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124 意味と使命


 試合開始直後、ルークが起動したのはこの試合に向けて最適化した魔法式だった。


明滅する閃光と咆雷(ブラストライジング)


 放たれたのは疾駆する電撃の閃光。


 九つの魔法式を同時に起動する無詠唱での《多重詠唱(マルチキャスト)

 洗練に洗練を重ね作り出した特別製の魔法式。


 その一瞬で観客席の魔法使いたちは理解した。


 ルーク・ヴァルトシュタインは本物の天才であり、今日この日のために徹底的に準備を重ねてきたのだ、と。


「見事ね。でも、それじゃ私は捕まえられないの」


 殺到する電撃。

 対して、エヴァンジェリンは精霊魔法を起動する。


空間を転移する魔法(エア・グレイス)


 瞬間、エヴァンジェリンはルークのすぐ後ろに浮いている。


 空間系魔法。

 現代魔法には存在しない世界の法則そのものに干渉する魔法のひとつ。


 尋常な世界の理を無視した理不尽なまでの移動速度。


「そうですね。貴方はその位置に転移する」


(この子、私がここに転移することを読んでいる――)


 咄嗟に起動する空間転移魔法。


 殺到する電撃をギリギリでかわして、

 しかし、その電撃が当たらないこともルークは最初から読み切っている。


(本命はこっち――)


 四方から炸裂する電撃。

 魔法障壁を張る隙も与えない。


帰還雷撃(リターンストローク)


 フィールドを太陽よりも眩しく染める光。


 一秒間に三十九発の電撃魔法。


 思考が追いつかない。

 何が起きているのか、誰も理解できない。


 わかることはひとつ。

 ルーク・ヴァルトシュタインは今この状況を完全に支配している。


 電撃の奔流。

 フィールドの石床が蒸発する。


 北部山脈に生息する雷鳴竜の咆哮にも匹敵する威力の連撃。


 粉塵が舞い上がる。

 風にゆらめき、その先から覗くのは隕石が落ちたかのような大穴。


「素晴らしいわ。四大精霊の加護を持っている私じゃなかったらとても耐えられなかったでしょうね」


 その中心で、エヴァンジェリンは埃をはらいながら目を細める。


「がっかりした?」

「まさか。耐えてくるところまで読んでますよ」

「いいわね。そう来なくっちゃ」


 口角を上げて、穴の底からルークを見上げる。


「さあ、もっと私を楽しませて」






 人間離れした強さを持つ帝国領最強の精霊女王。

 対して、ルーク・ヴァルトシュタインが見せたのは絶対王者を圧倒する戦いぶりだった。


 未来が見えているかのような先読みで、的確に相手の弱点を突く。

 その戦略は敵の強みと長所を潰すことに徹底している。


 そして、それを可能としているのはルークがこの試合に懸けて積み上げてきた狂気的な量の研究だった。


「強すぎる……」

「あ、あるのかこんなことが……」


 息を漏らす観衆。

 ルーク自身もたしかな手応えを感じていた。


(身体が軽い。いける。見えてる)


 背中の痛みも感じない。

 鎮痛剤が効いているのだろう。


空間を削り取る魔法(エア・ブレイズ)


 彼女の放つ攻撃は当たれば即致命傷。

 魔法障壁も意味をなさない理不尽なまでの破壊力。


 しかし、当たらないことを最初から知っている。


 激戦の中で彼を支えていたのはこの時のためにすべてを捧げてきたという自負だった。


 幼少期から受けた一日十六時間にも及ぶ虐待のようなトレーニング。

 遊ぶことはおろか休むことさえ許されない。


『お前の祖父が私に何をしたかわかるか』


『こんな生やさしいものではない。お前は恵まれているのだ』


『お前の意見は聞いていない。ヴァルトシュタイン家次期当主としての務めを果たせ』


 殴られ、髪を引っ張られるのは日常だった。


 血溜まり。

 どんなに泣いても、許してはくれなくて。


 生き抜くためには、心を捨てるしか無かった。

 感情も意思も必要ない。


『結果がすべてだ。勝たなければ何の意味も無い』


 父の望みを叶えるための機械になれ。


『敗者には何の価値もない』


 罵倒と暴力。

 楽しい記憶なんてひとつもなくて。

 いつも不安で苦しくて仕方なくて。


『あんたって涼しい顔でやっているように見えて、結構努力家だよねえ』


 そんなときに、あいつに出会ったんだ。


『私はそういうあんた、良いと思うよ。ライバルとして競い合うなら、ちゃんとがんばってる人の方がずっといい。私もやらなきゃって勇気をもらえるから』


 初めてできた対等な関係の友達。


『つらいこともあるかもだけど、元気出せ。一緒にがんばろう、ルーク・ヴァルトシュタイン』


 大丈夫だよ、ってそう言われた気がしたんだ。

 君は君のままでいいんだよって。


 それがどんなにうれしかったか。

 救われたか。

 きっとあいつにはわからない。


 好きなんだ。

 どうしようもなく。


 傍にいてほしい。

 隣で笑ってほしい。


 神様、お願い。


 他に何もいらないから。


 振り向いて欲しいなんてわがままなことは言わないから。



 どうか、あいつの隣にいさせて――



 転移先を先読みしての閃光。

 炸裂した電撃が精霊女王の肩口を弾き飛ばす。


(手が届く。勝てる)


