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126 胸に宿る炎


「今日も満員ですね。盛り上がりは昨日に比べると少し物足りないですが」


 試合会場の特別観覧席。

 老執事の言葉に、黒いシグネットリングの男はうなずく。


「無理もない。面白い存在ではあるがルーク・ヴァルトシュタインほど期待はできない。それが、ノエル・スプリングフィールドに対する多数派の意見だろう」

「昨日初めて見せた精霊女王の切り札も衝撃的なものでしたからね。あれを見た後では結果が見えていると思うのも自然なことですか」


 老執事は言う。


「自身に最も有利な環境。心象風景の大森林を具現化する超位魔法。それによる千柱を超える高位精霊の召喚。いずれも、現代魔法技術の次元を優に超えています」

「アーデンフェルドの女性魔法使いも戦いを重ねるごとに力を増している。個人魔法戦闘に慣れてきたのだろう。だが、相手が悪すぎると言わざるを得ない」


 それは、会場に詰めかけた観衆たちにも共通する見解だった。


 過去三大会を通して無敗。

 一度の窮地もなく、圧倒的な強さで勝ち続けている絶対王者。


 何より、過去最強の挑戦者と目されたルーク・ヴァルトシュタインとの戦い。

 初めて見せた空間創造魔法が、さらにその評価を高めていた。


 帝国の仕掛けた国別対抗戦。

 世界の表舞台の中で、その名声はいよいよ最高のところまで達しつつある。


 ――西方大陸最強の魔法使い。


 今や誰もが彼女を最強と信じて疑わない。


「ほら、早く! 急がないとすぐに終わっちまうぞ」

「今日は何秒で決めてくれるかな」

「目を離すなよ。この試合、見てられるのはほんの僅かな間だけだ」


 結果はもはや自明のものだった。

 アーデンフェルドの小さな魔法使いも相当の実力者であることは間違いない。

 だが、この試合に関して言えば相手が悪すぎる。


 会場中の誰もがエヴァンジェリンの勝利を確信していた。

 小さな魔法使いの胸に宿る炎に、誰も気づいていない。






 ◇  ◇  ◇


「会いたかったわ。知ってる? 私はずっとこの時を待っていたの」


 試合開始直前、精霊女王は私に言った。


「貴方と戦ってみたかった。運営に携わる貴族たちにたくさん嫌がらせをされながら、全部はねのけて勝ち進んでくれてありがとう」


 微笑んで言うエヴァンジェリンさん。

 西方大陸最強と称される人外種の王――三魔皇の一人。


「私は貴方を高く評価している。この世界の女王である最強かっこいい私が期待してるのよ。その意味を重々理解して」


 それから、冷たい目で私を一瞥して言った。


「期待外れだったら、絶対に許さないから」


 息が出来ないほどの重圧と強大な魔力の気配。

 試合開始直後、エヴァンジェリンさんが放った魔法は私の想像を超えるものだった。


 空間を歪める異常な魔力量。

 極限まで圧縮された魔力が重力を歪め、破砕した床石の破片が舞い上がる。


烈風砲(ウィンドブラスト)


 私がずっと使ってきた風魔法。

 だけど、その破壊力は私のそれとはまったく違っていた。


 咄嗟に魔法障壁(マジツクバリア)を展開できたのは『無敗の剣聖』と『死者の王』との戦いを経験していたから。


 私が使える中で最も精度の高い風魔法に対する魔法障壁を展開して――しかし止められない。


 砕け散る魔法式。

 激しく揺れる視界。


 衝撃と混乱。


 背中への強烈な痛みに、息ができない。

 一瞬で私はフィールド最奥の分厚い壁にめり込んでいる。


(この人、ルークと戦ってたときよりずっと強い)


 気づかされる。

 いかにルークが相手を研究し尽くし、強みと長所を徹底的に潰していたのか。


 次元が違う。

 同じ魔法とは思えない術式精度と魔力量の差。


(だったら、一番得意な時間加速魔法――)


固有時間加速(スペルブースト)


 どんなに強力な風魔法が撃てたところで、当たらなければ十分に戦えるはず。

 しかし、そんな私の考えはまたしても打ち砕かれる。


空間を転移する魔法(エア・グレイス)


 気づいたときにはもう遅い。

 放たれる風の大砲が床石を破砕しながら身体をかすめる。


 私は蹴られた石ころのようにフィールドを転がり、骨を軋ませながら壁に当たって倒れ込んだ。


 クロノス総長の《固有時間加速(スペルブースト)》にも追いついた規格外の速さ。


 魔力量では敵わない。

 魔法式の精度も向こうが上。

 何よりも自信を持っていた速さでも届かない。


(それなら、ルークから教わった反魔法式を使った攻略法――!)


 弱点はわかってる。

 転移する位置の癖と緊急時に使用する魔法式の偏り。


 ルークが集めたデータは全部頭の中に入れてある。


 速さで負けても行動さえ先読みできれば戦える。

 動きを先読みして起動する魔法式。


「残念ね」


 エヴァンジェリンさんは冷たい声で言った。


「そんな付け焼き刃が通用するわけないでしょう」


 痛み。

 肌を刺す小石の感触。


 低い位置から見上げる視界。


 土の味。


 何をやっても敵わない。

 突きつけられた力の差。


 ルークと先輩達が力を貸してくれて、なのに勝負にさえならない。


 才能も資質も魔力量も懸けてきた時間も何もかもが違う。


 負けるんだろうか。

 届かないんだろうか。


 受け入れたくない現実。

 あまりにも高すぎる壁。


 絶望――



『お前、才能ないよ。魔法はあきらめて、他の仕事を探せ』



 違う。



『お前なんていらねえんだよ。役立たず』

『申し訳ありませんが、今回貴方の採用は見送りたいと思っています』

『すまないね。君を採用すると町長の息子さんに怒られてしまうから』



 違う。



 私にとっての絶望は大好きな魔法の道をあきらめないといけなくなること。



 自分の全力をぶつけて敵わなかった。

 だからなんだ。


 大好きな魔法が使えてる。

 素敵な人たちに期待してもらえてる。



 こんなの、幸せ以外の何物でもないじゃないか。



 立ち上がる。

 積み上げてきたすべてを込めて起動する魔法式。

 式構造を簡略化して、今までよりももっと速く――


「そう。それを待ってたの」


 瞬間、エヴァンジェリンさんの姿は消えている。

 得意とする空間転移魔法。

 速さの次元を超越した移動速度。


 ――でも、見えてる。


 行動を先読みして放つ風の刃。

 独特の美しい光沢を持つ髪が数本、ひらひらと舞う。


「素敵。今のに反応できるなんて」


 エヴァンジェリンさんは言う。


「さあ、もっと見せて。貴方の中に眠る怪物を」




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