―別れと出会いの予感―
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「別に今すぐにとは言わない。
でも、新しい移住先を見つけるのならば、早い方がいい……。
なんならこの街にでも……」
ザンはその言葉を、途中で止めた。
ルーフが目に涙を溜めて、彼女をじっと見つめていたからだ。
(「足手纏い」は言い過ぎたな……)
先ほどのそれは、ザンにとって心にも無い言葉だった。
確かにルーフは、戦いの足手纏いだというのは事実なのかもしれない。
だが、戦い以外のところで、彼女は沢山ルーフに助けられている。
ルーフの存在がどれだけザンの心の救いになっているのか――それはルーフ自身が思う以上に大きな役割を果たしていた。
だからこそザンは、これ以上ルーフを危険な目に遭わせたくはないのだ。
その為ならば、たとえ彼に嫌われることになっても構わない。
「……さっきの言葉は撤回しないからね」
「う…………」
ルーフは少しだけ呻き、そして――、
彼は店の外へと走り去っていく。
泣き顔を誰にも見せたくはなかったのだろう。
「あ……」
ザンは一瞬、ルーフを引き止めようとして立ち上がりかけたが、すぐに思いとどまって席に座り直す。
(いいさ……。
これで、決心してくれるのなら……)
暫くして、うつむいているザンへと店主が声をかけてきた。
「あの……お支払いはよろしいでしょうか……?」
「ああ……いくらになる?」
「はい、銀貨6枚と銅貨4枚になります」
(人が落ち込んでいるところへ、気の利かない親父だな……)
などと思いつつ代金を取り出そうとしているザンへ、店主はいかにも穏和そうな顔に心配げな表情を浮かべながら――、
「大丈夫ですか?
そんなに落ち込むのでしたら、すぐに追いかけて仲直りすればいいのに……」
と、ルーフとの和解を促した。
どうやら店主は、落ち込むザンを見かねて声をかけてきたらしい。
そっとして置くという選択肢もあったはずだが、全く気の利かない人物でもなかったようだ。
「いや……、大丈夫だよ。
……今あいつを追いかけたところで、どうせ同じことを繰り返すだけだし……」
(そんなに心配されるほど、落ち込んでいたのかな、私……?)
そう思うと照れ臭い。
「そうですか?
仲直りするなら早いほうがいいですよ」
「いいんだ、このままで。
それがあいつの為なんだから」
「詳しいことはよく分かりませんが……。
でも、それを……『自分が幸か不幸か決めるのはあの子自身』じゃないですかねぇ……」
そんな店主の言葉は、ザンの記憶の底で眠っていた扉をノックした。
「…………なんか、どこかで聞いたことがある言葉だな」
半ば独り言のザンの反応を受けて、店主は慌てて言い訳を始める。
「あ、あれ?
もう知っていらしたんですか?
今の言葉はね、昔ここら辺にあったアースガル神聖王国って国の、救世主様の受け売りなんですけどね。
誰に聞いたんです?」
(いや……さっきの言葉を聞いたのは……たぶん凄い昔だ。
子供の頃か?
……それにアースガル?)
「そういえばその救世主様は、あなたみたいな銀髪だったって話ですよ。
あ、嘘か本当か知りませんが、このアースガル地方の領主様も、その救世主様の血筋なんだとか。
実際、確かに奇麗な銀髪なんですよね。
ひょっとしてあなたも関係があるのですか?」
(あ……あるのかな?)
確かに母ベルヒルデが、アースガルという国の出身だったという話は、ザンもうろ覚えだが聞いたことがあるような気がする。
しかし200年前の「邪竜大戦」と呼ばれる竜達の戦争の煽りを受けて、当時存在していた国家の殆どは滅びたはずだ。
だからザンは、母の出身地である国も既に存在していないものだという認識だったのだが、そのアースガルが別の国の一地方領に姿を変えて今も存在しているとは、夢にも思っていなかった。
そんな彼女が何気なく立ち寄った街――それがアースガルだったというのも奇妙な偶然である。
「……その領主様ってのは、どこにいるんだい?」
「領主様ならこの街にいますよ。
ほら、街外れに古びた大きな城があるのを見ませんでしたか?
あ、でも下手をすると、この街よりも大きな城ですからね。
城とは気付かないで、市街地の一部だと勘違いする旅の方も多いそうで。
あれがアースガル神聖王国時代の王城だったとか……。
そこに領主様の一族が代々暮らしているんだそうです」
(だ……代々……?)
店主のその話が本当ならば、領主の一族はアースガル王族直系の子孫という可能性もある。
ザンはそんな人々と自身が、何らかの関係を持っているのかもしれないとしれないと思うと、少し戸惑った。
(母様の過去って、どんな風だったんだろう……?)
考えてみれば、父ベーオルフのもとへと嫁いでくる前の母のことはあまり知らない。
それに先ほど聞いた救世主の言葉――たぶんそれは、母からも同じ言葉を何度も聞いたことがあるような気がする。
これは一体何を意味するのだろうか?
それらの疑問は領主のもとへ行けば何か分かるかもしれない。
「ありがと!
ほら代金だ。
釣りはいらないよ」
ザンは気前よく1枚の金貨を店主に渡した。
「えっ!?
これ多すぎますよ!」
店主は目を剥く。
金貨1枚といえば提示した料金の、倍近い金額になる。
ちなみに、銅貨1枚あれば、この店の安いメニューなら1品程度は注文できた。
その銅貨が10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚分の価値となる。
「情報提供料だよ、とっておきなって。
それに料理美味しかったよ」
そう言ってザンは立ち上がり店の出口へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
やっぱりこれじゃあ貰いすぎです。
ですから、これを持っていって下さい!」
店主は慌てて厨房から何かを持ち出し、それを皮袋に詰めてザンへと手渡した。
「干し肉と……あと葡萄酒です。
旅をするなら持っていても損は無いでしょう?」
「……ありがとう」
ザンは微笑みながら礼を言う。
なんとまあ、良心的な人物なのだろう。
(この町がこんな人ばっかりなら、ここにルーフを住まわせるのも悪くはないな……)
そんなことを、ザンは考えるのであった。
銅貨1枚=500円、銀貨=5千円、金貨=5万円くらいの価値。ただし物価も違うので、物によってはもっと安価な印象になることもあります。




