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―哄 笑―

 少々グロな描写があります。

 そしてブックマーク、ありがとうございました。

「ぐ…………っ!!」


 ザンは苦痛に呻くが、しかしその声はか細い物だった。

 普通の人間ならば即死していてもおかしくないほどの傷を負っているのだから、声を出すのもやっとの状態なのだろう。

 その時──、

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 手痛いダメージを受けたザンの姿を嘲笑うかのように、辺りには若い女の笑い声が響き渡る。

 その声自体は可愛らしく聞こえなくもなかったが、何か邪悪な響きが含まれる笑い声であった。

 

「な……何?」


 不気味な哄笑にルーフは脅える。

 そんな彼に対するファーブの答えは、最悪を知らせる物だった。


「四天王…………だっ」


「えっ!?」

 

 慄然としたファーブの言葉に、ルーフは驚愕する。


「どうやら厄介な奴に、目を付けられたみたいだな……」

 

 ファーブは危機感を高めるが、しかしそれ以上の攻撃は無く、大地の槍からザンがなんとか抜け出した頃には、辺りに響く笑い声は消えていた。

 だが同時にリチャードの姿も、夜空の何処にも見出すことができなくなっていたのである。

 


 リチャードは、ドナウ山脈を越えた地にある樹海の中へと降り立つ。

 彼は何者かに操られたとはいえ、自身が翼を生やし、そして空を飛翔したという現実が未だに信じられなかった。

 しかしその背には、未だ漆黒の翼が存在する。

 

「上手くいったようねぇ」

 

「!?」

 

 今まで全く気配を感じなかったはず背後から、突然の女の声――。

 思いも寄らない方向から呼びかけられたリチャードは、慌てて振り返った。

 

 そこには若く小柄で、長い黒髪をした女がいた。

 身長は160cm足らず、年齢は20歳になるか、ならないかといったところだろう。

 そんな彼女の姿は非常に特徴的な物であった。

 

 彼女が纏う黒い革製の服の前面は縦に大きく開いており、(へそ)は勿論のこと、豊かな胸の大部分をも惜しげもなく外気に晒している。

 それはある種の水着にも似ていたかもしれない。

 また、彼女が履いたロングブーツは、太股の半ばまでを覆っていたが、一部だけ露出した太股が逆に(なまめ)めかしさを演出していた。

 

 通常はこんな姿の女には、娼館にでも出向かなければ、まずお目にかかれないだろう。

 そんな女が、こんな山奥の森の中にいること自体が異常であった。


 だが、彼女の美しい顔の額と頬には、蛮族的とも魔術的ともとれる入れ墨が彫り込まれており、何処か俗世間とは縁遠い浮き世離れした雰囲気を醸しだしていた。

 むしろこんな場所だからこそ、相応しくあるようにも見える。

 

 いずれにせよ、この女はどうやってここまで来たのか、それが謎であった。

 リチャードはかなりのスピードで空を飛行してきた。

 そんな彼に追いついてきたということは、彼女も飛行してきたとでもいうのだろうか。


 勿論、魔術士であれば空を飛ぶことも、瞬間的に遠く離れた地へと転移することも不可能ではないが、それを可能とする為にはかなりの技量が要求されるはずである。

 

「貴様は一体何者だ……? 

 何故、俺を助けた?」

 

 今のリチャードは大量殺人を犯した罪人であり、竜の血に寄生された怪物でもある。

 そんな彼をあえて助けようなどと考える者が、果たして真っ当な存在なのだろうか?

 彼の警戒は当然であろう。

 

 疑わしげな、それでいてもしもの時は、目の前にいる女の殺害も(いと)わないとでも言うかのような、リチャードの剣呑な視線を女は平然と受け止めていた。

 

「あらあらぁ~、助けてもらっておいて、お礼の1つも言えないなんて、困った子ねぇ~?」

 

 女は場の緊張感を削ぐような、間延びした口調で喋り始めた。

 リチャードは女のその口調と、まるで子供のように軽く扱われたことが気に入らず、語気を荒らげる。

 

「一体何が目的なんだっ!?」

 

「もぉ~、少しは態度を改めたほうがいいわよぉ。

 あたしはあなたよりも、ず~っと偉いんだからぁ」

 

「……偉い、だと?」

 

「そ、つまりあなたよりも、あたしの方がず~っと、ず~っと、強いって訳ね!」

 

 リチャードは呆れ返ってしまい、思わず吹き出しそうになる。

 こんな得体の知れないところはあるが、迫力の欠片も感じさせない女が、自身より強いとは到底思えなかった。

 

「ハッ、冗談はよせ。

 貴様が俺よりつよ……ガアッ!?」

 

 突如、女はリチャードへと詰め寄り、彼の腹に手刀を突き入れた。

 それは容易く皮膚と肉、そして筋肉さえも貫き通し、おぞましくも、(はらわた)をかき回し始める。

 

「ガ……アアアァ……アア……っ!」

 

「全く……そうやって相手の強さを、外見でしか見定められない内はまだまだよのぉ。

 あの小娘に手も足も出なかったクセに、何故(なにゆえ)に自己を過大評価できるのだか……。

 これから死ぬ気で精進おし」

 

 そんな女の口調は先ほどとは豹変し、まるで何十年――いや、それ以上の(よわい)を重ねてきた者の風格が醸し出されていた。

 しかしそんな女の忠告も、リチャードの耳には殆ど届いてはいない。

 今までに体験したこともない、激痛を伴った異質な感覚が腹の中を駆け巡る。

 

「グ……アア……やめ……!!」

 

「大丈夫よぉ。

 ヴリトラの血に寄生されているあなたは、これぐらいでは死なないからぁ。

 でも、ヴリトラの気配がしたと思って来てみれば、ただの混ざり者でがっかりしたわねぇ。

 ま、この際だからあなたには色々と役に立ってもらいたいんだけどぉ? 

 協力してくれるかなぁ?」

 

「わ……分かっ……何でもするから……やめてくれっ!」

 

 女の呼びかけに、リチャードは息も絶え絶えになりながらも、やっとのことで応じた。

 

「あははははははははははははははははは! 

 そうそう、素直な子は好きよぉ」

 

 女はグジュリと、不快な音を立ててリチャードの腹から腕を引き抜き、ペッペッと手を振って血を振り払う。

 そして指に残る血を、意外と長い舌で舐め取りながら問うた。

 

「さ~てぇ、まずは詳しいお話を聞きたいんだけどぉ……。

 あなたに血を与えたのは、たぶんヴリトラの分身のガルグイユでしょぉ?

 彼はどこにいるのぉ?」

 

「そ、それは……」

 

 リチャードは腹の痛みに耐えながら、途切れ途切れにことの次第を語り始めた。

 女の言う通りにしておかなければ、次は何をされるのか分かったものではないからだ。

 

 しかし、もしもリチャードに人の心が残っていたのならば、その女には何が何でも従うべきではなかった。

 今彼の目の前にいる女は、(のち)の世界に巨大な災いをもたらす邪悪を内包し、彼の運命を大きく変える存在であったのだから――。

 登場した時点で死亡していた闇竜ガルグイユは、フランスの伝説に登場する竜から名前を拝借しました。ガルグイユは石像の悪魔ガーゴイルの原型だと言われています。


 それとpixivで第10章までのイメージイラストを公開しました。

 https://www.pixiv.net/artworks/84746843

 こちらでは未登場のキャラとかも描かれているので、ネタバレ要素もありますが、それでもいいという方はご覧下さい。

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