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110 快進撃と裏側


 大事な初戦を無事突破したことで、私たちアーデンフェルド王国代表は波に乗った。


 二戦目では全員が相手を寄せ付けず快勝。

 前評判を覆す強さだと魔導国の中でも話題になっている様子。


 私も会場周辺で声をかけられることが増えた。


「あ! 小さいけどがんばってるおねーちゃんだ!」

「小さくないよ!」

「おお、ちびっ子アーデンフェルド代表! 次もがんばれよ!」

「だから小さくないです!」


 私の場合、なぜか抗議が必要な声が多いけど。

 どうやら、小さいながらがんばっているマスコットキャラみたいな枠で見られているらしい。

 スタイル抜群最強大人女子の私になんという無礼な評価! 許せん!


「負けられない重圧の中よくぞここまで勝ち進んだ。見事な戦いぶりだ、二人とも。戦友としてお前達を誇りに思う」


 ライアン先輩は私たちの肩をたたいて言った。

 出場者の中でもかなり若い部類の私とルークなので、先輩からするとサポートしないといけない後輩という意識があるのだろう。


「当然のことをしてるだけなので」


 平然と言うルークに、ライアン先輩はにっと笑う。


「いいぞ。それでこそ俺のソウルフレンドだ。お前なら絶対できる。人生がどんなに大きな試練を与えてこようと立ち向かえる! さあ、一緒に夕日に向かって走り込むぞ!」

「遠慮しておきます」


 塩対応のルークだったけど、先輩はそんな反応をむしろ面白く感じている様子。

 ことあるごとに寄っていって声をかけて、なんだかんだ仲良くなっていた。


 なんというコミュニケーション能力の高さ。

 すごい人だなぁ。特殊な人だけど。

 感心していたそんなある日のことだった。


「ライアン先輩がいない?」


 調整を手伝ってくれてるスタッフさんの言葉に、私は言った。


「はい。どこかで見かけませんでしたか?」


 どうやら先輩に伝えたいことがあるらしい。


 急いでるみたいだし、私も探してみるか。


 運の良いことに、そこまで時間をかけずに見つけることができた。

 会場に隣接した公園の水飲み場。


「先輩、スタッフの人が探してましたよ?」


 声をかけて、私は息を呑む。


 顔を俯けた先輩の足下には――多量の吐瀉物。


「あの、えっと」


 戸惑う私に、先輩は言った。


「誰にも言わないでくれ。頼む」






「まさかスプリングフィールドに見つかってしまうとはな。不覚だった」


 無事危なげなく勝った試合の後、ライアン先輩は言った。

 落ち着いたいつも通りの試合展開。

 動揺してないことに安堵した後で、私の頭をよぎったのはひとつの可能性だった。


「もしかして、吐いてるの今日だけじゃないんですか?」

「どうして?」

「あまりにもいつも通りに見えたので。私が声かけた後もすごく落ち着いてましたし」

「噂通りの状況判断力だな、スプリングフィールド」


 先輩は苦笑して言う。


「試合前はいつもそうだ。怖くて逃げ出したくてたまらなくなる。また負けるんじゃないか。否定されるんじゃないかって」

「また?」

「…………」


 少しの沈黙。

 やがて、苦笑いして先輩は言った。


「俺は元々マイナス思考で心が弱いんだ。小さい頃からいつも負けてばかり。兄弟の中でも一番出来が悪くてな。毎日のように両親に言われていたよ。『お前なんていなければよかった』と」


 思い出をなつかしく振り返るような声だった。


「自分がみじめで仕方なかった。どうして他の兄弟にできることが俺にはできないのか。比べるたびに苦しくて耐えられなくてな。でも、そんなときに思った。みんなが俺のことを否定しても、俺だけは俺を肯定してやろう。好きになる努力をしよう、と」


 街路灯の下、言葉が続く。


「もちろん簡単にはできなかった。俺は自分が嫌いだったし、出てくるのは自己否定の言葉ばかり。だから意識して自分を応援するようにしたんだ。否定したくなる気持ちを押さえ込んで、懸命に自分を肯定しようと努めた。努力する自分に心の中で声をかけた。『がんばれ、俺。できるぞ。それでいいぞ』と。そうしたらいろんなことが変わり始めたんだよ。兄弟との差が少しずつ詰まり始めた。気がつくと追いついて、追い抜いて――俺は俺を肯定することで変わることができたんだ。そのときに思った。みんなが自分を肯定できるように応援するのが、乗り越えられた俺の使命なんじゃないか、と」

「それであんな熱血な感じに」

「そういうことだ」


 先輩は言う。


「この最終予選、俺は両手で足りない数の相手に厳命されている。『絶対に勝て。主将として全員を突破させろ。敗北は許されない』と。だが、負けたっていいんだ。勝てなくても自分を肯定する。勝負に負けても人生に負けないこと。それが何よりも大切なことだって俺は知っている」


 自分に言い聞かせるような言葉だった。

 それから、続けた。


「スプリングフィールドも負けて良いからな。誰が何を言おうと俺はお前を肯定する。結果が出せなくてもいい。責任は俺が取る。だから思い切りやってこい」


 国を背負う代表選手としての重圧。

『敗北は許されない』という命令。

 プレッシャーの中でそれでも自分ではない誰かのことを励ませる。


 すごい人だな、とそう思った。


 あたたかい言葉を大切に反芻する。

 それから、先輩を見上げて言った。


「先輩も負けていいですからね。誰が何を言おうと関係ありません! 私は先輩の味方なので!」


 先輩は一瞬驚いたような顔をしてから、


「ありがとな」


 とにっこり笑って言った。




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