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137 大人女子である私の理知的な動揺


 国別対抗戦が終わって二週間が過ぎた。

 一週間の特別休暇を満喫した後、職場復帰した私は大会での活躍を先輩たちにたくさん褒めてもらえた。


 活躍を評価されて、階級も聖銀ミスリル級に昇格。

 お給料も上がり、今まで以上に責任ある仕事も任せてもらえるようになって。


 だけどうれしい気持ちに反して、ここ数日の私はなんだかスランプ気味。


 仕事中ついぼんやりしてしまって、クビにされないようにこっそりしている雑用の仕事を忘れてしまったり。


 整備していた魔道具を爆発させてしまって、レティシアさんに余計な心配をかけてしまったり。


 いつも通っている食堂の大食いメニューを完食できずに残してしまって、『ごはん三杯しか食べてないぞ』『もしかしてお前死ぬのか……?』とみんなを困惑させてしまったり。


 しっかりしなきゃいけないとはわかっているのだけど、それでもうまくできないのがスランプの困ったところ。


「ノエルさんはいつも仕事出来すぎだし、今でも十分人並み以上だから気にすること無いと思うけど」なんて優しい先輩たちは言ってくれるけど、誰よりも私自身が私を許せない。


 折角夢を叶えて、念願だった魔法を思う存分使える仕事ができているのだから、もっと集中して仕事に取り組まないと。


 問題は、気がつくと余計なことに思考のリソースを持って行かれてしまっていることだった。

 単純で一途な性格で、魔法のことだけ考えて生きてきた私を惑わせる不可思議な空想。


『ノエルが、好きなんだ』


 夜の病室。

 バニラの香りと熱を持ったベッドシーツ。


 抱きすくめられて、すぐ傍で聞いてしまった小さなつぶやき。


 思っていたよりずっと力も強くて、身体も大きくて。


 なんだか別人みたいに思えたあの数秒。


(なんだったんだろう、あれは)


 もちろんロマンス小説を通してたくさんの疑似恋愛を経験してきた経験豊富な大人女子である私なので、あれくらいで勘違いするような子供とは違う。


(友達として好きってことだよね……!)


 そうだ。

 私達は親友同士なわけだし、友愛という意味で好きという言葉が出るのは自然なこと。


 幾分熱っぽい伝え方ではあったにせよ、それほどまでに大切に思ってくれているというのであれば、友達として素直にうれしいことではある。


(やれやれ、私のこと好きすぎかよ、あいつ)


 そんな風にあきれた感じを出しながら、照れ隠し。


(まあ、私もあいつのことは好きではあるし? 大切な友達だし?)


 悪い気はしないな、なんて思ってから、しかし頭を悩ませるのはもうひとつの可能性。


(で、でも、もしかしたら――恋愛的な意味である可能性もあるのか……?)


 そんなことあるわけないのはわかっている。

 親友同士だし。

 ずっと友達だったわけで。


 そう勘違いするのも申し訳ないくらいの部分もあるのだけど。


(ただ、あの感じはどうにもそういうニュアンスだったような気も……)


 だとしたらと仮定すると、あふれ出してくるのは様々な疑問。


(い、いつから? 友達だと思っていたのは私だけ? あいつは私のことが好きだったのか?)


 混乱。

 でも、そんな素振り全然なかったし。


 恋愛的な感情の兆候なんてどこにも――


(いや、私って人より鈍感なところあるからな……)


 魔法に夢中すぎて、あいつの恋愛サインをすべて見落としている可能性も否定できない。


 つまるところ、私がはまっているのは量子魔法学的なパラドックスだった。


 箱の中の猫がごはんを食べているのかいないのか、箱を開けるまで確定できないのと同じように、あいつが私に恋愛感情を持っているのかどうかも頭の中を覗かない限りわからない。


(もし友達としての好きなら今まで通りで問題はない。でも、もしあいつが私のことを恋愛的な意味で好きだったとしたら)


 窓の外を見ながら思う。


(私はどうすればいいんだろう)


 一般的に見れば好ましい状況ではあるはずだ。

 ルークは名家の次期当主だし、付き合うことになんてなればお母さんは間違いなく狂喜乱舞する。


『よくやった! よくやったわノエル! これで将来安泰よ!』


 なんて、王宮魔術師団での活躍を話したときの三兆倍くらいのテンションで喜んでくれるだろう。


 ルークは良いやつだし、付き合う相手として嫌な部分があるというわけではない。


 付き合ってみたらいいんじゃない、なんてよく聞くような意見も聞こえる。


(でも、貴族家の後継者であるあいつ的には、平民と付き合ってるなんてことになったら、お家関係の人たちからめちゃくちゃ叩かれそうだしな……)


