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141 深い夜


「納得できません。ノエル・スプリングフィールドはあくまで三番隊に所属する私の部下です。許可無く危険な任務に囮として使うというのはいくら第一王子殿下と言えど、筋が違う」


《赤の宮殿》と称えられる大王宮の最上階。

 限られた者しか入ることを許されない一室で向かい合っているのは二人の男だった。


 一人は王宮魔術師団三番隊隊長を務める《業炎の魔術師》ガウェイン・スターク。


 そしてもう一人は、王国貴族社会の頂点に位置する第一王子――ミカエル・アーデンフェルドだった。


「彼女は今回の任務で傷一つ負っていないよ。王の盾(キングズガード)と王立騎士団の精鋭に加えて、《剣聖》エリック・ラッシュフォードと《精霊女王》エヴァンジェリン・ルーンフォレストも伏兵として控えていた。客観的に見て極めて安全な作戦だったと私は思うが」

「結果論です。相手は《魔術師殺し》の特級遺物を持ち、不意打ちとは言え《精霊女王》とその側近をギリギリのところまで追い詰めていた。そんな相手に対して、騎士団の精鋭二人付けただけで安全? 本気で考えているなら正気を疑いますね」

「成果をあげるためにはリスクを取る必要がある。敵に疑念を抱かせずに誘い込める最善の人数だった。安全の確保は大切なことだが、さらに重要なのは作戦を成功させることだ。君だって指揮官として部下を危険な状況に送っている。同じ事ではないかい?」

「同意がないのが問題だと言っているんです。危険を覚悟した状態で任務に向かうのと、知らされずに危険な状況に置かれるのはまったく違う。取り返しのつかないことになった後で、あの子の母親に胸を張って囮にしたことを伝えられますか」

「現実としてそうはならなかった。起きなかったことを仮定して話しても仕方ないだろう。それに、君たちだって後ろ暗いところがまったくないとは言えないと思うが」


 第一王子の言葉に、ガウェインは眉をひそめて言う。


「何の話ですか」

「触れてはならない王国貴族社会の禁忌。高等法院で蔓延している裏金と聖王教会との癒着。隠れて調査するのはいいが法外な手段を使うのは危険も伴う」


 違法な調査を指示した心当たりはガウェインにはなかった。

 しかし、第一王子殿下の言葉にはたしかな確信と説得力があるように見える。


 そして、単独行動を好み、自らの意志で危険に踏み込む部下に、ガウェインは心当たりがあった。


(ルークか……あるいは、レティシアという線もある。一番隊時代、あいつが最も熱心に追っていたのが高等法院の闇だった)


 思考をめぐらせつつ、平静を装って答える。


「貴族階級の免税特権問題について高等法院と対立している国王陛下のお立場を考えれば、第一王子殿下には好都合だと思いますが」

「だからこそ心配しているんだよ。優秀な君たちを失うのは惜しい。国別対抗戦で目覚ましい結果を残したことで、我が国の魔法技術に対する関心は高まっているが、それをよく思わない者もいる」


 第一王子は言う。


「気をつけてくれ。正義はいつだって無力だ。闇の深さに塗りつぶされてしまわないように」

「ご忠告痛み入ります。とにかく、今後私の部下を作戦に使う場合は事前に知らせてください。もしまた勝手に作戦に組み込んで怪我でもさせようものなら、第一王子だろうが関係ない。私は貴方を絶対に許しません」

「良い仲間を持って心強いよ。君はそのまま君らしくいてくれ」


 会談の後、長い廊下を歩きながらガウェインは第一王子殿下の真意を考える。


 話し合いは平行線に終わったようにガウェインは感じていた。


 かけられた「君らしくいてくれ」という言葉に嘘はないように思える。

 だが、後に続く言葉を彼は意図して言わなかったような気がしていた。


『私は私のやり方でやらせてもらう』


 そんな常に最善の一手を選ぼうとする第一王子の信念に近い言葉を。


(殿下の動向は引き続き警戒しておく必要がある)


「ガウェイン隊長」


 大王宮を出たガウェインを呼び止めたのは、三番隊の部下であるハリベルだった。


「お待ちしておりました。報告が」

「報告?」

「ルークさんが、封印都市の魔術病院から逃亡を図ったとのことです。《精霊女王》が襲撃されたという一報を聞いて、相棒バディであるノエルさんのことが心配になってしまったようで」


 ガウェインは深く息を吐いてから言う。


「あいつは絶対やるってあらかじめ言っておいただろ」

「はい。ガウェイン隊長が指摘していた経路だったので無事確保することに成功しました。今は病室で大人しくしているとのことですが」

「警戒を続けろ。今夜また逃げるぞ」


 病院の構造図から注意すべき箇所を指示しながら、ガウェインは逃走を図ったルークの動きがいつものそれとは違うことに気づいていた。


(余裕がないからか普段よりずっと読みやすい。それだけ心配しているってことか)


 無理もないと思った。

 魔法使いにとって魔法が使えない状況ほど怖いものはない。


《魔術師殺し》の遺物は、そんな魔法使いの動揺をも利用する恐ろしい魔道具だ。


(鈍感で図太いところがあるノエルでも、相手が悪過ぎる。今晩は不安と恐怖が拭えないだろうな)


 襲撃を受けた小さな部下を思って深く息を吐く。


 おそらく、今夜は眠れないだろう。


 明日以降の仕事にも影響が出ると考えて間違いない。


(トラウマになっていなければいいが……)






 同時刻。

 王都の小さな家の窓に灯る魔導灯の光。


 しっかりとした造りの壁には【遮音】の付与魔法がかけられていて、中の音はほとんど聞こえない。


 部屋の中で、ノエル・スプリングフィールドは眠れない夜の時間を過ごしていた。


「魔法クイズゲーム! いえーい!」


 弾んだ声。

 お酒がなみなみと注がれたグラスを掲げるノエルと、


「いえーいだわっ!」


 負けず劣らぬテンションでグラスを掲げるエヴァンジェリン。

 そんな部屋の中を、窓の外から二人の森妖精エルフがのぞき見ている。


「よかったですね、エヴァンジェリン様……」


 我が子を見守る母親のような顔で瞳を潤ませるシンシアと、


「愚痴を聞かされずに済む……! 眠れる……! 今夜私は自由……!」


 救われたような顔で言うエステル。


 賑やかな声は夜遅くまで続いた。

 鈍感なノエル・スプリングフィールドは、襲撃事件のことなんてすっかり忘れて、楽しい時間を過ごしている。





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