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129 火花


 エヴァンジェリンが起動した翡翠色の魔法式。


空間を創造する魔法(エア・フリユーゲル)


 対して、ノエルが反魔法式を起動したのは、その僅か0.08秒後のことだった。


 ルークから伝えられた大魔法を使う際の小さな癖。

 彼女の空間把握能力はそのわずかな動きの違いを捉えている。


 反魔法式がエヴァンジェリンの魔法式の起動を阻害する。


 機能不全を起こし、自壊し始めたそれに対してエヴァンジェリンが見せたのは現代の魔法技術を超越した神業だった。


 一瞬で魔法式の機能不全部分を切り離し、簡素化した補助式で代用して起動を成立させる。


 不完全ながら七割の効力で起動したそれは、戦況を決定づけるのに十分すぎるだけの力を持っていた。


 対して、ノエルは既にエヴァンジェリンに向けて地面を蹴っている。

 今までの中で最も速い時間加速魔法。


(ありがとうございます、先輩)


 反魔法式の狙いはあくまで時間稼ぎ。

 敵の力の上限が見えない以上、過剰な期待はできない。


 何より、人間離れした魔力量を持つエヴァンジェリンと渡り合う中で、ノエルの魔力量は半分以下まで減少していた。


 持久戦になればまず勝機は無い。

 彼我の戦力差が拮抗したこの一瞬にすべてを懸けて仕留めきる。


「そう来ると思ってた」


 静かに口角を上げるエヴァンジェリン。

 距離を詰め、勝負を懸けてくるところまで想定済み。


「この距離ならかわせないでしょう?」


 放たれる高位精霊の精霊魔法。

 七百の光の筋がすべてを塗りつぶす。


 回避も魔法障壁(マジツクバリア)も通用しない無慈悲な破壊の光。


 対して、ノエルが起動したのは会場中の誰もが想像さえしていない魔法式だった。



時を停止させる魔法(クロノスタシス)



 1.8秒間の時間停止。

 呼吸を忘れる観衆たち。


(この大一番で成功させてくるなんて)


 不可避の攻撃をかわし、自身に向かって走るその姿にエヴァンジェリンは微笑む。


(でも、ここまで。私の勝ちよ)


 使いこなせていない時間停止魔法。

 奇跡のような確率での不完全起動。


 しかし、その代償はあまりにも大きかった。

 その不完全な魔法式はノエルの魔力を一瞬で枯渇させる。


(もう私の魔法障壁を突破できる攻撃魔法は使えない。勝負は既に事実上決着している)


 揺らぐ身体。急速に魔力が失われたことによる《魔力切れ》の症状。

 意識を失うのも時間の問題。


 しかし、ノエル・スプリングフィールドはあきらめない。

 残った僅かな魔力を絞り出して不完全起動する初級魔法。


突風(ブリーズ)


 小さな風を一点に集中させて背中を押す。

 自身の身体をほんの一瞬だけ加速させる。


 刹那、エヴァンジェリンの頭を揺らしたのは経験したことのない衝撃だった。


(頭突き――!?)


 ノエル・スプリングフィールドの持つもうひとつの切り札。

 尋常な魔法使いのそれとはまったく違う常識外の一撃。


 自分の身体が後方に倒れ込むのを感じながら、エヴァンジェリンの頭を駆け巡っていたのは未知の感覚だった。


(知らない。こんなの、私は知らない)


 女王として大切に育てられたエヴァンジェリンにとって他者との単純接触はほとんど経験がない。


 火花が散ったみたいに熱くて。

 痛くて。


 だけど、その痛みが不思議なくらいに心地よかった。


 頭をぶつけられるくらい近い距離で対等の存在。

 広がる存在しない青い春。


 くだらないことを話し合って。

 肩を叩いて笑い合うような。



 ――親友。



(私はずっとこの感覚を求めていた――!?)


