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―昼食のひととき―

 昨晩に第3章のプロローグ部分を更新しています。

 とある田舎街の、とある小さな食堂――。

 昼食時を少し過ぎた時間帯の所為か、店内には客の姿が殆ど見られなかった。

 いるのは美しい銀髪をした20歳(ハタチ)くらいの女性と、女の子のように可愛らしい顔立ちをした10代前半くらいの男の子の2人組だけである。

 

 一見すると奇妙な組み合わせの2人だった。

 姉弟というには2人はそれほど似ていなかったし、かといって恋人同士と呼ぶには年齢が離れて――男の子の方が幼過ぎる。

 ましてや親子と呼ぶには年齢が近すぎた。

 

 おそらく女性の方が、何らかの理由で男の子の保護者役をしているのであろうが、果たしていかなる事情が2人の間にあるというのだろうか?

 ……と、食堂の店主は疑問と好奇心に満ちた視線を、密かに2人へと向けていた。

 

 だが、店主のそんな疑問も、1時間ほど経過するとどうでもよくなった。

 それ以上に大きな疑問が、2人に対して湧いてきたからだ。

 

(…………こ、こいつら、本当に人間か?)

 

 店主のそんな疑問も無理はない。

 それは2人が席についているテーブルを見れば、一目瞭然だった。

 テーブルの上には、積み上げられた食器の山、山、そのまた山。

 既に片付けられたものを含めると、30~40人前分はあるのではなかろうか。

 

 先ほどから、例の2人組は追加注文の嵐であった。

 店主としてもこれだけの売り上げがあれば、明日は丸1日休業しても赤字にはならないほどの稼ぎになるのでありがたいのだが、逆に食い逃げでもされれば、かなりの損害を被ることになるだろう。

 

 店主が先ほど「代金はちゃんと支払ってくれるのか?」と確認したところ、「金はある」との返事はあったが、これだけ常軌を逸した量の食事をする者達が、果たして常識的な行動をしてくれるものだろうか……と、不安になってくる。

 

 まあ、そんなに不安なら、代金を前払いにしてもらえばいいのだろうが、そういうことができない――というか、思いつかない辺りは、いかにも田舎の人間特有の純朴さとでも言おうか。 

 ともかく、そんな店主の思惑を余所(よそ)に、奇妙な2人組はひたすらと食事に熱中していた。

 

 実のところこの2人は、2ヶ月ほど前に厄介ごとに巻き込まれて以来、あまり人里に近寄らないようにしていた。

 その所為で食料は山菜や獣の肉などの大自然の恵みに頼ることになり、それらを自ら調達しなければならなくなった訳だが、冬半ばの今の季節では十分に得られるものではなかった。

 何日もロクに食べる物が無くて、ひもじい思いをしたことも1度や2度ではない。


 そんな2人にとって、今日は久々の豪勢な食事なのである。

 

 とは言え、いくら飢えていたにしても、やはり尋常な摂取量でないことは確かなのだが……。

 むしろ空腹で縮んだ胃には、重すぎる量だろう。


 ちなみに女の食器には、ピーマンやニンジンなどが選より分けられて残されていた。

 どうやら偏食の傾向があるらしい。

 

「……………………ルーフ、食いすぎ」

 

「……ふぁい?」

 

 銀髪の女――ザンに突っ込まれたルーフと呼ばれた少年は、口の中を料理でモゴモゴさせながら返事をする。

 

「私はともかく……普通の人間であるはずのお前が、何故そんなに食う……?」

 

 ザンの視線は、店の店主と同様に疑わしげだ。


(お前なんか変だぞ?)


 と、雄弁に物語っている。

 

 実際、2人の食事量はほぼ互角であった。

 一人頭、20人前近く食べているだろう。

 (ドラゴン)と戦う為に莫大のエネルギーを必要とするザンはともかく、普通の人間であるはずのルーフは、いくらなんでも食べ過ぎである。

 

「う~ん……でも、まだ腹八分目ぐらいなんですよねぇ」

 

「…………どうなってるんだ、お前の胃は?」

 

 ザンは少々たじろいだ。

 ルーフの腹に目を向けてみると、明らかに胃の容積を超える量の食物を口にしているにも関わらず、全く膨れていない。

 彼女も膨れていないので人のことは言えないが、なんだか物理的におかしかった。

 胃液が鋼鉄さえも瞬時に溶かしてしまうような、未知の溶解液でできているのではなかろうか。

 

 とにかく、最近のルーフはよく食べる。

 長旅の途中なので、それなりに栄養も必要だろうし、成長期ということもあるだろう……と、ザンは思っていたのだが、今日彼女はハッキリと確信した。


(ルーフの食事量は尋常じゃない!)


 と……。

 

 実際、先ほどからのルーフの食べっぷりは、冬眠を目前にした熊……いや、あるいはこれから蝶になる為に、大量の栄養分を必要としている毛虫の如きものだと言った方が正しいように思える。

 まさに、なにか別の生物へと進化する準備に勤しんでいるかのような、食いっぷりであったのだ。

 

(やっぱ、こいつも純粋な人間じゃないのかも……)

 

 ザンはそんな推測を確信に変えつつある。

 まあ、そのことを自覚していない――していないのである、何故か――ルーフに追求しても仕方がないので、彼女は食事を再開した。

 実のところ彼女もまだ腹八分目なのだ。


 ……そこで止めておいた方が健康には良いだろうに。

 だがこれからザンは、気が重くなるような話題をルーフに切り出さなければならない。

 その為に多少胃は痛むが、それでも食べる。

 その方が気が紛れるのだ。


 美味しい物を食べることは、今現在のザンにとって数少ない楽しみなのだから……。

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