105 最終予選への日々
王宮魔術師団特別演習場。
ルーク・ヴァルトシュタインが小さな魔法使いを医務室に運び込んだその直後のことだった。
「怒るな。必要な措置だった」
そこにいるのが誰なのか。
声をかけられる前からわかっていた。
ひりつくような強大な魔力の気配。
ガウェイン・スターク。
炎熱系最強と称される業炎の魔術師。
「わかってますよ。お二人が行かなければ僕が止めてました」
「その割には電撃の切っ先が俺たちに向いていたが」
「それは反射というか何と言うか」
「どこまでもあいつ最優先なのな」
「……いいじゃないですか、それは」
目をそらすルークに、ガウェインは言う。
「お前、ほんと変わったな」
「そうですか?」
「一年目のお前しか知らないやつは目ん玉飛び出ると思うぞ。未だにあの頃のお前の冷たい声がトラウマになって怯えてる連中いるんだから」
「申し訳ないと思ってますよ。あの頃は余裕がなかったので」
失って気づいた大切な存在。
別の道に進んだ彼女とまた一緒にいたくて、傍にいてほしくて。
他のものすべてを顧みず、結果を出すためだけに奔走した日々。
「お前のがんばりには頭が下がる。質の高い努力を誰よりも多く積み重ねて圧倒的な速さでここまで来た。まさかそのすべてが学院時代から片思いしている平民女子のためとは皆夢にも思ってないだろうが」
「それ言うなってずっと言ってますよね」
「王宮魔術師団でもお前に勝てる相手はほとんどいない。聖宝級魔術師とも十分戦える域まで到達しつつある」
ガウェインは少し間を置いてから言った。
「万全の状態なら、だが」
ルーク・ヴァルトシュタインは深く息を吐く。
「気づいてましたか」
「見てればわかる」
「止めないでください。僕は出ます」
「わかってるよ。お前の人生だ。決断に責任が持てるなら、後はやりたいようにやればいい」
ガウェインは言う。
「ただ、国別対抗戦は連戦だ。戦いを続けるにつれ、コンディションはさらに悪くなる。その状態でお前は」
ルークを一瞥して続けた。
「本物の最強と戦うことになるぞ」
沈黙。
やがて、ルークは言った。
「望むところです」
「覚悟ができてるならそれでいい」
ガウェインは軽く微笑んでうなずいた。
「隊長命令だ。絶対無事に帰ってこい。無理しすぎんなよ」
最後に言ったその言葉が、彼が最も伝えたかったことなのだろう。
(ほんと身内に甘い)
評判通りのその人柄に苦笑する。
こんな自分を身内と思ってくれていることをありがたいと思う。
だけど自分が止められる状態にないこともわかっていた。
誰が相手だろうと乗り越えるだけ。
最強の絶対王者だけじゃない。
たとえ、それが他の何より大切な存在だったとしても――
覚悟を胸に、ルーク・ヴァルトシュタインは前に進む。
◇ ◇ ◇
演習場の医務室。
目を覚ました私を先輩たちはたくさん褒めてくれた。
「よくぞ……! よくぞ生き残ってくれた新人ちゃん!」
「ありがとう……! 本当にありがとう!」
「その調子でこれからも他の隊にえらぶれる成果を上げ続けてくれ! 頼んだぞ!」
公開練習の結果、大王宮の中でも私の選出を否定する声は小さくなり、応援ムードの方が強くなっている様子。
ひとまず危機を免れたようで一安心。
でも、重要なのは何より本番の結果だ。
厳しいかもしれないけど、期待に応えられるようがんばるぞ!
励む猛練習。
どれだけ繰り返しても、やめたいなんて少しも思わない。
やりたくても、させてもらえなくて。
みんなにできないと言われて、期待されなくて。
そんな日々を思えば、大好きな魔法ができる毎日は私の幸せそのものだから。
一方で練習量の増加に伴って、私のお家でのダメ人間指数はさらに上昇。
疲労回復を言い訳に、ベッドの上でごろごろしながら、がんばった自分へのご褒美を満喫する。
クレープを食べてワッフルを食べてカスタードタルトを食べて。
「えへへ。しあわせー」
欲望のままひたすらごろごろする私に、お母さんは「こんな子、絶対誰ももらってくれない……」と絶望したり、「あの方、本当にこれでいいのかしら……」と頭を抱えたりしていた。
とはいえ、お母さんも私ががんばっているのはわかってくれている様子。
最終予選に向けて出発する前には、気持ちのこもった応援をしてくれた。
「しっかりやってくるのよ。大勢の人たちの前で活躍する姿を見せれば、あの方も魅力的な子だと勘違いしてくれるかもしれない。幼児体型で女子力も壊滅的、女としての魅力が皆無の貴方が一発逆転するにはそれしかないわ!」
「誰が魅力皆無だー!!」
気持ちのこもり方が特殊すぎて、断固抗議せざるをえなかったけど。
色気たっぷりかっこいい系大人女子な私になんてことを言うんだ、まったく!
ともあれ、最終予選が行われる一週間前。
手配してくれた豪奢な馬車で私たち代表選手は最終予選の開催地である魔導国リースベニアへと出発することになった。
「わっ! ルーク様! 今日もお美しい! 素敵!」
「ライアン様! 俺、一生着いて行きます!」
「見て見て! レティシア様もいるわ!」
王宮前の通りには、見送りのためにたくさんの人が詰めかけていた。
私も学生時代は見に来てたっけ、と思いだす。
今年は王国も力を入れているだけあって、人の数も例年より多い。
問題は私に対する応援の声がまるで聞こえないことだった。
窓から顔を出し、すまし顔で声援待ちをしてみるけれど、まったく反応がない。
おかしいな。普通代表選手ってだけで応援の声があるものなんだけど。
首をかしげつつ、観衆の声に耳を澄ます。
「ノエル様、いないな。俺応援しに来たのに」
お! 応援しに来てくれた男の子発見!
学生さんなのだろう。
身長的に中等部くらいの子かな?
友達と一緒に見送りに来てくれたらしい。
馬車の窓から顔を出し、「ここだよー!」とさりげなくアピールする。
さあ、思う存分応援していいよ! さあ!
応援待ち体勢になっていた私に、男の子たちは言った。
「なに、あの小さい子。めっちゃアピールして来てるけど」
「関係者の子供じゃないか?」
「代表選手があんなアピールするわけないしな」
子供だと間違えられていた。
中等部の子に子供扱いされるって……。
どうやら、みんな私を代表選手ではなく、関係者の子供だと思っている様子。
ひどいよ……こんなのってないよ……。
絶対活躍してやろう。
そして、もっと牛乳を飲もう。
密かにそう決意する私だった。