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136 プロローグ

お待たせしました!

4章スタートです!


 物心つく前から魔法の勉強をしていた。

 それは当たり前のこととして僕の日常のほとんどを占めていた。


 初等学校に通うことは許されなかった。

 優秀な家庭教師に学ぶ方が効率的だから。


 すべての時間を魔法に注ぎ込むことを強制された。


 父は次期後継者である僕を誰よりも優れた完璧な存在として作り上げたかったのだろう。


 その目論見は概ね成功した。


 神童。

 王国史上最優の天才。

 ヴァルトシュタイン家の最高傑作。


 賞賛をうれしいとは思わない。

 僕は誰よりも多くの時間を魔法に注ぎ込んでいる。


 幼い頃から自由に使える時間などほとんどなかった。

 魔法以外のすべてを犠牲にしてきたのだから。


 普通に生きてきた連中に負けるわけがない。


 自信を超えて確信の域に到達した自負。


 敗北は僕の人生において絶対に起こりえないことだった。


 だからこそ、あの日。


 初めて負けたことに頭が真っ白になって、初めて自分のことが制御できなくなった日のことを僕は昨日のことのように覚えている。


『とんでもないことをしてくれたな、お前……! 平民風情が、この僕に勝つなんて……!』


 自分のものとは思えない程度の低い罵倒の言葉と、


『誰が平民風情よ! 私はお母さんが女手ひとつで一生懸命働いてくれてこの学校に通えているの! そのことを誇りに思っているし、公爵家だろうがなんだろうが知ったことじゃない! あんたなんか百回でも千回でもボコボコにしてやるわ!』


 僕の孤独で窮屈な生活に殴り込みをかけてきた彼女の姿を。


 あの日から、モノクロだった僕の生活は少しずつ色づき始めたんだ。






 当時は絶対に認めなかっただろうけれど、彼女の存在は僕にいくつかの意味で好ましい影響をもたらしてくれるものだった。


 初めて出会った対等に競い合えるライバルとして。


 そして、完璧な優等生としての仮面ではなく、年相応の学院生として接することができる友人として。


 本音で、飾らない自分で話せるような相手はそれまで一人もいなかったから。


 相手の家柄や王国における立ち位置みたいな余計なことを考えずに接することができる彼女は、特別で新鮮な存在だった。


 そんな相手は初めてで。


 気づいたときには好きになっていて。


 だけど、許されないことだということを誰よりも僕自身が知っていた。


 物心つく前からたたき込まれた貴族家の価値観と常識。


 何より、手を伸ばせばきっと彼女を傷つけてしまう。


 蔑む声と醜聞。


 根も葉もない噂が飛び交い、貶めたい者たちに都合の良い虚像ができあがる。


 火のないところに煙はたたないと多くの人は思っているけれど、それは誤りだ。


 まったく何も無いところから、醜い噂を作り上げるのは難しいことじゃない。


 少なくとも、有力貴族家の者にとっては。


 伝えてはいけない。


 本当に好きな相手だからこそ。


 彼女が一番幸せに生きられる未来を選ぶべきだと思うから。


 僕たちは同じ道を歩けない星の下に生まれてしまったのだ。


 悟られないよう隠し続けた。


 すべてうまくいって。

 学院を卒業して、僕らは別々の道に進んだ。


 そこで初めて、愚かな僕は自分の誤りを悟った。


 彼女のいない生活には絶望的に何かが欠けていた。

 すべてがどうでもいいと思えてしまうほどに。


 貴族家の次期当主として歩む一般的には幸せな人生なんて、耐えられないくらいに無価値に思えた。


 彼女を追いかけてすべてを失ったとしても。

 それで皆に蔑まれながら数年で死ぬことになったとしても、その方がずっとマシだと思ってしまったんだ。


 この世界にある他のものすべてと比べても、僕の天秤は彼女に傾いて動かない。


 だとしたら、僕が取れる選択肢はひとつしかなかった。


 すべてを懸けて、彼女と一緒にいられる未来をつかみにいく。


 目的のために手段を選ばないのがヴァルトシュタイン家のやり方だ。


 日常を犠牲にした。

 交友を犠牲にした。

 嬉戯を犠牲にした。

 余暇を犠牲にした。

 休息を犠牲にした。

 睡眠を犠牲にした。

 健康を犠牲にした。


 すべてを犠牲にしても、君を僕のものにしたかった。


 そして、失敗した。


 つかみかけた未来は指の先をすり抜け、今僕は病室で天井を見上げている。






 しかし、だからといってここであきらめるほど僕は物わかりのいい性格をしていない。


 あきらめが悪いのは彼女と同じ。


 失敗したなら次の方法を考えて実行するだけ。


《精霊女王》に負けた後にかけられた負担の強い回復魔法による昏睡。

 意識がはっきりとしたその数分後には、行動を開始していた。


「僕を退院させてください。完全に回復したことを示す診断書と診療録も書いていただけると助かります」


 封印都市では有名らしい魔法医師は、困った顔で僕を見上げた。


「いや、あなたまだ動いていい状態じゃ無いですからね。身体の疲労と状態も当初の想定よりはるかに悪かった。あの状態でよく戦えていたな、と驚かされるくらいです。安心して動ける状態まで回復するには少なく見積もっても二ヶ月くらいは――」

「報酬は言い値でお支払いします。安心してください。何があったとしても、あなたの責任は問われません。僕が自分の意志で無理を言ったのだと伝えます。誓約書を書いてもいい。悪い話ではないと思いますが」


 魔法医師は少しの間押し黙ってから、深く息を吐いて言った。


「貴方の上官であるレティシア・リゼッタストーンさんから完治するまで絶対に外に出さないように言われていますので」

「完治しています。問題ないじゃないですか」

「もうひとつ。アーデンフェルド王宮魔術師団三番隊隊長ガウェイン・スターク氏から言付けを預かっています。『黙って完治するまで寝てろ。破れば、お前の気持ちをちびっ子新人に全部バラす』と」

「…………あの人帰ったら絶対殴る」

「付け加えますと、私は報酬ではなく自分の生まれてきた使命として魔法医師の仕事に取り組んでいます。ひとつの個人的な主義としてお金を受け取ることはありえませんし、貴方は絶対に完治させますので。そのつもりで」


 どうやら、簡単に抜け出せる状態ではないらしい。


 何より、ガウェインの脅しが致命的だった。


 彼女にだけは、絶対に悟られてはいけない。


 余計なことで彼女を悩ませたくないから。

 大好きな魔法に打ち込む彼女の邪魔をしてはいけないから。


 もっとも、鈍いところのある彼女のことだから、よほどのミスをしない限りは大丈夫だろうけど。


(ほんと、ノエルは鈍感なんだから)


 そんなところも好きだなんて、恥ずかしいことを思って頬をかいてから、拳を握りしめる。


(あいつを幸せにできる僕になる。一緒にいられる未来をつかみ取る。絶対に)


 そのときに初めて、この思いを伝えよう。


 重くならないように、今気づいたみたいな顔で。


 ずっと秘めていた、この思いを。





見つけてくれて、ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。

4章は更新頻度を上げ、毎週金曜日に連載していく予定です。

(よろしくお願いします!)

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