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―新たなる旅立ち―

 リチャードが夜の闇に姿を消してから、3日ほどの時が経過した昼下がり――。

 季節はもうすぐ冬を迎えようとしており、日光の(もと)においても吹きすさぶ風には肌寒さを感じる。

 これから寒さが一層厳しくなろうとしているそんな時分に、あえて旅立とうとする者達がいた。

 

 チャンダラ市の正門前には、ザン達一行とリックの姿があった。

 

「悪いね、見送りまでさせちゃって。

 忙しいんだろ?」

 

 ザンは言葉ほど恐縮した様子を見せずに、礼を述べる。

 

「……まあね。

 でも見送りくらいは、やっぱりしておきたいんだ」

 

 リックも軽い調子で応える。

 別れに悲しみや寂しさが伴うほど、長い付き合いではない。

 しかし感謝の気持ちは、尽きぬほどあった。

 

 今のリックは、「市長の邸宅及びチャンダラ教会襲撃事件」の処理に忙殺されている。

 特に市長の屋敷が跡形もなく吹き飛んだ件に関しては、市民をどのようにして納得、かつ安心させるのかで頭を悩ませていた。

 

 取り敢えずは「教会と市長宅を襲撃した犯人グループ(常識では単独犯の仕業とは考えられない為)は、リックと協力者に追いつめられた末に、特殊な魔法薬によって自爆」という線で落ち着きそうだが、細かい辻褄合わせが大変である。

 また、リチャードが姿を消したことに関しては、事件の際に殉職したということにして処理した。

 

「しかし本当にもう旅立つのかい? 

 あんな大怪我をしたばかりだというのに……」

 

 あれからザンは、丸1日もの時間を床に伏した。

 腹に風穴を開けられ、内臓を損傷――どころか、その一部は完全に破壊されたのだ。

 むしろ彼女が生きているという事実に、リックは驚嘆する。


 あの大地の槍に貫かれて負ったザンの傷は、普通の人間ならば生死の境を彷徨う(ひま)すらなく絶命していただろう。

 それを彼女は、わずか1日で回復させたのだ。

 

 が、そのことをリックは深くは詮索しなかった。

 リチャードが竜の血に寄生されて怪物化するという、人知を超えた現象を目の当たりにした後だ。

 ザンにも何か重大な秘密があるのだろうということは、容易に想像できた。

 

(彼女もひよっとしたら竜の血に……)

 

 リックはそんな想像をめぐらせたが、たとえ彼女が人間ではなかったとしても、理由も無く人に害成すような存在だとは思えなかった。

 ならばあえていらぬ詮索をして、彼女を傷つける必要がどこにあろうか。

 

 そんな風に何も詮索せず、それでいて彼女のことを奇異な目で見ないリックの心遣いが、ザンには嬉しかった。

 

「あのくらいの傷、1日も寝たんだからもう全然平気。

 たとえ治っていなくても、長居をしたら迷惑かけるかもしれないからね……。

 ちょっと厄介な相手に目を付けられちゃったみたいだし、このチャンダラを巻き込みたくはないんだ……」

 

「……そうか」

 

 厄介な相手――。

 あの怪物と化したリチャードを、軽くあしらったザンにそう言わしめる存在――それは一体どれほど強大な能力を有しているのだろうか。

 それはリックの想像も及ばないものであったが、そのような存在とこのチャンダラが関われば、確実に巨大な災厄に見舞われることだけは分かる。

 

 それがザン達と共にこの市から去ってくれるのならば、彼女達の旅立ちを歓迎せねばなるまい。

 そもそもリック自身には、ザン達の助けになれるようなことは殆ど無かった。

 彼にできることといえば、こうしてザン達の旅立ちを見送ることと、そして――、

 

「これは少ないが、路銀の足しにでもしてくれ……」

 

 そう言ってリックは、ザンに小さな布袋を手渡す。

 ジャラリとした手触りから、袋の中には硬貨が詰まっていることが分かった。

 

「色々と助けられたからな……受け取ってくれよ。

 まあ、囮捜査に協力してくれたルーフ君の、バイト代だと思ってくれればいい」

 

「そうだな……命の危険もあったらしいから、これくらい貰ってもいいか……。

 ほら、ルーフ。お前が持ちな」

 

 そう言ってザンは、硬貨の詰まった布袋をルーフへと放り投げる。

 

「こ……これ……っ!?」

 

 袋を受け取ったルーフは目を丸くした。

 見た目より袋がはるかに重いのだ。

 少なくとも銅貨の重さではない。

 

 袋の中身は確かめるまでもなく、おそらくは殆どが――あるいは全部が金貨であろう。

 これだけあれば数ヶ月は、いや、数年は遊んで暮らせるかもしれない。

 

「こ……こんなに貰えませんよ……!」

 

「いいや、持っておいてくれ。

 長旅は色々と物入りだろうから、必ず必要になるはずだ」

 

「でも……」

 

「それでも君の気が済まないようなら、いずれ返しに来てくれればいいさ。

 無利子で貸しておいてあげるよ」

 

 リックは「貸す」と言ったが、実際には返済しなくてもいいという意味だ。

 長旅の中で命を落とす者は多く、それが分かっていながら大金を貸すということは、「返さなくてもいい」と彼は言っているに他ならない。

 だがその一方では、「必ず生き延びて返しに来い」という、旅の安全を祈願する意味も込められているのだろう。

 

「リックさん……」

 

「君達がこのチャンダラに再び訪れる時には、きっと見違えるような素晴らしい街になっているだろうさ。

 今更だけど私は、リチャードのやろうとしたことをやり遂げてみるつもりだ。

 あいつには『俺の理想を横取りするのか』って、恨まれるかもしれないがね……」

 

「そうか、それならいつか立派になったチャンダラを見にくるよ。

 ……その時までに、リチャードとは決着を付けておく。

 きっと旅先で、出会うことになると思うんだ」

 

「ああ……よろしく頼む……」

 

 リックは深々と頭を下げた。

 かつてのザンの言葉の通り、本当は親友である彼がリチャードを止めなければならないのだろう。

 しかし彼には力が足りなかった。

 ならば力のある者に、希望を託すしかない。

 そして自身のできることに、全力を注ぐだけだ。 

 

「チャンダラ市を救う――」。

 親友だった者の願いを、リックは引き継いだのだ。

 

「それじゃ、また」

 

 ザン達は短く挨拶を済ませ、旅立って行った。

 そんな一行の人影が小さくなっていく様を、リックは見えなくなるまでいつまでもいつまでも見守っていた。


 その後、ザン達が再びチャンダラ市に訪れたかどうかは定かではない。

 ただ歴史の中でのチャンダラ市は、後に世界を襲った大災厄から奇跡的に免れ、長く繁栄を続けた。

 そんな市では、街を救う為に必死で戦った「竜殺しの英雄」の物語が人々の間で末永く語り継がれていたという。


 それは平和になったチャンダラ市の中に、親友の居場所を作ろうとしたリックが語ったものだったのかもしれないが、その真相はいかなる文献の中にも残ってはいなかった。

 今回で2章は終わりです(まだ「幕間」はあるけど)。

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