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114 王宮魔術師団総長と精霊女王


 アーデンフェルド王国代表選手団。

 その日、代表選手の補佐を務める白磁級魔術師が受け取ったのは一通の封書だった。


 王国から届く封書の受け取りは彼が担当する仕事のひとつになる。

 中身を確認して、彼は頭の中が真っ白になった。


 小さく音を立てて床に落ちる書状。


「なにやってんだよ」


 笑って拾い上げた同僚は差出人の名前を見てそのまま凍り付く。


「お、おい、これって」

「早くレティシアさんにお伝えしないと」


 宿舎の廊下を走る。

 代表選手団の責任者を務めるレティシアの部屋へ。

 練り上げられた強い魔力の気配。

 いつもはノックの前に心の準備が必要な上官。


 しかし、今は緊張することさえも忘れている。


「どうぞ」


 凜とした扉の奥からの声。


「失礼します! 緊急のご報告が!」


 扉を開けて、伝えるべき情報を言葉にした。


「総長様が! 王宮魔術師団総長様が我々の視察に――」







 ◇  ◇  ◇


 魔導国から馬車で北東に進むこと数日。

 到着した帝国領――封印都市グラムベルンは、湖に面した美しい街だった。


 真円に区画された街の構造は、この地の地下深くに古竜を封印した伝説の魔法使いグラハム・リースベニアの大魔法陣をなぞるように作られている。


 千年前に作られた魔法陣と古竜が放出する魔素が、周辺地域の地質を変容させ始めたのが数百年前のこと。


 以来、質の良い魔鉱石資源の産地としてグラムベルンは発展。

 今では、西方大陸で最も多くの利益を生む都市として、帝国の躍進に大きく貢献している。


 そんな都市の中心部に作られた闘技場は、視界全面を覆うほどに大きく荘厳な雰囲気をたたえていた。


 石造りの円形闘技場は四階建てで各階層ごとに異なる様式のアーチが用いられている。観客席は一日に二十分以上日差しが当たらないよう工夫がされた構造になっていて、最大で八万人もの観客を収容できるとのこと。


 気が遠くなる規模感は、私から現実感を奪い去っていた。


 あー、古竜せんべいおいしいなぁ。


 名物のお菓子を食べながら、ぼんやりと大きな会場を見つめる。


 一方で、私のいる王国選手団も落ち着かない非日常の中にいた。

 同行してくれている百戦錬磨の先輩達を動揺させているのは、これから起きるらしいひとつの大きな事柄。


 王宮魔術師団総長様の視察。


 魔法の世界を知らない人からすると、『そんな大きな事?』って思うかもしれないけど、実際のところこれがとんでもないことなのだ。


 刻限の魔法使いと呼ばれるこの方は、人類史上初の時間遡行魔法を成功させた王国史の中でも類を見ない大賢者様。


 私が一番得意な《固有時間加速スペルブースト》もこの人が発明した魔法のひとつになる。


 そんな王国で最も偉大な大魔法使い様は、魔法の研究がとにかく大好き。

 他の仕事はすべて部下に任せて自分の研究に没頭しているため、姿を見たことがある王宮魔術師もほんのわずか。


 現時点で最後に存在が観測されたのは十二年前という、幻の動物より出会えない人なのだ。


 そんないろいろな意味で規格外の人が現れるかもしれないということで、先輩たちもなんだか浮ついた雰囲気。


「あ、握手してもらえたりするのかな」

「恐れ多すぎるだろ。お姿を拝謁できるだけでもとんでもないことなのに」

「やばい。緊張しすぎてお腹の調子が」


 なんだかガウェインさんにサインもらおうとしてた入団初日の私みたい。


 私もサインもらう準備しておかなくちゃ!


