135 エピローグ 伝えてはいけなかった言葉
そのとき何があったのか、正直なところ私はよく覚えていない。
とにかく必死で、考えている余裕なんてなくて。
失敗だったと言われても、まったく違和感なく受け入れられてしまうくらいの状態だったから、「見事な魔法だったよ」とクロノスさんに言ってもらえて安堵の気持ちでいっぱいだった。
私が意識を失った後、エヴァンジェリンさんによって邪竜は再封印されたそうだ。
ドラゴンさんの力で素早く地上に戻ったクロノス総長と魔法使いさんたちが奮闘して、勢いの弱まった魔獣の群れも壊滅。
封印都市で起きた大事件は無事に収束したとのこと。
「助けてくれてありがとうございました!」
崩落した会場の片隅で、ドラゴンさんにお礼を言う。
認識阻害の隠蔽魔法があるとは言え、あまり時間は取らせないようにしないと。
「お、おい、なんか飛竜種いたよな」
「ああ。しかも背中に人が乗ってたような」
なんだか噂になってるし。
これ以上騒ぎを大きくしてはいけない。
帝国領の主要都市に飛竜種が現れるなんて、西方大陸史に残る大事件。
もし、犯人が私であることを知られたら、
『判決! ノエル・スプリングフィールド! 死刑!』
『いやああああああああああああああ!!』
なんてことにもなりかねない。
気のせいだって思ってもらえるよう全力で穏便に証拠隠滅を行わねば。
だけどそんな中でも、遠いところをはるばるやって来て助けてくれたドラゴンさんにはできるだけ誠実にお礼の気持ちを伝えたい。
頭を下げる私に、やさしい声でドラゴンさんは言う。
『良い。我も助けられたからな。何より、このように自らの力をふるえる機会もそうそうない。おかげで、友人に我の活躍を自慢できる』
「いいですね。思い切り自慢してあげてください」
『ああ。また何かあればいつでも呼んでくれ』
「はい。そちらも困ったことがあったら呼んでください。私も力になりますから」
ドラゴンさんは意外そうに一度まばたきをしてから、目を細めて言った。
『ああ。頼りにしている』
空高く飛んでいくドラゴンさんを手を振って見送る。
「隠れて飛竜種を飼っているなんていけない子ね」
後ろからの声。
立っていたのはエヴァンジェリンさんだった。
「いや、飼っているわけじゃなくてお友達と言いますか」
「いいのよ。私もいけないことするの好きだから。むしろ、それでこそ私の親友と言えるわ」
目を細めて、カップの紅茶を飲みながら言う。
「それじゃ、早速帝国皇帝と教皇を殴りに行きましょう。安全対策を怠り、危険な目に遭わせた責任を取らせるのよ」
「いや、殴るのはさすがに大問題になっちゃうのでは」
「そのときは二人で世界を相手に戦いましょう。私たちなら勝てるわ」
「え、ええ……」
自分の力への自信がありすぎる。
いろいろな意味ですごい人だなぁ、と見つめていた私が不意に思いついたのは、エヴァンジェリンさんにお願いしたいことだった。
「あの! それより、私はエヴァンジェリンさんに魔法を教えてもらいたいなって」
「教わりたいの? 私に?」
意外そうに言うエヴァンジェリンさん。
「でも、貴方は私を倒したのに」
「あれは運が良かっただけですから。私は試合に向けて研究対策もしてましたし。何より、精霊魔法って森妖精の秘術じゃないですか。こっそり教われば、あいつが知らないうちにもっとできる魔法使いになれるかもって」
「あいつ?」
「エヴァンジェリンさんが私の前に戦ったルークです。幼なじみなんですけど、ずっとライバルで負けたくなくて」
「幼なじみでライバル……! 素敵な関係……!」
瞳を輝かせてエヴァンジェリンさんは言った。
「わかった。教えてあげるわ。最強美しい親友であるこの私に任せなさい」
それから、私たちは帝国外交局の大臣さんから、お食事会に招かれることになった。
なんでも、封印された魔獣たちの暴走から各国の魔法使いさんたちに命を救われたとのことで、国を代表してお礼がしたいとのこと。
用意していただいた豪勢で麗しいお料理のなんとおいしいこと。
幸せいっぱいでやわらかいステーキを頬張る。
ああ、トロトロのお肉おいしいなぁ。
「――様と連絡が取れない?」
「はい。あの区画の観客に被害はほとんどなかったので、おそらく先に避難されたのだとは思うのですが」
未だ混乱の余波が残る封印都市。
会場では、大臣さんから国別対抗戦の今後についてもお話があった。
