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119 不器用


 アーデンフェルド王国代表選手団として同行する白磁級魔術師のアルビオにとって、一番隊で第三席を務めるライアンは雲の上の存在だった。


 ガウェイン・スタークに師事して経験を積み、現在は王宮魔術師団の中でも最精鋭が集う一番隊で要職を任される炎熱系魔術師。


『なあ、アルビオ。魂は燃えているか?』


 いささか熱すぎる部分はあるものの、あたたかく接してくれるその姿は、素直に尊敬に値するものだった。


『はい! 燃えています!』

『ならば良し。今日の仕事の出来も良かったぞ。君の成長を楽しみにしている』


 何より、うれしいのはちゃんと自分のことを見てくれること。


 聖金(アダマンタイト)級魔術師でありながら、一番下の階級である白磁級魔術師に対しても、先輩として成長を見守ってくれる。

 王国でも屈指の好環境な王宮魔術師団の中でも、ここまで後輩思いの先輩は珍しい。


(変なところもあるけど、すげえ良い先輩なんだよな。あの人の良さは多分俺しかわかってないだろう)


 そんな先輩が主将を務める大舞台。

 アーデンフェルド王国代表選手チームの活躍は目覚ましかった。


 ライアン先輩は抜群の安定感。他国の精鋭に対しても落ち着いた戦いぶりで優位を築いて本戦二回戦に進出。


 最速記録を塗り替え続ける天才――ルーク・ヴァルトシュタインは敵をまったく寄せ付けない圧倒的な内容で完勝。


 規格外の怪物新人、ノエル・スプリングフィールドも対戦相手を頭突きでノックアウトするという前代未聞の戦い方で勝利を重ねている。


(次の対戦相手が決まる抽選は今日か。三人が……何より、先輩が楽な対戦相手に恵まれますように)






(当たりたくない相手に当たってしまった、か)


 その夜、一人の部屋でライアン・アーチブレッドは深く息を吐く。

 決定した対戦相手は数千年にも及ぶ寿命を魔法の鍛錬に注げる森妖精(エルフ)族の魔法使い。


 エステル・ブルーフォレスト。


 帝国で精霊女王に次ぐ実力者であり、前回大会で準優勝を果たしている誰もが認める西方大陸最上位格の一人。


(実力だけで言えば間違いなく格上。一つのミスが即敗北に繋がる手合い。果たして、どう戦ったものか)


 勝てる可能性を探すが、答えは見つからない。

 冷静に考えれば考えるほど、見えてくるのは絶望的なまでの種族としての差だった。


 長い寿命が生み出す魔法に注げる時間の違い。

 作り上げられた森妖精(エルフ)の秘術――精霊魔法。

 そして、人間のそれをはるかに超える魔力量。


 そのすべてを覆すには、常人の域を超えた才能と資質が必要になる。


『お前なんて生まれてこなければよかったのに』


 脳裏に浮かぶ過去からの呪い。

 兄弟にできることが自分にはできなくて膝を抱えて泣いていたあの頃。


 だからこそ、やさしい人間になりたかった。

 周囲の人間すべてに否定されていたあの頃の自分も救ってあげられるような、そんな存在に。


(そうだ。こんなところでくじけてはいられない。後輩二人を支え、導くのが先輩としての務め。その意味では、二人ではなく俺が当たったのは僥倖だと言える。折れない姿を背中で示す。二人が自分のことだけ考えて戦えるように)


 試合前の調整は納得いくものができたように思う。


『ずっとがんばってきたの知ってる! できるよ! 絶対大丈夫!』


 心の中のリトルライアンもそう言ってくれている。


「ふっ。相変わらずやさしいな、俺の心のリトルライアンは」


 不敵に笑みを浮かべるライアンを白い目で見つめたのはルークだった。


「イマジナリーフレンドってやつですか。やばいですね、先輩」

「ああ、リトルライアンに妬いてしまったか、ヴァルトシュタイン。だが安心してくれて良い。リトルライアンはあくまで応援団的存在。カテゴリが違うからソウルフレンドのライバルにはなり得ない。俺のソウルフレンドはあくまでお前だけだ」

「妬いてないですし、ソウルフレンドでもないので」


 かまわれるのを好まない猫のような後輩とのやりとりを、ライアンは内心好ましく思っていた。

 入団当時から誰にも頼ることなく、時に周囲に怯えられながら、圧倒的な成果を残し続けてきた後輩。


 張り詰めた糸のようなその生き方を少しでもゆるめさせられたらってずっと思っていたから。


(まったく。世話の焼ける後輩だ)


 おそらく、彼は自分のことをめんどくさい先輩だと思っているだろう。


 それでいい。

 自分が好かれるために応援するのではない。たとえ自分が嫌われても相手の人生をより良くするために全力を尽くす。


 それこそが真の意味での応援だから。


(俺は全力で自分の道を進むのみ!)