 身分違いの恋には少なくないリスクがつきまとう。

 恵まれた境遇のすべてを失い、たくさんの人たちに恨まれ蔑まれながら生きていくような人も現実としている。


 親友として、あいつをそんな危険な道に進ませてしまうのが果たして正しいのか。


(何より、私はあいつのことを恋愛的な意味で好きなんだろうか)


 それはずっと答えの出ない問いだった。


 付き合うとなると、恋人同士として毎週デートをしたり、手紙を送り合ったりしないといけないと聞く。


(……正直、めんどくさいかも)


 掃除洗濯料理あらゆる家事が適当で、職場以外ではほんの少しダメなところもある私だ。


 一人の時間はできるだけ大好きな魔法に使いたいのが理想であり本音。


(もしかして私、恋愛向いてない?)


 衝撃の事実だった。

 たしかに二十余年の間、恋愛的なイベントは特になく、何不自由なく幸せに生きて来れてしまっている。


(デート行くより魔導書読んでる方が絶対幸福度高いんだよね、私の場合……)


 年頃の女なのに、恋愛より魔法に夢中な私は人としてどこか欠けてるんだろうか。


 不安になって相談した私に、最近仲が良いミーシャ先輩は「そんなことないんじゃない? 私も男より猫の方が好きだし」と言った。


「男って子供だし、頭悪いし、元カノと隠れて連絡取り合うし、目を離すとすぐ浮気するゴミクズみたいな生きている価値のない存在だからさ。ノエルが魔法の方が好きなのも当然だと私は思うよ」


 先輩は心に深い傷を負っているようだった。


 いかに男という生き物が最低かひとしきり語った後、「なんで……なんで私はこんなに男運がないの……?」と涙目になった先輩を元気づけるのにしばらく時間がかかった。


「ありがとう。やっぱり持つべきものは猫とやさしい後輩だね」


 なんとか励ますことができて一安心。

 ミーシャ先輩の猫自慢を聞きながら、お昼休憩から戻ってきた私は何かがいつもと違うことに気づく。


 張り詰めた空気。

 王宮魔術師団本部は騒然としていて、想定していない大きな出来事が起きていることを示唆していた。


「何があったの?」


 別人のように真剣なミーシャ先輩の言葉に、近くにいた四番隊の先輩が答える。


「第一王子殿下が来られている。話したい相手がいるんだと」

「王室の方々が直々にって……そんなの前代未聞じゃ」


 先輩は息を呑む。


「話したい相手がいるにしても大王宮に呼び出すのが通例でしょ? 騒ぎになるのがわかっているのにどうして」

「おそらく、騒ぎにすること自体も目的のひとつなんだろう。相手とのつながりを外部にアピールする」

「そうなると、話したい相手は聖宝メイガス級の誰か?」

「ああ。《救世の魔術師》ビセンテ・セラ隊長と《人理の魔術師》モーリス・ヘイデンスタム隊長が呼ばれている」

「どうしてそのお二方を?」

「南方諸国で起きた暗殺未遂事件に危険な生物兵器が使われていたという噂がある。それについて私見を聞きたいんじゃないかと俺は推測してる」

「回復魔法と魔法薬学の大家であるお二方に話を聞くのはたしかに筋が通るわね」

「同時に、警戒していることを対外的に示して牽制する。傑物と称される殿下らしい素早い対応だよ」


 先輩たち二人の会話に聞き耳を立てる。

 どうやら、いろいろと高度で政治的な思惑があるらしい。


(なんだか頭良さそうでかっこいい! 私も混ざりたいっ!)


 エビデンスとかコンセンサスとかダークネスファイアブリザードみたいな感じのこと言えば良い感じに溶け込めるだろうか。


『よし、言うぞ……!』と機会をうかがっていたそのときだった。


 先輩たち二人が私の後ろを見てはっとする。


(何事?)


 と思いつつ振り向いた私の視線の先にいたのは三番隊副隊長。

 大好きかっこいいレティシア先輩。


「静かに。ノエルさん、ついてきて」


 私の口元をおさえて言うレティシアさんの後に続く。

 人通りが少ない避難用の階段を上がって上の階へ。


 周囲に人の気配がなくなったことを確認してから、小さな声で聞いた。


「何かあったんですか?」

「落ち着いて聞いてね」


 レティシアさんは階段の踊り場で足を止めて、振り向く。

 藤紫の髪を揺らし、

 私の肩をつかんで、言った。


「第一王子殿下が貴方と二人きりで話したいと言ってるの」





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