109 先輩と後輩
「よくやった、スプリングフィールド! これで全員初戦突破だな!」
控え室に戻った私を、ライアン先輩は弾んだ声で迎えてくれた。
「共にこの最終予選に向けて鍛練を積んだ二人の活躍が俺は自分のこと以上にうれしい。素晴らしい戦いだった。お前達を誇りに思う」
「先輩……!」
褒められて瞳を輝かせる私と、
「ノエルとの距離が近いです。離れてください」
先輩と私の間に入るルーク。
ほんといつも守ろうとしてくれるんだよなぁ、この人は。
ちょっと過保護な気もするけど、でも悪い気はしないというか。
大切に思ってくれてるのが伝わってきて胸があたたかくなる。
しかし次の瞬間、視界の端に映ったその人のことで私はいっぱいになっていた。
今の私が考える、世界褒められたい人ランキング第一位。
憧れかっこいい大人女子、レティシア先輩!
「レティシアさん、勝ちました! 勝ちましたよ!」
駆け寄って報告する。
いつも忙しそうな先輩と合法的に話せる貴重な機会だ。
大好きな先輩の成分をたくさん補給しておかなければ。
「すごくいい試合だった。お疲れ様」
かっこいいなぁ。
素敵だなぁ。
これだけかっこよくてやさしい素敵な先輩なのだ。
みんな、レティシアさんとお話ししたいと思っているはず。
しかし、譲るわけにはいかない。
私はもっと先輩と仲良くなりたいのだ……!
「あ! 次の試合の対策とかありますか? 私、レティシアさんの作戦が聞きたいです」
「聞いておく? そこはノエルさんの希望に合わせようと思うけど」
「お願いします! あっちで作戦立てましょう、作戦!」
言って、レティシアさんの手を引く。
ふっふっふ、これで先輩の時間独り占め。
これぞ知的で天才的頭脳を持つ私の完璧な計画。
あまりの手際の良さに、ルークとライアン先輩も『やられた……! 俺も先輩と話したかったのに……!』と思っているに違いない。
ああ、大人女子の匂いがする。
柑橘系の素敵な香りにうっとりしつつ、先輩の手を引く私だった。
◇ ◇ ◇
「ほう、もう次の試合のことを考え始めているとは。さすがスプリングフィールド。取り組む姿勢が並とは違う」
感心した様子で言うライアン・アーチブレットに、
(いや、絶対そんな殊勝なことは考えてないな、あれは)
ルークは心の中で思う。
勝ち誇るように彼女が一瞬彼を見たあの目。
どうせ、『勝った……! これで先輩の時間独り占め!』とか思っているのだろう。
ほんとなんでそういう斜め上の方向に行くのか。
まあ、楽しそうなあいつの姿は悪くなかったけど。
むしろ、ずっと見ていたいくらいに思ってる自分がいるけど。
「なあ、ヴァルトシュタインよ。俺たちも、これからの野望を語り合うことにするか」
「結構です」
「まあ、そう遠慮するなソウルフレンド。お前の中にある熱い思いを俺に見せてくれ」
「そういうのないので」
「いいんだよ。わかっている。ガウェイン隊長からすべて聞かされたからな。友として、お前のすべてを俺は許そう。たとえ、お前が学生時代から片思いしている相手の傍にいたくて相棒を選んでいたとしても――」
「帰ったらあの人絶対殴る」
固く決意するルークだった。
◇ ◇ ◇
『お願いします! あっちで作戦立てましょう、作戦!』
そう言って手を引く後輩を、レティシアは少し意外に思いつつ見つめていた。
入団直後から、不思議なくらい自分に懐いてくれた彼女。
寄ってきてくれて、話しかけてくれて、頼ってくれて。
そんな彼女の姿はレティシアにとってあまり経験の無いものだった。
『ごめんなさい、忙しかったですよね。これからはご負担にならないよう気をつけますので』
昔から、人並み外れて能力が高かったレティシアは、近づきづらい存在と捉えられることが多かった。
好いてもらえることも多いし、十分すぎるくらいに評価もしてもらえている。
だけどその反面、周囲との間に感じる見えない壁。
高い能力ゆえの遠慮や気遣いが少しだけ寂しい。
そんな感覚。
とはいえ、だからといって思い悩むほどレティシアは子供ではない。
他人の評価は自分でコントロールできるものではないし、気にしていても疲れるだけだと割り切っている。
人生は思うようにならないものだし、みんなどこかにこういう小さな寂しさを抱えながら、日々を生きているのだろう。
私は人に懐かれづらいタイプの人間なのだ。
そんな風に思っていたのに。
『先輩先輩! 外でおいしそうなクレープ売ってたんで買って来ました!』
不思議なくらい寄ってきてくれるかわいい後輩。
(彼にはちょっと申し訳ないけど)
自分たちを見送るルークの顔を思いだして、レティシアはくすりと微笑んだ。
(でも、悪くないわね)