―古城へ―
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「なあ……。
ルーフの奴は放っておいてもいいのか?」
領主が住むという城への道すがら、今まで姿を隠していた竜の目玉のファーブは、心配そうな様子でザンに語りかけた。
「……今はもう暫く独りで考えをまとめてもらった方がいいと思うんだ。
そうしなきゃ、またさっきと同じことを繰り返すだろ?」
(それに私も今は、顔を合わせづらいしね……)
と、ザンは心の中で言葉を付け足した。
いずれにしても彼女の言葉は、ルーフの方が譲歩してくれるというのが大前提で、自分自身は考えを曲げるつもりが無いということだ。
自身が意固地になっているという自覚が、彼女にはあるかどうか……。
それを察したファーブは、少し呆れた調子で答える。
「まあ……そうかもしれんが……。
じゃあ、後で捜しに行くからな?」
「ああ……頼む」
取りあえずルーフのことは、後回しである。
今のザンは「心ここにあらず」といった感じで、何処か落ち着きのない様子だった。
ルーフのことも気にはなっているのだろうが、それ以上にこれから会おうとしているアースガル領主のことで頭が一杯になっているようだ。
事実、天涯孤独だったはずのザンにとって、自身と同じ血を引くかもしれない人間との面会は、彼女のこれまでの人生の中でも上位に入るほど大きなイベントである。
この出会いが彼女の今後の人生に対して、一体どのような影響を与えるのか──それはまだ分からないが、期待と不安がないまぜになった複雑な感情に支配されてしまうのも当然だろう。
しかしルーフと別れようとしているのは、邪竜との戦いに巻き込まないようにする為である。
それなのに、これから新たな人間関係――しかも親族を増やそうとしている矛盾に、彼女は気付いていない。
まあそれだけ今は亡き母について、詳しく知りたいという気持ちが強いということなのだろうが……。
「本当にここが、母様の故郷なのかなぁ……?」
そんなザンの独り言に、ファーブは周囲の風景を見渡しながら答える。
「きっとそうだろ。
この辺の風景には見覚えあるな……。
あの山頂が変な形をした山なんか、たぶんベーオルフが吹き飛ばし……ハッ!」
過去の記憶を引っ張り出しつつ語っていたファーブは、唐突に口を閉ざした。
ジト目で彼を睨んでいるザンの姿に、気がついたからだ。
「そーいえば、父さんと戦ったことがあるって言っていたよな……。
ここでなのか……?」
「たぶん……」
「まさか……母様を、危険な目に合わせてはいないだろうな……?」
「た……たぶん」
「たぶんだァ?」
ザンの眼光が鋭くなる。
それを見てファーブは慌てて、焦りの入り混じった声で弁明した。
「いや、絶対!
俺は人畜無害だから大丈夫だって!」
「そぉ~かぁ~?
まあ、もうすぐ城に着くから、今はいいや。
でも、後でその時のことを詳しく教えろよな!」
(……あいかわらず、母親のことになると性格変わるよな……。
怖いよお前……)
ハッキリ言って、ザンはマザコンであった。
(それにしても……。
あの時ベーオルフと一緒にいた女が、ザンの母親だったのか。
道理でザンと最初に会った時に、なんか見覚えのある顔だと思った訳だ)
ファーブは過去を思い起こす。
確かに今にして思えば、あの時見た女はザンにそっくりだった。
そして彼にとって、生涯最高の戦いはこの地で行われた。
(本当にあいつは生きているのだろうか……)
ファーブはそのことが気がかりで仕方がない。
チャンダラという都市で、「ザンの父であるベーオルフが生きているらしい」という情報を得たが、あれ以来その確証は掴めていない。
「斬竜王」と讃えられ、最強にして偉大なる戦士であったベーオルフがもしも本当に生きているとのだししたら、それはザンは勿論のこと、彼にとっても喜ばしいことだ。
だが、なぜか嫌な予感が付きまとう。
(何故、生き残ることができたのだ……?)
確かにベーオルフほど能力の持ち主なら、「邪竜王」の強力な呪いに抵抗することができたとしてもおかしくはない。
しかし、ザンが別種族の血を引いていたが為に生き残ったように、ベーオルフも何者かの血を体内に宿していたとしたら──?
ファーブはチャンダラで出会った、リチャードのことを思い出した。
(もしも……あいつと同じように……)
ファーブがそんな最悪のケースに想像を巡らせたその時、ザンに呼びかけられて彼は思考を中断した。
「もう城に着くから、姿を隠しておいてくれ」
「ああ……わかった」
ファーブはスウッと姿を消した。