 戸惑いと共に薄れゆく意識。

 対するノエル・スプリングフィールドも《魔力切れ》で既に意識を失っていた。


 もつれるように倒れ込む二人。

 身じろぎひとつせず横たわっている。


「これ、どうなるんだ……?」

「わからない。大会規定にダブルノックアウトについての記載はなかったはず」


 倒れ込んだ絶対王者に瞳をふるわせる観衆たち。


「番狂わせだ……とんでもないことになった……」






 試合会場の特別観覧席。


「ありえない……あってはなりませんよこんなこと……!」


 ふるえる声で言う貴族の男。


「相打ちとはいえあの小娘が《精霊女王》を倒すなんて……! 管理されるべき立場である平民の活躍は、我々が先人たちから受け継いできた歴史と伝統ある社会構造を揺るがしかねない。なんとしてでも握りつぶさなければ……!」


 しかし、隣に座る黒いシグネットリングの男は落ち着き払っていた。


「何も問題ないよ。《精霊女王》が消耗していることを考えれば、むしろ好都合だ。真の目的を果たす過程で彼女の存在はこの世界から消える」

「真の目的?」

「《精霊女王》を抹殺し、大森林の利権を手にすること。加えて、各国を代表する魔法使いを抹殺し、帝国と周辺諸国の関係を悪化させる」

「ま、まさか……」


 貴族の男は息を呑む。


「そんなこと、いったいどうやって……」

「簡単なことさ」


 形の良い指を膝の前で組み合わせて続ける。


「千年前に封印された古竜種から漏れ出す魔素と魔鉱資源によって歪な発展を遂げた街――封印都市グラムベルン。利益を追求した採掘が原因で封印の力が弱まっていることに誰も気づいてさえいない。楽な仕事だったよ」

「しかし、この地には古竜種と共に暴走(スタンピード)を起こした無数の魔獣が封印されています。一体一体が脅威度6以上。かつて中央諸国にあった国々を次々と壊滅させた怪物の群れ。封印が解かれてしまえばいったいどれほどの被害が出るか」

「良いじゃないか。武器と薬が売れ、我々はさらに多くの利益を手にすることができる。帝国と周辺諸国が戦争になればなおさら好都合だ。外に敵を作って煽動すれば民衆を統制するのも容易になる。怒り、不安といった感情は感染症のように伝播するものだからね」


 黒いシグネットリングの男は言った。


「古竜は封印から目覚め、都市は灰塵に帰す。帝国史上未曾有の事件の始まりさ」






 その直後、魔法使いたちは異質な悪寒に襲われた。

 何の前触れもきっかけもなかった。


 全身が氷水に沈められたかのように総毛立つ。


 経験したことのない異常な魔素濃度。


 その人体への影響は、魔法の素養が無い者の方が大きく、1796人の観衆が意識を失い、24682人の観衆が強烈な頭痛と吐き気に見舞われたと記録されている。


 轟音と悲鳴。

 立っていられない大地の揺れ。

 どちらが上でどちらが下なのかさえわからない。


 人々がパニックに陥る中で、レティシア・リゼッタストーンは誰よりも早く何かが起きたことを察知していた。


 おそらく、試合会場北側に位置する第八魔窟抗で何かが起きたのだ。

 西方大陸でも最大級の規模を誇る大坑道は会場の地下へと続いている。


 フィールド中央の北側が崩落したのはそのときだった。


 地鳴りと噴煙。

 噴き出す超高濃度の魔素。


 ぽっかりと空いた大穴の中からあふれ出したのは魔獣の群れだった。


 一体一体が少なく見積もっても脅威度6以上。


 単独で中規模の都市に甚大な被害をもたらす可能性がある、かつて中央諸国の人々を次々に食い荒らした怪物たち。


 混乱。

 逃げ惑う人々。


 屈強な男たちが鍛え上げた体躯も怪物に対しては何の意味も持たない。

 知性を持たない獰猛な怪物たちが観衆たちを襲う。


 しかし次の瞬間、魔獣たちはぴたりと動きを止めていた。


「みんな、仕事の時間よ」


 眼球も凍り付く氷の世界。

 レティシア・リゼッタストーンは青い魔法式を起動して言う。


「アーデンフェルド王宮魔術師団の力を示しなさい」






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