123 願いへの挑戦
「ルークが手に入れたい、何よりも大切なたったひとつって何?」
その言葉は、ルークを激しく混乱させ揺り動かした。
うまく頭が回らない。
何を問われているのか、何を答えないといけないのかわからない。
いや、本当はわかっているのだ。
わかっているからこそ停止する思考。
身分差。
ヴァルトシュタイン家の次期当主として許されない相手。
根も葉もない噂と醜聞が飛び交うのはわかりきっている。
貴族社会は足の引っ張り合いだ。
隙を見せれば総攻撃に遭う。
世界は理不尽で残酷で。
本当に大切な彼女だからこそ、巻き込みたくない。
幸せな道を歩いて欲しい。
だけど、伝えてしまえともう一人の自分が言う。
もういいじゃないかと。
破滅願望。
すべて伝えて終わりにしてしまえ、と。
――本当は、ずっと前から好きだった。
伝えたら、いったいどうなってしまうのだろう。
驚くだろうか。
怖がられるだろうか。
拒絶されるだろうか。
それとも、もしかしたら、
喜んでくれるだろうか。
期待。
不安と高揚。
言ってしまいたいと思う。
もし、彼女がうなずいてくれるなら、
そんな幸せなこと他にはなくて。
たとえその他の一切を失ったとしても、君がいれば僕は幸せで。
頭を駆け巡るのは、あるかもしれない未来。
お互いの人生を分け合って。
目覚めると隣に君がいて。
先に起きた僕はフレンチトーストを作って。
一本のオレンジジュースを半分こして。
一つのソファーに二人、ごろごろして。
歩幅も好きなものも違うけど。
その違いを愛しながら並んで歩いて行けるような。
そんな二人になりたいんだ。
衝動。
情念に身を任せて全部終わりにしたい。
だけど、僕の理性は僕を許してくれなかった。
「……言えない」
幼少期からの虐待に近い教育。
感情に身を任せられないほどに、僕は自分を押し殺すのに慣れすぎている。
「そっか」
その言葉は、どこか冷たく感じられた。
落胆。
当然か。
彼女にとってみれば、僕は親友よりも、秘密を選んだのだから。
だけど、続く彼女の言葉はルークが予期していたものとは少し違っていた。
「ルークは私より少しだけ大人だから。お家関係で話しづらいこともあるだろうし、ルークがそうしたいならそうするべきなんだと思う。でも、親友として条件を付けさせて」
彼女は言う。
「無理は絶対にしないこと。これ以上は危ないと思ったら必ず身を引いてほしい。自分の身体なんて身勝手なことは言わないで。ルークが傷つくと私は悲しいし、他にも悲しむ人がたくさんいるの。これで終わりとか許さないから。絶対に無事で帰ってくること。それが私の条件」
それから、ルークの背中を叩いて言った。
「誰が何と言おうと、私はあんたの夢を応援してる。ずっと誰よりもがんばってきたのを私は知ってる。証明して来なよ。あんたが最強だってこと」
背中を押してくれるその言葉が、どうしてこんなにうれしいのか。
彼女が僕を見てくれている。
それだけで、無敵になれる気がするんだ。
「ありがと。全力を尽くすよ」
翌日、決定した準々決勝の対戦相手はルークにとって最悪のものだった。
エヴァンジェリン・ルーンフォレスト。
人間離れした力を持つ人外種の王――三魔皇の一人に数えられる怪物。
今大会最強と目される、大森林の精霊女王。
「くそ、なんでよりによって」
頭を抱える先輩たち。
しかし、ルークは落ち着いていた。
「むしろ好都合です。前回大会の優勝者と準優勝者を倒せば、誰も僕の実力に文句をつけられないので」
不運を前向きに咀嚼する。
困難を良いものと捉えるよう努力して前に進む。
やっとつかんだチャンス。
王国中の誰もが認める大戦果。
帝国が作ろうとしている新たな魔法世界。
その中における西方大陸最強を倒して、彼女の隣にいられる自分になる。
ルーク・ヴァルトシュタインの戦いが始まる。
◆ ◆ ◆
「事実上の決勝戦か」
試合会場の特別観覧席。
黒いシグネットリングをつけた男に、老執事がうなずく。
「そうなりますね」
「幸運だったよ。組み合わせの操作には失敗したが、神がこの状況を作ってくれた。世界はいつも少しだけ私に優しい」
男は言う。
「もし神がいるとすれば、きっとどうしようもない悪人なのだろうね。そうでなければ、私なんてとっくに裁かれてないとおかしいから」
「とんでもございません。■■は素晴らしいお方です」
老執事の言葉に、黒いシグネットリングをつけた男は微笑んだ。
「ありがとう。救われるよ」
「■■はどちらが勝つと思われますか?」
「どうだろうね。前の試合で彼は自らが頂点に手の届く存在であることを証明した。運命が微笑めば、彼にも勝利の芽はあるのかもしれない」
「しかし、そうなっては困るのではありませんか」
「問題ない。手は打ってある」
男は冷たい無表情で続けた。
「今は楽しむことにしよう。歴史上最後の国別対抗戦。そのメインイベントを」
降り注ぐ大歓声。
観衆が殺到した会場の空気は、通常のそれとは違う熱と湿度を含んでいる。
無敗の絶対王者――エヴァンジェリン・ルーンフォレスト。
竜帝、夜の王と共に三魔皇の一人に数えられる大森林の女王。
過去の三大会において一度の苦戦さえしていない、個人魔法戦闘において最強の存在。
しかし、この日の会場にはいつもと違う緊張感があった。
西方大陸屈指の魔法技術を持ちながら、国別対抗戦への参加に後ろ向きだったアーデンフェルド王国。
眠れる獅子と呼ばれていた彼の国が送り込んだ王国史上最高の逸材と呼ばれる若き天才――ルーク・ヴァルトシュタイン。
エステル・ブルーフォレストを一方的に粉砕した衝撃的な光景は、観衆の脳裏に強く焼き付いている。
今回ばかりはわからないんじゃないか。
誰もが固唾を呑んで見守っていた。
まばたきさえためらわれるような緊張感。
興奮と期待。
ファンファーレと熱狂。
円形のフィールド。
その中心で向かい合う二人。
そして、戦いの幕が上がる。