 試合前に吐くのもルーティンのようなもの。

 それだけ負けられないと思えている。真剣に取り組めている証拠だ。


(すべてが良い兆候。すべてが俺への声援。風は俺に吹いている)


「先輩、パンチのコツはフットワークですよ! 下半身の力を連動させて打つんです!」


 腰の入ったパンチを実演するノエルに、ルークが言う。


「いや、普通魔法大会でパンチ使わないから」

「え? そうなの?」


 後輩の声援を背に、ライアン・アーチブレッドはフィールドに立つ。

 すべてを力に変えて、人智を超えた怪物に向かい合う。






 なびく蒼い髪。

 凜とした立ち姿と、押しつぶされそうな魔力量。


 アーデンフェルド王宮魔術師団で最精鋭が集う一番隊――その第三席を務めるライアンだからこそわかってしまう。


 目の前の女性森妖精エルフは格上。

 純粋な力比べでは届かない。


 対して、ライアンが仕掛けたのは奇襲だった。

 様子見はせず、自身の最も得意とする魔法を全力でぶつける。


《炎槍領域》


 具現化したのは自身の身体より巨大な炎の槍。

 多節根のように自在に形を変えるそれは、竜のように彼の後ろでとぐろを巻く。


 蒸発し始めるフィールドの床石。

 熱を帯びる空気。

 ゆらめく陽炎。


(端から対等な手合いではない。勝機があるとすれば、試合開始直後。この一分に今までのすべてを込める)


 炎槍が疾駆する。

 さながら飛竜種の突進のようにすべてを蒸発させながら進む破壊的な一閃。


 対して、精霊女王の後継者であるエステルは何もしなかった。


(魔法を使わない……!?)


 炸裂する炎槍。

 想定外の状況。

 しかし、ライアンの判断は速かった。


 何故魔法を使わなかったのかはわからない。

 だが、これは千載一遇の好機だ。


《炎竜連衝》


 竜のように巨大な炎の槍による連続攻撃。

 立て直す隙など絶対に与えない。


 十一秒間に五十七発のラッシュ。

 全身に溜まる乳酸。

 呼吸したいと叫ぶ本能を魂で抑え込む。


 連撃に乗せるのは磨いてきた自分のすべて。

 出来損ないと言われた幼い頃から、途方もない数を積み上げてきた。


『どうして自分は兄さんたちのようにうまくできないのだろう』


 毎日のように吐いていたあの頃。

 必死で練習してるのに、練習してない子に負けることも少なくなくて。


 世界は平等じゃないことを知った。

 才能の差。

 不器用な自分は教えられたとおり真面目にやっても人並みには到底届かない。


 でも、だからこそうまくなれる方法を必死で考えた。

 才能に欠ける自分の取り扱い方を。


 できないことの山の中から、得意なことを全力で探した。

 このやり方ならできるかもしれない。そんな気づきを大切に積み上げた。


 できないのも個性だ。

 不器用なのが自分の武器。


 得意なことが少ししかないからこそ、その少しに人より多くの愛と情熱を注ぐことができる。


 苦手分野を補強するのではなく、見えなくなるまで長所を伸ばせ。


 できなくていいんだ。

 下手でもいい。


 他のすべてで負けたって構わない。


 でも、この魔法でだけは誰にも負けない。


 フィールドの床石が蒸発する。

 鉱物が溶ける匂いとやけどしそうな熱風。


 死力を尽くした連撃。

 誰も声を出すことさえできなかった。

 時間が静止したかのように静まりかえった会場。


 やがて、舞い上がる粉塵の中から響いたのは冷たく澄んだ声だった。


「見事な魔法でした。洗練に洗練を重ねた美しい魔法式。貴方はその魔法に気が遠くなるほどの時間と情熱を注いできたのでしょう。同じ道を進む者として貴方の魔法を心から賞賛します」


 エステル・ブルーフォレストは言う。



「しかし、私は千年を超える時間を魔法に注いできたのです」



(莫迦、な……)


 現れたその姿に、ライアンは目を見開く。

 そこにあったのは傷ひとつない立ち姿のエステル。


 魔法障壁を張った形跡はなかった。

 攻撃はたしかに当たっていたはずだ。


 なのに、傷一つ与えられない。


 違う。

 あまりにも違いすぎる。


「良きものを見せていただいたお礼に、私の全力を以て幕引きといたしましょう」


 爆発的に増大する魔力の気配。

 息がうまく吸えない。

 立っているのが精一杯。


 生きていくのは簡単なことじゃなくて。

 どんなに努力しても敵わない相手がいて。


『がんばれ! がんばれ自分!』


 それでも、懸命に魔法式を起動する。

 放つ炎の槍。


《水精霊の息吹》


 迫る天を覆う水禍。

 力の差は明白。

 漏れる観衆の吐息。


 誰もが既に彼の敗北を悟っていて。

 しかし、そこにあったのは人々が予想だにしない光景だった。


(あ、あの攻撃を)

(耐え凌いでる)


 均衡。

 ライアンが磨き続けたたったひとつの魔法式。

 挫折と苦しみの先で人生のすべてを賭して作り上げたその魔法は、


 たしかにその数秒、エステルの千年に届いていた。


「すごい」


 エステルは静かな声で言う。


「美しかったですよ」


 瞬間、荒れ狂う奔流がライアンを飲み込む。

 儚く霧散する炎の槍。

 静かに戦いは決着した。




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