― 夢 ―
今回はちょっと残酷描写があります。
少女は花畑の真ん中に、独りで立ちつくしていた。
そこはいつも遊んでいる、慣れ親しんだ花畑だ。
しかし少女は、大きな違和感を抱く。
(これと同じ風景は……もう無いはずだよ……)
少女は不安そうにキョロキョロと周囲を見回し、そして空に舞う竜の群れを発見した。
竜の群れは、西の空を目指して飛んでいる。
「──っ!!
駄目っ、行っちゃ駄目っ!!」
少女は必死の形相で、竜の群れを追って駆け出した。
「父様、行っちゃ駄目!
もう戻ってこれなくなっちゃうよ!」
少女は悲痛な声で叫び、必死で竜の群れを――誰よりも強く優しかった父を追う。
少女はこれから先に、何が起こるのかを知っている。
一族の運命が、これからどうなるのかを知っている。
それは少女にとって耐え難く、しかし絶対に変えようの無い残酷な現実――。
そう、これから起こることは、既に未来が決まってしまった出来事だ。
でもだからこそ、せめて今だけでも未来を変えたい。
もうあんな光景を、少女は二度と見たくなかった。
しかし少女には現実を――いや、虚実すらも変えることができない。
竜の群れはどんどん小さくなっていき、やがて遠い空の彼方に消えた。
「行っちゃ、やだあああぁーっ!!」
少女はあまりにも無力だった。
フッ――と、唐突に場面が変わった。
そこは里の広場であった。
中央に巨大な球形の水晶が浮遊しており、その中には何らかの映像が表示されているようだった。
しかしその映像は今、一面が紅く染まっており、具体的には何が映し出されているのか、全く判別できなかった。
そしてこの広場もまた、紅く染まっている。
周囲は無数の悲鳴で溢れかえり、大量の血と肉片がまき散らされていた。
人々が爆ぜるように肉体を破壊され、この世から永遠に消えていくのだ。
そして、また1人──。
「ひっ!?」
少女は恐怖のあまり、引きつったように息を呑む。
彼女の目の前で、同い年の少年の──友達になれたかもしれない少年の身体が弾けた。
飛び散る血が、彼女にも降り注ぐ。
「い……嫌っ!」
次々に命を落としていくのは、少女をさんざん疎んじてきた者達だった。
だが、それでも半分だけは同じ血を持つ、同じ一族の仲間達であったのだ。
それはつまり、一族の身に起こったことが、少女に対しても無関係ではないことを示していた。
その直後、少女は胸の辺りに激痛を感じ、その次の瞬間には、視界が真っ赤に染まっていた。
薄れゆく意識の中で、少女は母の悲痛な顔を見たような気がした。
「かあ……さま……」
「――っ!!」
突然、ザンはシーツをはねのけながら、跳び起きた。
彼女は上手く呼吸ができていないかのように、荒い呼吸を繰り返し、それと連動して肩が激しく上下する。
そんな彼女の全身には、滝のように汗が流れ落ちていた。
いや、もしかしたら顔の辺りのそれには、涙も混じっていたのかもしれない。
ザンは掌で顔を覆いながら、荒い呼吸と激しい動悸が落ち着くのを、ひたすら待った。
そしてようやく落ち着くと、呻くように呟く。
「…………夢?」
ザンは夢と現実の区別が付かないのか、茫然とした表情をしていた。
彼女には目覚めてなお、あれが夢だったという実感が稀薄だった。
その夢のイメージは、あまりにも鮮明すぎたからだ。
だが、それでもやはりあれは、夢であった。
たとえそれが、かつてザンが経験したことの再現であったとしても、現実では無い。
(そう……だよね。
あんなことが繰り返されるのは、夢の中だけで充分だよ……。
最近見なかったから油断してた……)
その夢はザンが今までに何百回、いや、ひょっとしたら何千回に及ぶかもしれないほど、繰り返し見続けてきた悪夢であった。
本当はもう二度とその夢を見たくない。
だが、ザンは決してあの光景を忘れられない。
だからきっと彼女は、またあの夢を見るだろう。
「………………」
ザンは疲れ切った表情で大きく嘆息すると、膝を抱えてベッドの上に蹲る。
そんな彼女の表情は、まるで親とはぐれた幼い子供のように弱々しく頼りなかった。
ザンはそのまま暫く間、身じろぎ1つせずにいたが――、
「………………母様」
と、か細い声をもらしたのを切っ掛けにして、全身を小刻みに震わせ始める。
やがて押し殺したようなすすり泣きの声が、室内に響き渡っていった。
カーテンの隙間からは、生まれたばかりの朝日が僅かに射しこんでいた。