145 相談
「知らなかった。あんなにおいしいものがこの世にあるなんて」
びっくりした様子のエヴァンジェリンさん。
反応がうれしくて、私は目を細める。
「次はショッピングをしましょう。いろいろ見て回るのとっても楽しいんですよ」
洋服屋さんを巡りながら、試着したり買ったり買わなかったり。
美人さんでスタイルも良いエヴァンジェリンさんは、どんな服でも見事に着こなしちゃうので、スタイリングしてる私も熱が入ってしまう。
一番、似合っていた服をプレゼントすると、エヴァンジェリンさんは驚いた顔で言った。
「いいの? もらってしまっても」
「もちろんです。昨日たくさん魔法について教えてもらったお返しです」
「友達からプレゼント……! こんなの初めて……!」
弾んだ声とほころんだ顔にプレゼントしてよかったな、と思う。
それから、王都の観光名所を回ったり、食べ歩きしたり。
「ウルトラスーパービッグプリンパフェ! この喫茶店の名物なんですよ!」
「なに、これ……」
塔のようにそびえる巨大なパフェを呆然と見つめるエヴァンジェリンさん。
二人でパフェをつつきながら、魔法談義をする。
「ノエルはきっと歴史に名を残す魔法使いになるわ。資質と可能性で言えば、私が三千年生きてきた中でも一番と言っていいかもしれない。でも、現状では荒削りで足りてないところも多い。それが貴方の課題ね」
「どういうところが足りてないと思われますか?」
「まず根本的な基礎研究量ね。魔法薬学と医療魔法学の知識でしょ。位相空間魔法と複素解析魔法学の研究量も全然足りてない。局所対称空間における魔法式構造や魔法力学。付与魔法学の知識も大きく偏っている。あと、薬草学と天文学もがんばらないとダメかしら。精霊魔法と古代魔法の知識もほとんどないし、古代ルーン文字と天文学の知識ももっと必要ね」
「あ、あう……」
足りてないことの山に頭を抱える。
「こ、これでも学院時代は優等生だったんですけど」
「人間の学院レベルでは誰にも負けないでしょうね。でも、一番を目指すなら足りないところばかりってこと」
恐ろしいのが、エヴァンジェリンさんが的確に私の見て見ぬふりをしていた苦手分野と時間が足りなくてできずにいた分野を具体化しているところだった。
一日語り明かしただけで、もうここまで見抜かれているなんて。
「精進します」
「うん、応援してる」
エヴァンジェリンさんはにっこり微笑んで言う。
「ちなみに、何か悩んでることとかあるかしら? 先輩として何でも相談に乗るけど」
「悩んでること……」
思い当たることがないわけではなかった。
少し迷ってから、私は言う。
「魔法のことじゃなくてもいいですか?」
「もちろん。良い魔法使いになることも大事だけど、良い人生を送ることも大事だもの」
「でも、あんまり真剣に相談するようなことではないかもしれないんですけど」
「どういう内容かしら?」
「その、恋愛的な部分がある相談と言いますか」
「恋バナ!?」
エヴァンジェリンさんはぱっと顔をほころばせて言った。
「聞かせて! 私、その相談すごく乗りたいっ!」
◇ ◇ ◇
「めちゃくちゃ前のめりになってますね、エヴァンジェリン様」
「友達と恋バナするの夢だって言ってましたからね」
同時刻。
ノエルとエヴァンジェリンを死角の席から見守る二つの影。
「しかし、エヴァンジェリン様は恋愛なんてしたことないはず。ちゃんと相談に乗れるのでしょうか」
「大丈夫じゃないですか? 三千年の長きに渡って生きてますし」
小声で言いつつ、チーズケーキとアップルパイと甘夏のゼリーを食べる二人。
ノエルとエヴァンジェリンの会話に耳を澄ませる。
「多分寝ぼけてたんだと思うんですけど、抱き寄せられて。あと、『ノエルが好き』みたいなことを言われたんですけど。その好きがどういう意味かわからないというか」
(いや、わかるでしょ。明らかに恋愛的な意味じゃないですか、それ)
あきれ顔で見つめてから、シンシアはほっと息を吐く。
(よかった。この難易度ならエヴァンジェリン様も答えられるはず)
真剣な顔でうなずいてからエヴァンジェリンは言った。
「たしかにわからないわね。彼とは随分仲が良いみたいだし、友達としての好きという可能性もあるわ」
(この人、予想以上にポンコツ……!)
戦慄するシンシア。
(いけない……! 恋愛に関してエヴァンジェリン様はボロボロ。彼氏いない歴三千年には荷が重すぎる……!)
このままでは、めちゃくちゃな回答をしてノエルさんと彼との関係をよくない方向に誘導しかねない。
頭を抱えるシンシア。
しかし、続くエヴァンジェリンの言葉は彼女が予想したものと違っていた。
「大事なのは、ノエルがどうしたいかじゃないかしら」
「私がどうしたいか、ですか?」
「ええ。それが定まって初めて、どう対応するべきか決まってくると思う」
(あれ? 意外とまともですね)
恋愛方面には疎いものの、人生経験の豊富さでカバーできているのだろう。
(よかった。これなら大丈夫そう。ノエルさんと彼との関係もちゃんと良い方向に進みそうです)
安堵するシンシアの視線の先でノエルは言った。
「あいつを魔法でぶっ飛ばしてぎゃふんと言わせたいです。やっぱりライバルなんで負けたくないって気持ちは強いですね。それから、一緒に高め合って今の自分を超える魔法使いを目指せたらなって」
(ま、魔法のことしか考えていない……)
絶句するシンシア。
(なんという魔法莫迦。脳が筋肉で出来てるんじゃないかってくらいの単純思考。魔法が大好きとは聞いていましたがここまでなんて……)
困惑しつつも、同時に納得している自分もいた。
ここまで魔法のことしか考えず、魔法への愛を持ち続けることができるなら――
たしかに、あれだけ規格外の魔法使いになれるのもうなずける。
(そんなこの子を想い続けている彼は不憫でなりませんが)
遠い目をするシンシア。
エヴァンジェリンはにっこり微笑んで言った。
「そのまま貴方らしく進んでほしいと私は思うわ。貴方の心が望むように。何より、それを彼も望んでる気がする」
いたずらっぽく目を細めて続ける。
「悩まなくても大丈夫。そのときが来ればきっと、彼の方から教えてくれるわ」