試合会場の損壊が激しいため、大会はここで終了。
トラブルがあった影響で私とエヴァンジェリンさんの準決勝は記録上では未決着。
その上で今回の国別対抗戦は、敗退していなかった三人の同時優勝という決着になるとのこと。
私が敗退せず残っていたアーデンフェルド王国と、エヴァンジェリンさんと側近であるシンシアさんが残っていた神聖フェルマール帝国が栄誉を分け合う結果になると言う。
単独で無いとは言え、帝国以外の国としては初めての優勝。
しかもその原動力になれたということで、私はいろんな人にたくさん褒めてもらえた。
「まさか平民出身の方がここまで躍進するとは。我々帝国も平民出身の方が活躍できる仕組み作りを考えていかなければなりませんね。お見それしました」
帝国の高官さんにそんな風に言ってもらえたり。
十人分のお肉を完食して大満足の私は、軽い足取りでルークの病室へ向かう。
強い回復魔法の影響で眠り続けている親友。
大活躍だったんだよっていっぱい自慢してやらないと。
何より、お食事会に来れなくて寂しい思いをしてるかもしれないしね。
まったく、世話が焼ける。
友達思いな親友を持って幸せ者なのだぞ、君は。
「すみません。面会がしたいんですけど」
病院の方が、私を病室に案内してくれる。
「今、少し熱が出てまして」
過労による発熱とのこと。
今までの疲れが一気に出ているのかもしれないと言う。
大分無理してたもんなぁ。
ずっとがんばってきたんだもんね。
なのに自分が負けたら、悔しい気持ちを抑えて私のために知ってる情報を全部教えてくれて。
ほんと人間ができてると感心してしまう。
でも、あそこまでがんばって手に入れたい大切なものってほんとなんなんだろう?
純粋な興味と少しの寂しさ。
私にとっては本当に大切な親友なんだけどな。
だからこそ、教えてもらえないのは少し寂しい。
静かに病室のドアを開ける。
眠るルークの傍に腰掛けた。
「うむうむ。しっかり寝てるな。えらいぞ」
夜の病室に私の小さな声が響く。
ほんと綺麗な顔してるよなぁ、と感心しつつルークの顔をのぞき込んだ。
じっと見つめること数秒。
ん?
あれ?
こいつ息してなくない?
(し、死んでる!?)
あわてて口元に手をやる。
指の先に感じるかすかな空気の揺らぎ。
(やれやれ。焦らせないでくれたまえよ)
ほっと胸をなで下ろす
そのとき、強い何かが私の首元を引き寄せた。
「へ?」
世界がぐるんと一回転する。
混乱。
何が何だかわからない。
鼻腔をくすぐるバニラの香り。
やわらかいベッドの感触。
熱を持ったあいつの身体。
抱き寄せられてる、と遅れて理解する。
だ、抱き枕か何かと勘違いされてるっぽい。
なにやってるんだ。照れるじゃないか。
振りほどこうとする私の耳元で、小さな声が響いた。
「好きだ」
ん?
なんかとんでもない言葉が聞こえたような。
いや、私じゃなくて抱き枕が、ってことだよね。
あぶないあぶない。
私が色気たっぷりで聡明な大人女子でなければ危うく勘違いするところだった。
顔が熱くなるのを感じつつ振りほどこうとする私に、あいつは言った。
「――――」
耳元で感じたかすかな空気の揺らぎ。
頬を撫でる吐息の感触。
「ノエルが、好きなんだ」
その言葉を、たしかに私は聞いてしまったんだ。
以上、ブラまど第3章でした。
この章のテーマは魔法バトルをフルスロットルでやりきろうということ。
やりきったので次の章は、お仕事もの寄りのお話になりそうかな、という感触です。
(できあがるまでどうなるかわからないですが、葉月的には今まで以上に良いものになってるんじゃないかなって)
書籍3巻も出すことができました。
コミカライズもすごくいい作品にしていただいていて、原稿をいただくたびに頬がゆるんでいます。
その上、素敵なファンレターまでいただいてしまったり。
いろいろボロボロで小説書くのをやめそうだった四年前を思うと、なんだか夢みたい。
本当にすべて、見つけてくださった皆様のおかげなのです。
4章開始は9月頃の予定。
続きももっと良いものになるよう全力をぶつけていきますので、楽しんでいただけたらいいなって。
読んでくれて、応援してくれて、本当にありがとうございます。
最後に、ここまでの内容でよかったらぜひ、ブックマーク&評価で応援していただけるとすごくうれしいです!