 浮き足立つ人たちの一方で、まったく浮ついていない人もいる。

 親友――ルーク・ヴァルトシュタインはまるで何も起きてないかのように、同じルーティンで習慣化した練習を積み上げていた。


「あんた、ほんとこういうの興味ないよね」


 休憩時間に声をかけると、


「どうでもよくない? 会ったところで魔法の腕が上がるわけでもないし」


 自明のことみたいにそんなことを言った。


「でも、魔法が格段にうまくなる裏技とか教えてもらえたり」

「そんな裏技あるわけないでしょ。楽な道も近道もない。うまくなるには質の高い練習を人より多く積み上げるしかないんだから」

「そう言われればたしかに」


 ほんと考え方がストイックでしっかりしてるよなぁ。

 私なんかは、楽してずるしてうまくなる方法とか無いかなって時々考えたりしちゃうのに。


「あんたは将来偉大な魔法使いになるよ。そのままその調子でがんばりなさい」

「師匠みたいな顔しないで」

「息子が真面目な子に育ってお母さんうれしいわ」

「母親みたいな顔もしないで」


 ルークはやれやれ、とため息をついてから言った。


「僕は絶対に勝たないといけないから」


 自分に言い聞かせるような言葉だった。

 その横顔が、やけに記憶の中に残った。






 ◇  ◇  ◇



 神聖フェルマール帝国外交局が所有する迎賓館。

 屋敷の東にある温室は、精霊女王エヴァンジェリン・ルーンフォレストが自らのために用意させたものだった。


 周りに樹木はなく、日の光がたっぷりと射し込む大きなガラス張りの温室。

 その中に閉じ込められているのは完璧な春そのものだ。


 咲き誇る色とりどりの花々。

 美しい水色の蝶が羽根を休めてその蜜を吸う。


「おかえりなさい。待っていたわよ、シンシア」


 白いテーブルに広げられたティーセット。

 森妖精エルフの女王は真紅の紅茶を一口飲んでから言う。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。本来はもう少し早く戻ってくるつもりだったのですが」


 落ち着いた所作で一礼するシンシア。


「いいのよ。それだけ興味深い相手だったということでしょう」


 エヴァンジェリンは目を細めてカップを揺らす。


「直接見た印象はどうだった?」

「想像以上でした。人間離れした術式展開速度と状況判断能力。とはいえ、それだけでは千年以上に渡って魔法の神髄を研究してきた私たちには及ばない」


 シンシアは言う。


「注視すべきなのは戦いを重ねるごとに彼女が力を増しているように感じられたことです」

「個人魔法戦闘の大会に出るのは初めてという話だったものね。経験を積んでいない分、成長も早い。何より、彼女には未だ限界が見えない特別な力がある」

「どうして、そのことを……」


 息を飲むシンシア。


「わかるわよ。私はこの世界の女王だから」


 エヴァンジェリンは微笑んで紅茶を飲む。


「早く戦いたいわ。一回戦で当たれたらよかったのに」

「彼女の本戦出場をよく思っていない者達が裏で動いているようですからね。人間には人間の思惑があるようですので」

「どうでもいいじゃない、そんなの。この世界の女王である私が言ってるのよ」

「この世界の女王だと思っているのはエヴァンジェリン様だけですから」

「ほんと大迷惑だわ。アーデンフェルドの王宮魔術師団長もこの地に向かってるみたいだし」


 その言葉にシンシアは思わず息を呑む。


「刻限の魔法使いが、ですか?」


 戸惑いを含んだ言葉に、唇をとがらせてエヴァンジェリンは言った。


「そうよ。あのムカつくいけ好かない魔法バカ」

「ですが、あの方は十二年前から姿を消していて、死んだという噂も」

「あれが死ぬわけないでしょう。どうせまた時間遡行魔法の実験に失敗して十二年後に転移したとかそんなところよ」

「たしかに。あの方ならありそうな話ではあります」

「なんでこのタイミングなのよ。あれがいるとなると、落ち落ちあの子と戦いにもいけないじゃない」

「いや、行ってはダメですからね。出場者が試合以外で戦いなんて」

「………………」

「エヴァンジェリン様?」

「こういうのってダメと言われたら、やりたくなるわよね」


 つぶやきに対して、シンシアの反応は早かった。


 無詠唱で高速展開する魔法式。


 瞬間、エヴァンジェリンの身体は幾重にも絡まった茨の鎖によって拘束されている。


「行かせませんよ。長い付き合いですからね。エヴァンジェリン様の行動を予測して対策をさせていただきました」

「見事な魔法ね。素晴らしいわ。王として貴方を誇らしく思う」


 エヴァンジェリンはいたずらっぽく微笑んで言う。


「でも、残念。それくらいじゃ私は止められないの」


 直後、視界を埋め尽くしたのは蝶の群れだった。

 エヴァンジェリンを拘束していた茨が発光する蝶に変化して、ひらひらと周囲を舞っている。


 鮮やかな光の奔流。

 その最後の一筋が消えたとき、エヴァンジェリンはそこにいなかった。


「あの方は、本当に……」


 苦々しげに言って、植物園の外へ急ぐ。


(大変なことになってしまう。なんとかして止めないと)


 しかし、同時にどこかで気づいていた。

 この世界の女王と自らを称する自由奔放な師を止める術を、自分は持ち合わせていないことを。




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