 思いを乗せて起動する魔法式。


 それは千載一遇の好機だった。


 その魔法が直撃していれば、番狂わせが起きていた可能性もあっただろう。


 フィニッシュブローとしてルークが用意していた魔法式はエヴァンジェリンが想定していたものを超えていて――


 しかし、その刹那エヴァンジェリンが起動した魔法もまたルークの想定を超えたものだった。


空間を創造する魔法(エア・フリューゲル)


 瞬間、ルークは森の中にいる。

 フィールドを埋め尽くす木々の群れ。


「精神世界を具現化して実体化させる精霊魔法。私の魔力をすべて使用する大技だけど、森のマナがすぐに失った魔力を補填してくれる。空間が作り出す無尽蔵の魔力支援。森の中にいる限り、私の魔力が尽きることはない。そして、その魔力をすべて消費して私は高位精霊を召喚する」


 エヴァンジェリンを守るように現れたのは十六柱の高位精霊だった。

 一線級の魔法使いを凌ぐ力を持つ大精霊の召喚。


「そのくらいで僕を止められると?」

「貴方ならそう言うでしょうね。たしかに、ここまでなら相手をすることもできるかもしれない」


 エヴァンジェリンは言う。


「でも、千を超える数の高位精霊が相手ならどうかしら」


 高位精霊が壁のように視界を埋め尽くす。

 空間を歪める異常な魔力量。


「貴方はよくやったわ」


 凜とした言葉が響く。


「さよなら」


 殺到する精霊魔法。

 そこでルークの意識は途切れている。






 叶わなかった夢に意味はあるのだろうか。

 真っ暗な世界の底でそんなことを考えていた。


 できることはすべてやった。

 忙しい日々の中で休息と睡眠を削って続けた情報収集と対策。


 それでも、後悔だけが募っている。


 何か方法があったんじゃないか。

 結果を変えることができたんじゃないか。


 考えても仕方の無いことなのはわかっていて。

 わかった上で考えずにはいられない。


 あと少しで届いてたんだ。

 彼女の隣にいても許される自分になれたのに。


 つかめていたかもしれない未来。

 果たせなかった希望は、執着となって心を苛む。


 勝てなかった。

 積み上げた日々は無意味だった。


 何の意味も価値も無かった。


 そう考えてしまうのは、父の言葉ゆえのことなのだろう。


『■■には何の価値もない』


 嫌なのに。

 大嫌いなのに。


 無意識のうちに同じようなことを考えてしまう。


 呪い。

 歪み。


 結果が出せなかった自分を、自分が責めている。


『敗者には何の価値もない』


 叶わなかった夢には何の意味も無い。


 失敗という結果。

 敗者という烙印が残るだけ。


 失意の中で、ルークが感じたのは自身の手を包むあたたかい感触だった。


 なんだろう、これ。


 手を握られている。

 誰に?


 目を開ける。

 視界に映ったのは瞳に大粒の涙を溜めた思い人の姿だった。


「よかった……よかったよ、ルーク……!」


 彼女はふるえる声で言う。


「後遺症は残らないだろうって。強力な治癒魔法の反動で二週間くらいは眠り続けることになるみたいだけど、ゆっくり休めば今まで通り王宮魔術師として働けるよ。大丈夫だよ……!」


 それで気づかされた。

 彼女は、きっと僕が思っているよりも大きな不安を抱えながら、僕を送り出してくれて。


 僕が思っているよりもずっと僕のことを信じてくれていた。


 大切に思ってくれていた。


(ああ、そうか)


 叶わなかった夢にも意味はあったんだ。


 君が泣いてしまうくらいに僕を心配してくれて。

 それだけで、僕は十分すぎるほどのものをもらっていて。


 だから、僕も彼女に伝えなければいけない。


 ここまで走り続けた意味を形にする。


 親友として、彼女を応援する。

 それがきっと、僕が果たすべき使命だから。


「ノエルは僕を超えられるよ。精霊女王だって超えられる。この世界で一番すごい魔法使いになれる」


 薄れゆく意識を懸命につなぎ止めて、ルークは言った。


「聞いて。その方法を今から教えるから」





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