103 特別公開練習3
「一方的だな……」
つぶやいたのは戦いを見つめていた観衆の一人だった。
「いや、よくやってるよ。あのレベルの魔法使い十人相手にあそこまで凌げるやつはそう多くない」
隣に座るもう一人が言葉を返す。
「とはいえ、もうノックアウトされるのも時間の問題だが」
急遽決定したこの特別公開練習。
始まって間もないにもかかわらず、観衆たちは戦いの終わりを予感していた。
両者の力の差は明らか。
格下の相手に対しても、熟練の魔法使いたちはまったく手を緩めない。
轟音。
連携して放たれる魔法の余波が大地を揺らす。
「なんて威力……」
息をのむ観衆たち。
おそらく、試合を組んだ者もここまでの差は想定していなかったのだろう。
誰かのつぶやきが漏れる。
「結果は見えた。一人で戦えるような相手じゃない」
◇ ◇ ◇
炸裂する爆轟を紙一重でかわす。
何重にもかけられた強化魔術。
連携して放たれる魔法は、かすっただけで即致命傷の常軌を逸した破壊力。
十対一。
あまりにも大きな数の差は、そのまま絶望的な力の差として私と先輩たちを隔てている。
まともに対応していたら、まず勝機なんてない。
落ち着け。
大丈夫。
どうすればいいか、私は知っている。
『無理ですよ、こんなの……』
社会に出て、最初に経験した絶望的な状況。
『無理は嘘つきの言葉だ。いいからやれ』
世界は残酷で、理不尽なことばかりで。
だけど、負けてたまるかってずっと思ってた。
絶対に押しつぶされてなんてやらない。
できることをひとつずつ積み重ねよう。
どこまで通用するかはわからないけど。
行こう。
やれるだけのことをやる。
それだけ――
◇ ◇ ◇
王宮魔術師団七番隊に所属する聖銀級魔術師、ジェフリー・メイフィールドは自身の魔法攻撃をかわす小さな魔法使いの姿に、感心せずにはいられなかった。
(固有時間を加速させる魔法。外から見たことはあったが、相対するとここまで速いとは)
経験豊富な精鋭十人での連係攻撃。
致命傷をもらわず、耐え凌いでいることだけでも彼女が評価に値する実力の持ち主であることがわかる。
(なるほど。たしかに、ここまで結果を出し続けているだけのことはある)
ガウェイン隊長や王子殿下が期待する理由も理解できた。
単純な速さだけなら既に王国でも最上位クラス。
格上の相手に対しても自分を見失わず最も可能性の高い選択をし続ける心の強さも兼ね備えている。
間違いなく逸材。
この先どれほど大きな魔法使いになるのか。
入団一年目でここまでのものを持っていれば、そう期待してしまうのも自然なことだ。
しかし、今回はそれが災いした。
飛竜種騒ぎ、剣聖との御前試合、最高難度迷宮。
恵まれた成果により肥大化した期待は、彼女の実像を超えて手の届かない域まで達してしまっていたのだろう。
勝負にさえならないマッチメイク。
波乱など起きようがない絶望的な戦力差。
戦いは、誰もが予感していた通りの経過をたどった。
連携し、袋小路に追い込むジェフリーたち。
獅子が鼠を狩るにも全力を尽くすように、魔術師たちの思考には一点のゆるみもない。
(終わりにしよう)
幾重にも起動する魔方陣。
十の魔術師による攻撃魔法の雨が、ノエル・スプリングフィールドに向けて殺到して――
瞬間、ジェフリーたちを襲ったのは全身が凍り付くような感覚だった。
(なん、だ……?)
押しつぶされてしまいそうな強烈な魔力の気配。
何が起きたのかまったくわからない。
全身を叩く衝撃波。
質量を持った轟音が鼓膜を強振する。
粉塵の隙間から覗くその光景に、ジェフリーは言葉を失った。
(あの攻撃魔法の雨を一人で相殺した……!?)
いったい何が起きているのか。
目の前の事象を分析してジェフリーは息を呑む。
(風魔法で軌道を乱し、攻撃魔法同士を衝突させることで威力を相殺しているのか……!?)
とても人間業とは思えない超人的な空間把握能力と状況判断力。
ジェフリーの首筋を冷たいものが伝う。
(ありえない。想像以上だぞ、これは……)