてる感じがする」
それから、エヴァンジェリンさんは苦笑して続けた。
「とはいえ、私も普通の女の子として生まれれば、普通なんて嫌って言ってたと思うけどね。憧れはいつも現実よりも綺麗なものだから」
「あー、わかります」
隣の芝生って本当に綺麗に見えるものなんだよね。
良いところしか見えない分、どうしても美化してしまうというか。
(背が高くてスタイルがいい人がうらやましかったけど、そのせいで困ることだってあるはずだしな)
ヒールを履けなかったり、身長のせいで頭をぶつけちゃったり、肩がこったり。
(いや、そのくらいならやっぱりスタイル良く生まれたかった……!)
煩悩まみれの答えにたどり着いた私は、多分変な顔をしていたのだろう。
エヴァンジェリンさんはくすりと笑ってから言う。
「最後に一つ、耳寄りな情報を教えてあげる」
「耳寄りな情報?」
「少しこっちに来て」
私の耳元に口を寄せて続けた。
「おそらく、近い未来に王室は何らかの問題を抱えることになるわ」
「問題?」
「空気に不穏な何かが混じっているのを感じたの。多分、それを解決してくれた人には過去に例がない規模の恩賞を与えられる」
「過去に例がない規模の恩賞……」
私は目を見開く。
「じゅ、十年間食堂のごはん食べ放題とかですかね?」
「多分もっと良いものだと思うわよ」
「もっとたくさん食べれるわけですか。なんとしてでも絶対に手に入れなければ……!」
闘志を燃やす私。
同時に、頭をよぎったのは入院中の親友のことだった。
他の何よりも大切なもののために、王国一の魔法使いを目指す親友。
ここでの結果によっては、つかみ取りたい聖宝級魔術師の座にだって手が届くかもしれない。
(相棒である私が活躍すれば、あいつの評価だって上がるはず……)
拾ってくれた恩返しはまだまだ全然できていない。
戻ってきたときにびっくりするくらいあいつの株も上げておいてやろう。
(ふっふっふ。心優しい親友である私に感謝するといいよ)
驚くあいつの姿を想像して頬をゆるめてから、私は言う。
「でも、その問題っていったいどういうものなんですか?」
「そこまではわからなかったわ。何らかの脅威に、王室が晒されているってことみたいだけど」
「何らかの脅威……」
考え込む私に、エヴァンジェリンさんはにっと笑って言った。
「ノエルの腕の見せ所ね」
翌日、アーデンフェルド王国の報道各社は、ひとつの大きな話題で持ちきりだった。
『エヴァンジェリン・ルーンフォレストの生存が確認』
『救ったのはアーデンフェルド王国第一王子殿下』
『歴史上初となる、森妖精の女王がアーデンフェルドを訪問』
たくさんの人に囲まれながら会見するエヴァンジェリンさんは、なんだか遠い世界の女王様のように見えた。
いや、実際に遠い世界の女王様なんだけどね。
あの人と友達としてお泊まりしたり、街を歩いたりしてたのが少し不思議なくらい。
ちょっとだけ寂しく思いつつ、警備の仕事をしていた私は、エヴァンジェリンさんが誰かを探していることに気づく。
いったい誰を探してるんだろう?
翡翠色の目が私を見て留まったのはそのときだった。
いたずらっぽく笑って小さなウインク。
私はなんだか誇らしい気持ちになりつつ、ウインクを返した。
女王のお仕事を終えたエヴァンジェリンさんが大森林に帰って、
それからの日々は嘘のように穏やかに過ぎていった。
いつまでも続きそうな平和な日常。
だけど、その背後で何か大きなものが動き始めているのを私は知っている。
王宮での日常業務に励みながら、王の盾の動きを観察していた私はそこにある僅かな変化に気づいていた。
(王室は何かを隠している)
おそらく、エヴァンジェリンさんが言っていた何らかの問題。
果たして、いったい何なのか。
しかし、私は知らなかった。
エヴァンジェリンさんが大森林に帰ってから、事態は深刻なものへと変わり始めていたことを。
「大変! 大変よノエル!」
朝。職場に着いた私に、先輩は慌てた様子で言った。
「あ、先輩。デート大丈夫でした?」
「怪しい壺を無理矢理売ろうとしてきたから、ぶん殴ってやったわ」
「かっこいい。さすがです」
「やっぱり男より猫の方が良いというのは真理ね。ってそんな話はいいの! 本当に大変なことになってるんだから!」
「何があったんですか?」
先輩は、唇を噛んで言った。
「第三王子殿下が、何者かに毒を盛られて危険な状態だって」