107 初戦
国別対抗戦最終予選。
組み合わせ抽選会が行われたのは私たちが魔導国に着いた翌日のことだった。
会場中に漂う強者の気配。
これからこの人たちと戦うのか……。
個人魔法戦闘の大会に出るのは初めて。
国内の大会に出たこともなく、経験で言えば他の出場者さんに比べてはるかに少ない私だ。
初の大会が国際大会。
それも国の威信をかけた最終予選になるなんて。
必然、私に対する評価もかなり厳しいものになっている様子。
平民出身の上、キャリアが浅いということで、気兼ねなく低評価がつけられる相手と認識されているのだろう。
上等だ!
評価が低いなら、ひっくり返すまで!
そのためには、低く見られているのもむしろ好都合。
警戒されてるよりずっと、戦いやすい。
出場に値する力があると評価してくれた。選んでもらったのだ。
少しでも良い結果でお返しできるよう、必要な準備を丁寧にやっていこう。
「初戦の相手はアレッサンドロ・ヴォルテラ。ブランダール公国最強の魔法使い。重力魔法を極めた個人戦闘のスペシャリストよ。この最終予選で最優と称される魔導国の魔法使い三人には一歩劣るものの、十分本戦に進む力があると言われてる」
試合に向けて、レティシアさんから情報を教えてもらいつつ対策を進める。
「経験も豊富で穴と呼べるような部分もほとんどない。ただ一点、最高出力で魔法を連続して放つ際、術式精度がわずかに下がる傾向があるというのが調査班の分析ね」
唯一の弱点として説明された術式精度の低下もほんのわずか。
私が考えたこともない細かいディティールの話だ。
知れば知るほど、格上の相手。
でも、だからこそ燃えてくる。
何より、大好きな魔法を全力でぶつけられるのだ。
役立たずと言われて雑用しかさせてもらえなかった魔道具師時代の日々を思えば、これ以上の幸せないっての。
最終予選初日。
満員の観客が詰めかけたフィールドに私は立つ。
◇ ◇ ◇
国別対抗戦最終予選初日。
会場は、周辺国中から集まった観客でいっぱいになっていた。
魔法への関心が強い魔導国において、国別対抗戦は国民的行事。
大観衆の中には、偵察を担当する各国の魔法使いも混じっていた。
自国の代表をサポートするため、対戦相手の情報を分析し弱点や癖を探す。
「次の試合は、アレッサンドロ・ヴォルテラか」
ブランダール公国最強と称され、希少な重力魔法の使い手であるその人は、各国から最も警戒される魔法使いの一人だった。
個人魔法戦闘において、経験と場数は戦況を大きく左右する。
その点、使い手が少ない希少な系統の魔法は対策が立てづらく、難しい戦いになりやすい。
「状態も極めて良い。過去二週間で練習相手を九人、病院送りにしてる」
「公国史上最強の魔法使いと称されるだけのことはある仕上がりだな」
うなずきあってから、二人は向かい合う小柄な魔法使いに目を向ける。
「対戦相手は、ノエル・スプリングフィールドか」
「王国では新進気鋭の魔法使いとして話題らしいが」
「国際大会はおろか、個人魔法戦闘の大会に出ること自体初めて。純粋な魔法の技術以上に個人戦闘に特化した準備と経験が必要なのが国別対抗戦だ。まあ、結果は見えてるな」
個人戦闘の経験も乏しい上に、相手が各国から最も警戒される魔法使いの一人とあっては勝てる可能性はほとんどないと言っていい。
「一方的な試合になるぞ」
「何分持つか、見物だな」
◇ ◇ ◇
試合開始直後、公国最強の魔法使いが起動したのは破壊的な重力で一定空間の物質を押しつぶす重力魔法だった。
《重力崩壊》
当たれば即致命傷の強力な魔法。
複雑な魔法式を瞬時に無詠唱で起動する、その一瞬だけで相手が常人とは次元が違うことを痛感させられる。
《固有時間加速》
固有時間を加速させ、攻撃をかわす。
破壊力はとんでもないけど、当たりさえしなければ――
しかし、そんな私の考えはすぐに裏切られることになった。
《重力狂飆》
自身の周囲にある地盤を破壊的な重力で粉砕し、その破片を弾丸として放つ範囲攻撃魔法。
殺到する弾丸の雨。
私の周囲全域を覆う範囲攻撃。
純粋な速度ではかわしきれず、風魔法でなんとか相殺する。
しかし、防ぎきれない。
頬をかすめる破片の弾丸。
質量を持った物体を利用しての攻撃に対して、風魔法での対処は難しいものになる。
的確な状況把握。
相性的な優位を利用しての攻撃。
少しずつフィールドの端へと押し込まれる。
(この人、強い……!)
力の差は明らか。
私の処理能力ではとても対処しきれない猛攻。
だけど、そういう状況にどう対応すれば良いのか、私は知っている。
慌てない。落ち着いて。
冷静に、できることからひとつずつ――
◆ ◆ ◆
ブランダール公国最強の魔法使いであるアレッサンドロ・ヴォルテラにとって、初戦で向かい合った小さな魔法使いは決して警戒が必要な相手ではなかった。
「初戦のノエル・スプリングフィールドは対策の必要もないと思われます」
偵察班の見解も対策不要の一言。
しかし、そんな格下の相手だからこそわずかな気の緩みが敗北に直結すると彼は考えていた。
初戦の入り方はその後の戦いにも大きく影響する。
万全の準備を整えて当日を迎えた彼は、向かい合う小柄な魔法使いを分析する。
(若いが相当量の鍛練を積んできている。魔力量もかなりのもの。だが、穴も多い)
対戦相手を高く見積もって準備をする彼にとって、実際に対峙した彼女は想定していたよりも戦いやすい相手であるように見えた。
試合開始直後、彼女が起動した《固有時間加速》の速度も想定内。
他の魔法使いでは無理でも、自分なら十分に対処することができる。
(警戒していたほどではないな)
しかし、それでも彼は気を引き締める。
心の隙は敗北に直結する。
格下の相手だからこそ、最も確率の高い戦い方で確実に勝利を目指さなければならない。
(奥の手を隠し持っている可能性もある。一気に決めにいってリスクを犯すのは得策じゃない。地力の差を生かして少しずつ着実に削る)
自身が放つ重力魔法と破片の弾丸は、彼女の風魔法を精度の部分で明らかに上回っていた。
敵は少しずつ体力を削られている。
勝負を急ぐ必要は無い。
(このまま確実に押し込んで安全勝ちを――)
盤石の状況を作り、魔法の出力を上げようとしたその瞬間だった。
全身を襲う正体不明の悪寒。
経験したことの無い異質な魔力の気配。
(連射速度が上がって……!?)
異常な速さで高速展開する魔法式。
相性的に不利な状況にもかかわらず、攻撃を相殺できるところまでその起動速度が加速している。
いったい何が起きているのか。
背筋に冷たいものが伝うのを感じつつ、彼は思う。
(こいつ、ただ者じゃない……!)