12 吉報と予兆(魔道具師ギルド2)
西部辺境の町にある魔道具師ギルド。
王都での夜会から昼過ぎに帰ってきたギルド長は、声を弾ませて言った。
「聞け。侯爵様から、あるお方を紹介していただいたのだ。誰だと思う?」
「誰でしょうか? 皆目見当がつきませんが」
副ギルド長の言葉に、ギルド長は自らの成果を誇示するように笑みを浮かべて言う。
「オズワルド商会を所有する大公爵、アーサー・オズワルド様だ」
「あ、あのオズワルド様ですか……!?」
副ギルド長が驚いたのも無理はない。
王国一の大商会を所有し、多方面で優れた才覚を発揮する王国貴族界の頂点に立つ一人、アーサー・オズワルド大公。
ギルド長は辺境を領地として持つ小さな男爵家の血筋とは言え、関係を持つ相手としてはあまりに大物すぎる。
「い、いったいどうして?」
信じられず声をふるわせる副ギルド長。
「うちで作っている水晶玉を気に入ってくれたようでな。『あそこまで質の良いものは見たことがない。是非取引をさせてもらえないか』とおっしゃっていただいた」
「な、なんと……! オズワルド商会と取引まで……!」
オズワルド商会は一流の相手としか取引をしないことで知られている。
優れた目を持つ大公と商人たちの選定は厳しく、ゆえにオズワルド商会で扱ってもらえることは魔道具師ギルドからすると最大級の栄誉であると言えた。
「あのオズワルド商会で取り扱われるとなると、うちのギルドの名は王国中、いや世界中に轟きますよ」
「さすがに人員を増やす必要があるな。オズワルド大公に気に入られたとなると、うまくやれば子爵、いや伯爵の称号も見えてくる」
「まさかそこまで……さすがのお考えです。敬服いたしました」
「なに、私の手にかかれば簡単なことだ」
自慢げに言うギルド長。
副ギルド長も、見えてきた出世の道に口角を上げる。
「にしても、オズワルド大公も見る目がありませんね。うちの水晶玉なんて他に何もできない役立たずの仕事なのに」
「わかっているようなことを言っているだけで、その実ああいう連中は何も見えていないものなのだ。少し見せ方を工夫するだけで簡単に騙せる」
「お見事です。やはり上にいかれるお方は違う」
「当然だ」
満足げに笑みを浮かべ、ギルド長は言う。
「今日はもう休む。いつも通り外で商談だと言っておいてくれ」
「承知しました」
ギルド長が、商談と言いながら自宅に帰り、浴びるように酒を飲んでいることを副ギルド長は知っていた。
だが、それを悪いことだとは思わない。
上に立つ者はそれだけ利益を得てしかるべきというのが副ギルド長の考えであり、ゆえに彼自身も工房に行かず外で要領よく息抜きをしている時間が多い。
(私も今日は休むことにしよう。大事を成す前には、休息も必要だ)
結果論ではあるが、ここで副ギルド長は現場に行くべきだった。
コネで入ったがゆえに現場経験がなく、恥をかきかねないからという理由で、おろそかにしていた現場の確認。
部下に仕事を押しつけ、怠けることが日常化していた彼は気づけない。
下っ端魔道具師が抜けて数日。
工房作業場の奥に積み上がった処理されていない仕事の山。
それは、誰に手をつけられることもなくそこに鎮座している。